真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「やは乳太夫 月夜の恋わずらひ」(2016/製作:多呂プロ/提供:オーピー映画/監督・脚本:荒木太郎/撮影・照明:飯岡聖英/編集:酒井正次/撮影助手:矢澤直子・友利水貴/照明応援:広瀬寛巳/演出助手:林有一郎/音楽:島袋レオ・宮川透/メイク:ビューティ☆佐口/ポスター:本田あきら/制作担当:佐藤選人・小林徹哉/協力:花道ファクトリー/録音:シネキャビン/仕上げ:東映ラボテック株式会社/出演:澁谷果歩・里見瑤子・結城恋・橘秀樹・平川直大・天才ナカムラスペシャル・春風亭伝枝・那波隆史)。出演者中春風亭伝枝の、“傳”の字の略字表記は本篇クレジット・ポスターまゝ。
 まんま浄瑠璃調の狂言回しな義太夫(春風亭伝枝/ex.滝川鯉太郎)が、ベンベン三味を鳴らしながら明治時代、“I love you.”なる英文を二葉亭四迷は“貴方とならば死んでもいい”と訳し、別の作家―周知注:夏目漱石―は“月が綺麗な夜ですね”と訳したとか紹介してタイトル・イン。開巻即座に吹き荒れる、荒木調ならぬ荒木臭に大いなる危惧を覚えるのも禁じ得ないのはとりあへずさて措き、“I love you.”訳に向き合ふと漱石も兎も角、二葉亭に関してはどうやら事実ではないらしい旨が検証されてゐたりもする。
 年金暮らしの気持誉三郎(那波)が、古いピンク映画のプレスシートを貼り巡らせた自宅兼―劇中営業してゐる風にも別に見えないが―「我楽多屋」の周囲で、ビューティ☆佐口も交へた一同と三線の音に乗りよいよいと踊り明かす。いよいよ以て暗い予感が胸を過りつつも、まだ諦めるのは些か早い。ビリング中盤に、我等がナオヒーローこと平川直大が控へてゐるんだぜ。複数の男の下を死なない程度に搾り取つて渡り歩く、腹黒姫ユミ(義太夫いはくには腹黒娘だけれど、多呂プロ作成の特製チラシにも腹黒姫/結城恋)との情事の最中、誉三郎の腰がメシッと恐ろしい音とともにデストロイ、誉三郎は元気に七転八倒しながら床に臥せる。一方、誉三郎の息子・盾男(橘)も、いはゆる恋わずらひで寝込む。土手で「ムーンライト・セレナーデ」をギターで爪弾く紺屋高尾(澁谷)を、盾男は見初める。ところが高尾は順番だけで一年待ち、一晩三百万を取る高級中の高級娼婦だつた。年収二年分の高嶺の花に力なく白旗を掲げる盾男に対し、兄貴分の得呂喜一こと通称エロッキー(平川)は、二年死ぬ気で働けば高尾に会へるぢやないかと背中を押す。斯くてエロッキーに励まされ、盾男は我武者羅に働き始める。
 配役残り里見瑤子は、順調に婚期を逃す盾男の妹・唯々子。妹!?何気に豪快なキャスティングではある。ヒット・アンド・アウェイよろしく、どさくさに紛れて飛び込んで来ては即座に捌けるエロッキー母親は、背格好推定で多分淡島小鞠(a.k.a.三上紗恵子)。たんぽぽおさむのセンでジェントルマンを物静かに好演する天才ナカムラスペシャルは、高尾が抱える借金を直ぐにでも完済し得る、高尾の上客・伴潤一郎。ほかに明確に見切れるのは小林徹哉が、盾男やエロッキーが働く現場の親方。唯々子に話を戻すと、盾男と高尾の逢瀬を何かとアシストするエロッキーの真意ないしは下心が、ズバリ唯々子。多呂プロ映画御馴染のロケーション、スワンボートが並ぶ富士五湖何れかの湖畔。何故か上半身裸になつたエロッキーの、ナオヒーロー持ち前の情熱が迸る唯々子に対する求愛。自身の容姿に自信を持てない唯々子に「そんなことはない!」と雄々しく断言したエロッキーが、「思つた通り綺麗だ・・・・」と囁く時、平川直大の姿はこの星の上で最も美しい映画「キャリー」(1976/米/監督:ブライアン・デ・パルマ/主演:シシー・スペイセク)に於けるベティ・バックリーに重なり、一旦その場を立ち去るかに見せた唯々子が、フレーム外からダイナミックなジャンピング・ボディー・アタックでエロッキーに抱きついた瞬間、「ムーンライト・セレナーデ」と同じくグレン・ミラーの「イン・ザ・ムード」が賑々しく鳴り始めるカットで今作のエモーションは最高潮に爆発する。
 遠目に富士が望めてゐれば日本映画は何とかなる気がする、中川大資は木端微塵に仕損じた何の根拠もない楽観論を思はず持ち出しかける、荒木太郎2016年第一作。荒木臭の悪寒に苛まされたのは、幸にも杞憂。盾男の愚直に何故か絆された高尾が、更に二年後の満月の夜に今度は自から嫁ぎに来る。欠片たりとて中身のない物語を、外野のハイテンションと主演女優の的確な濡れ場とで一息に観させる。平川直大と里見瑤子がエモーションを爆発させる傍ら、今回奇跡的に那波隆史も空回るでなく、三番手の結城恋が地味に、佐々木基子と速水今日子を足して二で割つて若くした逸材。反面、澁谷果歩と橘秀樹には正直多くを望めない高尾と盾男のパートに際しては、春風亭伝枝は黙らせ、エッサカホイサカの最中(さなか)も盾男の存在を半ば排したわゝに揺れ躍る澁谷果歩のやは乳―のみ―を執拗に抜くカメラワークはあまりにも秀逸。当代人気AV女優の裸を、大スクリーンでお腹一杯に見せるジャスティス。一見勢ひに任せた一発勝負に見せかけて、アバンをズバッと回収してみせる、即ち義太夫が単なる余計な意匠ではなかつたことも意味するラスト・ショットはお見事。締めがキチンと締まる映画は強い、この期に及んで荒木太郎がノッてゐる風情を窺はせる快作。三百六十度全周するパンを通して、三者三様の選曲に乗つた高尾V.S.盾男戦・唯々子V.S.エロッキー戦・ユミV.S.誉三郎戦を順々に連ねるピンク映画らしい濡れ場のジェット・ストリーム・アタックも、一周で終つてしまつたのが惜しいほどのスペクタクル。


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