真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「しつとり熟女 三十路の昼下がり」(2005/製作:関根プロダクション/提供:オーピー映画/脚本・監督:関根和美/撮影:下元哲/照明:梶野考/助監督:吉行良介/編集:《有》フィルムクラフト/選曲:梅沢身知子/録音:シネキャビン/撮影助手:和田琢也・中村拓/監督助手:宮崎剛/スチール:小櫃亘弘/現像:《株》東映ラボ・テック/効果:東京スクリーンサービス/出演:松雪令奈・佐々木基子・小川真実・綺羅一馬・松浦祐也・町田政則)。
 自慰に狂ふ三十路のいゝ感じの女盛り、その模様が現実の地平には非ざる旨を黒バックで明確に伝へておく辺りは、関根和美の開巻にしては頗る上出来といへよう。定年退職し六十四の誕生日も目前に控へた増山輝雄(町田)が、かつての部下・森久美(松雪)の痴態をイマジンし床の中でマスをかく。オッサン中学生か、俺もオッサンだけど。隣に眠る妻・静子(佐々木)はそのことに気づかない素振りで布団を脱け出ると、浴室に入りシャワーを浴びながらこちらもオナニーに悶える。増山夫妻の子供(一切登場せず)は既に独立し、韓国人俳優“ヒョン様”に夢中の静子は、リタイア後家でゴロゴロしてばかりの増山を明確に毛嫌ひしてゐた。夫婦仲の冷えきつてゐる描写と同時に女の裸をたて続けに二人分見せる序盤には、普段は奥ゆかしくも秘められ仕舞ひの例(ためし)も多い、関根和美の熟練した地力が窺へる。例によつて増山と静子がヒョン様が出る番組のビデオを予約して呉れ、そんなものは自分でしろといがみ合ふ中、増山家に電話がかゝつて来る。臍を曲げた静子が出ないゆゑ増山が渋々―それにしても町田政則の、渋々芝居は何時観ても絶品だ―取つてみたところ、何と久美からのものであつた。会ひたいといふのでウキウキとおめかしして出かけた増山を、久美は先輩の良美(小川)と開いてゐるといふ活花教室に誘ふ。俄に忘れかけてゐた春が再びやつて来た風情で、増山は指定されたマンションへと向かふ。ところで、増山が久美との再会を機に連絡用にと携帯電話を新たに買ひ求めるといふのは、些か関根和美の時代認識にズレも指摘せざるを得ないであらう。 2005年の四年前退職時が2001年として、まあ普通のサラリーマンは携帯の一つや二つ持つてゐる筈だ。
 現在は主任に出世した久美が商用で遅れる中、増山がバツイチであるとの良美に喰はれる絡みのだらしなさに関しては、小川真実の磁場に免じてもこの際最早仕方がない。事後、久美も漸く到着するものの、ヤルことを済ませた良美は疲れたと称して帰つてしまふといふ、小川真実が濡れ場要員の名に正しく相応しい麗しき退き際を披露して退場するため、ひとまづ増山は久美と二人で夕食を摂る形に。そのまゝ葱を背負つた鴨の如き久美の積極的なアプローチによつて、増山は元部下とみるみる距離を近づけて行く。綺羅一馬は久美の現在の上司で、不倫相手でもある矢作。ここでよくよく考へてみると、松雪令奈の濡れ場は町田政則を相手に展開するだけで事済むといへば事済む以上、久美と矢作の逢瀬の回想は、実は必要ないのではないか。現在は天川真澄名義の綺羅一馬の裸を別に見せられなくとも全く困らなく、家族のある矢作との関係を煮詰まらせた久美が、増山を相手に繰り返さうとする同じ過ちには、正味な話物語の流れとして釈然としなさも強い。単に父性愛への憧憬が強い久美が、前々から増山のことが好きだつたといふだけで十分ではなからうか。
 藪から棒に静子が連れて来る松浦祐也は、夫に対抗して携帯を入手した静子が、出会ひ系にて知り合つた大学生・杉山健一。久美との関係もカウンターとしてちらつかせながら静子は、当然の如く目を白黒させる増山に対しいきなり離縁を突きつける。起承転結の転にしても、流石に荒業が過ぎるぜ。ところが臆面もなくトレースしてみせるが結末は、更に輪をかけてゴキゲン。吹き抜ける旋風のやうに妻が若い間男と出て行き呆然とする増山を、メールとともに何故か和服姿の久美が堂々と家にまで訪問する。「これが、私からの返信だ」だとか、町田政則がキマッてゐるのだかゐないのだかよく判らない決め台詞をともあれキメつつ、増山は久美を抱きプラマイゼロどころかなほプラスだなどといふハッピー・エンドは、人を小馬鹿にするにもほどがある下らない顛末にも、一見思へる。とはいへ他方から、主要客層の呑気な願望あるいは怠惰なエモーションを鷲掴みにした一篇と捉へるならば、商業映画的にこれはこれで、それでも一つのあまり立派ではない完成を見てゐるのかも知れない。

 尤も、個人的にどうしても通り過ぎることが出来ないのは、選りにも選つて町田政則と佐々木基子となると、関根和美の(恐らく)最高傑作にしてピンク映画珠玉の名作「淫行タクシー ひわいな女たち」(2000/脚本:金泥駒)主演の、土門とリカのコンビなのである。量産されることを以て宗とするプログラム・ピクチャー相手に何を仕方のない野暮を、といふのは頭では判つてはゐるつもりだが、ここは矢張り、清々しく擦れ違つたまゝ呆気なく終つて行く夫婦を、町田政則と佐々木基子が演ずる映画を前にするのは辛い。しかも、佐々木基子は兎も角、現時点に於いてはといふとほぼ事実上、町田政則にとつては今作が関根組最終作であつたりもするのだ。


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