真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「黒い下着の女 雷魚」(1997/製作配給:国映株式会社・新東宝映画株式会社/監督:瀬々敬久/脚本:井土紀州・瀬々敬久/原案:瀬々敬久/企画:朝倉大介・衣川仲人/プロデューサー:福原彰/撮影:斉藤幸一/音楽:安川午朗/編集:酒井正次/助監督:坂本礼/監督助手:藤川佳三・森元修一/撮影助手:中尾正人・鏡早智/スチール:佐藤初太郎・本田あきら/録音:シネキャビン/現像:東映化学/美術協力:安宅紀史・丹治拓実/協力:上野俊哉・古澤貴子・榎本敏郎・久万真路・徳永恵実子/出演:伊藤猛・佐倉萌・鈴木卓爾・穂村柳明・のぎすみこ・外波山文明・佐野和宏・岡田智弘・佐々木和也・金田敬・吉行由実・河名麻衣・泉由紀子)。
 タイトル開巻、国映と新東宝をクレジットしておいて“昭和六十三年 春三月”。二三車線程度の幅の川で、息遣ひでその人と知れる伊藤猛が舟から網を引き魚を獲る。獲れた魚を乗せ走りだすカブのロングに劇伴起動、炎の中で雷魚が爆ぜる画に再度雷魚のみのタイトル・イン。寂れた商店に立ち寄り魚を下ろした竹原和昭(伊藤)は、雷魚一匹だけ無造作に前篭に放り込み再び走りだす。一方、病院の公衆電話から、どうやら見舞ひにも来ない亭主にほかに女が出来てゐると思しき高原紀子(佐倉)が、会ひたいだ何だと傍で聞いてゐるだけでどうしやうもなくなる文字通り居た堪れない電話をかける。片や、ゴミ捨て場で白い鳩の死骸を見つけた柳井浩幸(鈴木)は、拾ひ上げ一旦悼むかと思ひきや、結局無下に投げ捨てる。臨月の妻が入院中の柳井は会社をズル休みし、過去にテレクラで捕まへた女々に電話をかけてみる。
 配役残り佐々木和也は、出がけの柳井と会話を交す、玄関口で歯を磨いてゐた御近所。にしては、普通に話せてるのが奇異といへば変ではある。吉行由実は、紀子が病院を脱け出した直後に、病室を巡回する看護婦。魚獲りは早朝の副業らしく、竹原の本業はガソリンスタンド店員。出馬康成のピンク映画第二作「異常テク大全 変態都市」(1994)では穂村エリナ名義で主演を務めた穂村柳明と外波山文明は、愛人的な関係のスタンド事務員?・美智子と、店長の田中。岸田劉生の「麗子像」みたいな髪型の河名麻衣は、柳井のセフレのワンノブゼン・洋子。美容師で、電話が繋がつた時店には紀子が長い髪をバッサリ切りに来てゐた。泉由紀子は柳井が気紛れに立ち寄る子供服店の、攻撃的に愛想の悪い店員。金田敬は、多分柳井とは同級生のテレクラ「コスモスロード」店長。そして何気に俳優部最強の飛び道具、如何にもそれらしく見える巨躯と絶妙なバイブレーションとで空前に完成されたダウナー芝居を爆裂させるのぎすみこが、コスモスロードで電話を取つた柳井に脊髄反射でチェンジさせる節子。一回きりしか呼称されないにも関らず、何でだか、節子といふ名前さへもがしつくり来させる映画の魔術が途轍もない。佐野和宏と岡田智弘は、ラブホテル「ナポリ」での柳井惨殺事件の捜査、映画的には呆気にとられるほどアッサリ本星に辿り着く安藤刑事と坂田刑事。JR東日本成田線小見川駅にて、待合室にて何かをムシャムシャ食べてゐる紀子を、正視するお婆さんは流石に判らん。
 黒い下着の女といふとアメリカン・ニューシネマの魂を継承した斉藤信幸版元祖「黒い下着の女」(昭和57/脚本:いどあきお/主演:倉吉朝子・上野淳)だろと常々力説する上で、故福岡オークラで一度か二度観て以来、改めて見ておくかとした瀬々敬久版第三作。北沢幸雄のミリオン版(昭和60/脚本:丸山良尚/主演:杉佳代子?)なんて、今から観るなり見ることが果たして可能なのか。スタッフもキャストも大体何時ものかよく見る面子ながら、必ずしもといふか何といふか、元々ピンクとして撮られたものではないらしい。因みに今や女優部の重鎮・佐倉萌のデビュー作、ウエストの細さに軽く度肝を抜かれたのは何処だけなのかよく判らないここだけの話だ。
 荒涼としてゐる割には、気の所為か異常に湿つぽい風景。土の匂ひといふよりも泥で汚れさうなロケーションの中、加へてたとへばカウリスマキ映画の登場人物のやうに、適度に離れて傍観し合ふカラッとかサラッとした人間関係は心地よく映るものだが、さしてどころか全然交感するでもない癖に、徒に相手の懐に飛び込んでは勝手に渾身の一撃を撃ち続ける距離感の破綻した遣り取りは、見てゐてシンプルに重たい。そもそも予め明確な着地点なり結末を設けた物語でもなく、当たり前だ間抜けといはれればそれまでだが、女の裸もそれなりにあるとはいへ今作は娯楽映画ではなく、少なくともその限りに於いて、量産型娯楽映画たるピンク映画では初めからなかつたのであらう。絶望的に業の深いビリング頭二人を結びつける、結びつけてしまふのが官憲といふ作劇の妙に関しては、非常に面白く思へたが。

 日本一の長身痩躯・伊藤猛との対比でのぎすみこが幼女かと見紛ふ、鮮烈なストップ・アンド・スローモーションのラスト・ショットは、鬱屈と永遠に晴れぬ曇天を思はせる一作に、正しく土壇場中の土壇場で風を通す。


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