真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「甘い罠」(昭和38/製作:東京企画/配給:宝映/監督:若松孝二/脚本:峰三千雄/撮影:門口友也/照明:磯貝一/出演:睦五郎、香取環、五所怜子、鈴木通人、岡剛、渡辺崇、内海賢二、市川弘子、ジャック・スチュアート、竹田公彦)。脚本の峰三千雄は、少なくとも今回は若松孝二の変名。
 若松孝二(2012年没)の生誕八十年を記念して、デビュー作が公式につべで公開された。但し82分あるらしい元尺に対し、収集家から寄贈された現存するフィルムは―恐らく小屋に切られた後の―54分のみ。
 竹田公彦の目のアップで開巻、街景に劇伴が入る。続けてグラサンの睦五郎登場、雑踏の画と睦五郎を行き来しながらナレーションが起動、したかと思ひきや。早速ナレーションの途中であるにも関らず、ズッタズタ入る鋏に頭を抱へる羽目に。大意で紳士面した悪党による都会の誘惑に御用心といつた、一応結果論的にはアバンで主題を述べたナレーションを早口どころでなく八艘飛び風に駆け抜け、更なる瞬間移動感覚で鈴木通人以降のキャストと監督―だけ―クレジットが高速通過する。よつてそれ以前のビリングは適当である上に脱けがあるやも知れず、もしくは後述する懐刀と警官が各々クレジットされてゐた場合明らかに足りない筈で、そもそもタイトルさへ入らない。先が思ひやられるといふか、三分の一切つてゐるのだからそれも至極当然の話でしかない。
 気を取り直して波打ち際から逆パンすると、チューするカップル。キスすら一旦は拒んだ栗山ヨーコ(五所)は、志村吾郎(竹田)のそれ以上の求めを拒む。結婚するまではといふヨーコに対し、収入が低く安アパートを借りることもまゝならぬ吾郎は臍を曲げる。吾郎のカブにノーヘル二尻で走りだしつつ、結局二人は仲違ひ、ヨーコは一人で歩き始める。一方、白人の外人客を取つた島村カオリ(香取)を要は囲つてあるデラックスなアパート―劇中ママ―を、売春組織のボス(睦)が訪ねる。栗原良似の懐刀(源吉で鈴木通人?)に運転させ女々(一人は市川弘子)を集金して回つたボスは、車の中からヨーコに目をつけるも、その日は身持ちの堅いヨーコにフラれる。ヨーコとカオリはビージーの同僚で、カオリの羽振りのよさに憧れるヨーコは―カオリの―夜の働き先であるバー「あげいん」を覘きに行き、そこでボスと再会する。
 配役残り岡剛と渡辺崇は、一服盛られボスに監禁されたヨーコを、輪姦する子分AとB。あの内海賢二な内海賢二は、吾郎の異常に声のいい友人・田島。外人客とされるジャック・スチュアートが、カオリを抱いた白い方なのか、ヨーコを抱かうとした黒い方なのかが手も足も出ない、出番が多いのは後者。
 ストリップ小屋の表か、裸の看板が抜かれるロングならひとつなくもないものの、この時期の、未だ“ピンク映画”といふ呼称が定着してゐたのか否かも今となつては定かではない時期のピンクで、女優部の乳尻は必ずしも拝めない。今作に関しては精々下着姿でゴロゴロ転がつてゐるのが関の山で、一応最もハードといへばエクストリームな、ヨーコをボスが手篭めにする件。その一部始終ズバリを見せる代りに、ネオンだの電車だの車列だのを妄りに挿み倒して、徒にカットを割つてみせる風情は微笑ましい。これで果たして濡れ場といへるのかといつた感が強いが、昭和38年的には、これでも木戸銭を落とさせた客の下心を満たす煽情性であつたのであらうか。
 本来ならば、あるいは本当は若松孝二自身の激しい警官憎悪に裏打ちされた警官殺しの映画であるらしいのだが、現存する54分を見る限りでは、何処がどう転べば警官殺しの映画に展開するのかといふ以前に、殺すも殺さないも警官自体が出て来ない。さういふ羊頭を懸けもしない代物を捕まへてどうかういふのも如何な話かとも思へ、然れどもあくまでその限りに於いての全般的な印象としては、直截にいふとどうもかうもない。吾郎が本丸に辿り着く辺りの妙は気が利いてゐなくもないが、基本的に都度進行するシークエンスに表面上以上の意味なり意匠なりは特段見当たらず、二言で片付けると清々しいほどに面白くも何ともない、詰まらなくもないほどに何ともない。尤も、全篇を通して断片的にであれ、兎も角あるいは兎に角三分の二のみでも残つてゐるだけ、冒頭数分以外が未だに出て来ないところをみるに、どうやらかどうにもほぼ完全に消滅してしまつた可能性が高い、ピンク映画第一号とされる大御大・小林悟(1930‐2001)の、「肉体の市場」(昭和37/脚本:米谷純一・浅間虹児/主演:香取環)よりは余程マシなのかも知れないけれど。


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