真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「人妻の湿地帯 舌先に乱されて」(2020/制作:ネクストワン/提供:オーピー映画/監督・脚本・編集:工藤雅典/脚本:橘満八/プロデューサー:秋山兼定/音楽:たつのすけ/撮影:村石直人/照明:小川満/録音・整音:大塚学/VFX:竹内英孝/助監督:永井卓爾/撮影助手:安藤昇児/演出応援:天野裕充/制作応援:中島章・矢島輝樹・下倉あつし/ポスター:MAYA/スチール:伊藤太/仕上げ:東映ラボ・テック《株》/協力:浅生マサヒロ・KOMOTO DUCT/出演:希島あいり・関幸治・麻倉ゆあ・折笠慎也・古本恭一・並木塔子)。
 後ろ手に縛られた状態で椅子に座らされた主演女優に、ワイングラスを手に男が迫る。無理矢理飲まされ、零れた赤ワインが肌着を濡らし女は犯される。黒の暗ならぬ赤転、遠目に煌めく水面の覗く、晩秋の森にタイトル・イン。配偶者の―精神的な―病を慮り、山中に移つて来た心療内科医・松村浩司(関)がチャンピオンのジャージでジョギング。グリップの効いた足の運びを窺ふに、関幸治が普通に走れる模様。道に落ちてゐた、山歩きに正直相応しくはない左足のハイヒールに続き、松村は湖畔に倒れてゐる希島あいりを発見。脈拍と呼吸を確認した上で、自身の医院に運び込む。一旦自宅に戻りシャワーを浴びる松村が、完全に目のトンだ風情の妻・和枝(並木)の求めを拒む地味な絶望噛ませて、松村家を訪ねた屋号不詳の水道屋・北本裕介(古本)を、バスローブを肩に乗せただけの半裸未満で和枝が出迎へる。一方、スナップを手渡し「これが君だよ」。松村メンタルクリニックに、陽子(希島)の夫・葛城匡(折笠)が未だ自失した妻の回収にサクッと現れる。面倒臭い仔細を序盤にして大胆か大雑把に端折る何気に大概な飛躍は、実はそれでもまだ序の口。配役残り、私服にエプロンを巻いた麻倉ゆあは、生活感どころか使用感をも稀薄な、葛城邸住み込みのお手伝ひ・佐伯真理子。こゝでメイド服等を求めるのは、却つてやりすぎなのか。
 もしかせず最初からいはれてゐた議論であるのかも知れないが、迂闊にして今回初めて辿り着いた認識が―多分最初の“最後のピンク女優”―ハシキョンに表情が寄つて来た気がする、並木塔子が二本続けて張つたビリング頭を、最も過小評価した場合でも今世紀最強の痴漢電車「痴漢電車 マン淫夢ごこち」(2016/監督・脚本:城定秀夫)からピンク二戦目の希島あいりに譲つた、工藤雅典大蔵第三作。どさくさ紛れにこの期な筆を滑らせると、「君等理解したな。俺にはもう、ピンクですることはないぞ」。超絶の電車痴漢トリプルクロスを構築するにあたり、究極に突き詰めた論理と、その論理を突き詰める情熱が箍を蹴外して狂気の領域に突入しかねない。「マン淫夢ごこち」といふ問答無用、天下御免の傑作を卒業制作に叩きつけた城定秀夫が、ピンク映画から足を洗ふものかとこゝだけの話当サイトは思つてゐた、何処だけの話なら。
 壊れた妻と半ば隠遁する医師が、記憶を喪つた美しい人妻と巡り合ふ。浮世離れた松村家―葛城家は陽子の実家が太さう―の生活経済は兎も角、ありがちな物語で、工藤雅典が相変らず非力に茶も濁し損なふ、ものかと高を括つてゐたところ。アニー・レノックス、もとい、あに図らんや、“あに”しか合つてねえ。最初は陽子に処方する、強めの眠剤で丁寧に埋めかけた外堀を、色んな律に触れるのも省みず、松村が強引に突破して雪崩れ込む怒涛の終盤が圧巻。矢継ぎ早に放たれる超展開の連打通り越した乱打で形成する弾幕で、些末な疑問ないしツッコミ処なんぞ粉微塵にケシ飛ばしてみせる勢ひ任せの豪快な作劇は、有無をいはさぬ迫力でサスペンスぽかつた導入を、パワー系のファム・ファタルに無理から固定してのける。開き直る以外に、未だ映画史の中に最適解が恐らく見当たらない、あんまりかぞんざいな階段オチはさて措けば。さうはいへ、果たしてこれが、工藤雅典が採るべき戦法なのか?と問ふならば、邪なる存在の活写に長けた、松岡邦彦の重低音高速ビートにより適した物語であつたやうな、素朴か粗忽な疑問も決して残らなくはない。尤も、着衣のファースト・カットがデッサンが狂つてさへ映る、麻倉ゆあの爆乳を的確な仰角で狙ひ続ける賢慮ないしジャスティスに加へ、あるいはそこまで含めての周到な造形であつたのか、「マン淫夢ごこち」時の徒なチーク―あとSNSに於ける過剰処理―を排した希島あいりの、直球勝負の絶対美人がナチュラルかつ、エモーショナルに輝く。淡い陽光の差す静かな森の中を、何するでなく陽子がぶらぶらする。よしんば他愛ない動くポートレートであつたとて、陽子が適当に散策する件は全然飽きずに心奪はれ観てゐられる、結構な美しさにして案外な完成度。さういつた端整さに関しては、矢張り工藤雅典に分があらう。ラストで倒立するアバンが、実は引つ繰り返すためにのみ設けられた、全く以て便宜的なシークエンスに過ぎない辺りも奮つてゐる。思へば遠くへ来たもんだ、振り返ると大蔵初日は遥か彼方におろか、あれも違ふこれも違ふそれは論外と一本づつ遡つてみたところ、驚くもしくは呆れる勿れ、2008年第一作「おひとりさま 三十路OLの性」(主演:友田真希)以来、工藤雅典にとつて実に十二年ぶりともなる久々の白星。一見雰囲気があるかに思はせ、その実大して中身に掠りもしない、インパクトすら薄い公開題に関してはこの際忘れてしまへ。


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