真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「ラブホ・メイド 発射しちやダメ」(2006/製作:ナベシネマ/提供:オーピー映画/監督:渡邊元嗣/脚本:山崎浩治/撮影:飯岡聖英/照明:小川満/編集:酒井正次/助監督:永井卓爾/監督助手:高杉孝宏・堀井雄一/撮影助手:邊母木伸治・松川聡/照明助手:八木徹/スチール:津田一郎/タイミング:安斎公一/効果:梅沢身知子/録音:シネ・キャビン/現像:東映ラボ・テック/撮影協力:八潮 ホテルタイムズ/出演:白瀬あいみ・華沢レモン・川瀬陽太・西岡秀記・吉岡睦雄・横須賀正一・瀬戸恵子)。出演者中、横須賀正一は本篇クレジットのみ。
 その日を最後に取り壊しての建て直しが決まつてゐるラブホテル「レマン湖」、フロント係の隆(川瀬)は感慨に耽りながら、仏滅で十三日の金曜日でおまけに大殺界、とかいふトリプル・コンボを決めた一日が無事過ぎることを願つてゐた。可愛らしいイラスト―何れの手によるものかはクレジットも無く不明―入りの最終営業を告げるチラシが一枚、風に舞ふ。チラシが舞つた先から不意に、とても普通の感覚では表を歩けさうにない、露出過多の赤い安ドレスに身を包んだ一人の女が現れる。美鈴(白瀬)と名乗つた女は自分はラブホテル勤務の経験があり、けふ一日限りでもいいから働かせて欲しいと隆に懇願する。強引に迫られた隆は仕方なく、貸し出し用にとホテルに置いてあつたコスの中から、メイドの衣装を美鈴に渡す。
 瀬戸恵子の名前がキャストの中に並ぶ時点で、一体何時撮影されたものなのかよく判らないが十二月に封切られた、渡邊元嗣2006年最終作。瀬戸恵子は、公式には昨年(2006年)八月で全ての裸仕事から足を洗つてゐる。松岡邦彦の大傑作「ド・有頂天ラブホテル 今夜も、満員御礼」(九月公開)の向かうを張る、連れ込みを舞台にした堂々たる群像人情劇、であらう筈は勿論ない。渡邊元嗣は横好きで手に余る大風呂敷に手を伸ばすほど愚かでは無論なく、同じラブホテルを舞台にしながらも、新味の一切無いプロットをそれでも100パーセントの覚悟で振り抜いた、壮絶に美しい桃色ファンタジーの傑作を見事モノにしてみせた。前作にして大人のラブ・ストーリーの傑作「妻失格 濡れたW不倫」に平面的な映画的完成度の点に於いては数段劣るものの、その分剥き出されたエモーションは、却つて純化される。
 美鈴は一冊のノートを手にしてゐた。そこら辺の大学ノートの、背を赤テープで補強して、表紙には赤い大きなハート・マークと題字のみが貼り付けられた安普請のノートの名は“ラブノート”。美鈴によれば、願ひ事を書けば即ち叶ふといふ・・・・。ナベ、今度はデスノかよ!とはいへラブノート自体は、クライマックスで明かされる、「このノートは人と人とを結びつけて幸せにするものである」、「このノートに名前を書かれた者は・・・」云々とかいふ効能が結局は最後まで語られはしないやうに、濡れ場濡れ場の口火を切るギミックと、オーラスを爽やかに飾るギャグとして以外には、然程有効に機能を果たす訳では必ずしもない。今作が必殺の美しさを観客の心に叩き込むのは、一日の、そして最後の営業を終へたレマン湖の二人きりの屋上、美鈴が工夫の欠片も欠いたその正体を、終に隆に明かす件。一度はナベの癖に他愛もない蓋然性に腰を振つたかのやうな、フェイントも一度は見せつつ、そこは渡邊元嗣ここにあり。カットの間も乾かぬ内に矢張り知恵を絞らないにもほどがある美鈴、レマン湖―看板から最終的には“レ”の文字は外れる―の更に前から当地に建つてゐた、連れ込み旅館から名前を取つた女の正体が明かされる。美鈴の秘密には工夫といふ概念への志向が一切感じられず、美鈴と隆との別れは、同趣向の別れがこれまで星の数と描かれ続けて来たであらう全く完全に、清々しいまでに類型的なシークエンスである。にも関らず、そのチャチで陳腐な別離の場面が、なほのこと人の心を撃ち抜く決定力を有してゐるのは。
 かつて福田恆存は、大体の大意で次のやうに述べた。ひとつの思想が、たとへその内容は嘘やまやかしで、そのことは当の本人が最も頭では理解してゐたとしても。吐いた当人が本気で信じてゐないやうな思想に、どうして他の人間がついて来て呉れようか。お会ひしたことなど勿論ありはしないゆゑ、観た映画の感触、あるいは手応へのみからいふ。渡邊元嗣は、恐らく本気で信じてゐる。一説によると一週間の突貫工事で拵へやがつたらしいばかりに、頗る出来の宜しくないこの世界には、せめて美しい物語が必要だ。たとへ一時の現実逃避たらうとも、薄汚れた暗がりの中映し出された銀幕の中くらゐは、美しくあるべきだ。スペックとバジェットを欠き、どんなに安くとも底が浅くとも馬鹿馬鹿しからうとも、矢張り美しいファンタジー映画といふものはあつていい筈だ。デビュー二十年(昭和58年オムニバスの一篇にてデビュー)、監督作百本(今作が109本目)も優に超え、名実共にれつきとしたベテランの域に達しながら渡邊元嗣は今なほ、瑞々しいまでに愚直に、映画は美しくあるべきことを信じてゐる、と思ふ。正直これまで特に好きな監督といふ訳では別になかつたのだが、ひとつ歳を取つて四捨五入するとエフジューの中台に手が届くのを目前に控へ、渡邊元嗣の映画を愛する人の多い理由といふ奴が、理解出来るやうになつて来た気がした。即席コーヒーのCM風にいふと違ひが判るやうになつて来たのか、単に枯れて来たものなのかは知らないが。

 主演の白瀬あいみ、触れていいものやら如何なものやら迷ふところでもあるが、造作自体は決して悪くはないものの、顔面の筋肉にどうにも拭ひ切れないぎこちなさが目立つ。ものの、物語が進むにつれ、これがキラキラと輝いて、可愛らしくて可愛らしくて仕方がなくなつて来る。これが、映画の魔力といふ奴か。潔く、シャッポを脱がう。あとこの人は、渡邊元嗣の所作指導の勝利やも知れないが、己の体をいやらしく見せる術は心得てゐるやうに映る。尺八演技、ならぬ艶技もエクストリーム。映画を観てゐるだけで、気持ちいい気分にさせて呉れる。
 登場順に西岡秀記は、701号室から飛び出した風俗嬢(これが誰なのか不明、華沢レモンの二役か?)を追ひ転がり出て来る裕一。仕事のストレスから不能になり、女房は若い色男とのW不倫に走つてしまつた。強精剤を買ひ込んでホテトルを呼び、何とか男性機能の回復を図つたものだつたが、結局果たせず、腹を立てた女には逃げられたものだつた。瀬戸恵子と吉岡睦雄は、702号室に入室するW不倫カップルの翔子と信太郎。翔子が、ほかでもない裕一の妻である。吉岡睦雄のスチャラカ空騒ぎも、ナベの他愛ないドタバタのやうな安喜劇の中では違和感を感じさせないのはひとつの発見。華沢レモンは、夫の浮気に狂ひ七階と八階の間の踊り場でワラ人形、のチンコのところに釘を打つ物騒にも程がある夏見。夏見が、今度は信太郎の妻である。強引な美鈴の計らひで、裕一と共に703号室に無理矢理入室。夏見と裕一のシャワーを浴びながらの文字通りの濡れ場に際しては、オッパイを押しつけたガラス戸を反対側から撮る定番にして必殺のショットを押さへる。一体かういふショットを、歴史上最初に撮つた天才は果たして誰なのか。何気なくも今作は、絡みが何れもアグレッシブに水準が高い。
 横須賀正一は、わざわざ室内から美鈴を呼び止める初登場シーンは一応伏線のつもりなのか、空室になつた701号室に入る男。クレジットすらされないもう二名が、横須賀正一と共に701号室に入つてゐたハードゲイとして乱入気味に登場。一応、それらしい衣装に身を包んではゐる、スタッフの何れかか。不要といへばさしたる要もない三人ではあるが、ギャグ担当の端役としては堅実な働きも見せる。


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