真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「変態穴覗き 草むらを嗅げ」(2007/製作:旦々舎/提供:オーピー映画/脚本・監督:山邦紀/撮影・照明:小山田勝治/撮影助手:邊母木伸治/照明助手:田中康文/助監督:横江宏樹・新居あゆみ/協力:丘尚輝/音楽:中空龍/出演:香咲美央・里見瑤子・吉岡睦雄・平川直大・風間今日子・荒木太郎)。
 夜の闇の中、パンティ・ストッキングに満悦する牛さんの着ぐるみを着た里見瑤子といふ、いきなりビートの効いた開巻。
 人気ピンク女優であつたゆり(香咲)は、脚本家の影中暗黒(荒木)と結婚し引退する。無防備なプロットにも思へてしまふのは、私が下衆の所為か。とはいへ暗黒の仕事は遅々と捗らず、経済的に窮乏した夫婦は庭木の葉を揚げた天婦羅ばかりを食す日々を送る。今回山邦紀は内角スレスレのシュートを、終に自分自身に向かつて投げ込んでみせるつもりか。そんなゆりを、ピンク仲間である監督の澄田勇吉(吉岡)や女優の堀川ミナ(風間)、結婚以前からゆりを半ば崇拝視する俳優の箱島笛男(平川)らは心配する。協力の丘尚輝は、撮影シーンに登場するカメラマン、黙して見切れるのみ。同じく現場に姿を見せる女助監督は、ほぼ間違ひなく新居あゆみか。大仰なサングラスで、顔は殆ど隠してゐる。
 古代アナトリア半島に栄えたリディア王国、リディア王カンダウレスは我が妻の美しさをひけらかしたくなり、側近ギュゲスに強要し王妃の裸身を覗き見させる。そのことに気付き、恥辱に震へた王妃はカンダウレスの暗殺をギュゲスに指示。暗殺後、ギュゲスがカンダウレスの妻を改めて娶りリディアの王となつた。といふヘロドトスの『歴史』(まんま登場する)の一節に、暗黒は感銘を受ける。暗黒はパンストを履かせただけのゆりの裸身を激賞する自らの姿に、カンダウレスを重ね合はせたのだ。暗黒は王妃にゆり、ギュゲスには箱島といふ配役を念頭に置き脚本を書き始める。箱島を家に招き、実際にゆりとの夫婦生活を覗き見させた暗黒はフと思ひ留まる。これでは、自分が箱島に暗殺されゆりを寝取られてしまふことになる。それは気に喰はない、といふ次第で。暗黒はギュゲス役には、牛さんの着ぐるみを着たレズビアンでパンストフェチのヘアメイク・潮路マリモ(里見)を想定し直して脚本を改稿する。牛さんの着ぐるみを着たレズビアンでパンストフェチ、そんな人物の登場が些かの疑問も抵抗も感じさせないといふのも、山邦紀映画ならではであらう、まこと稀有な作家である。

 と、夏に小倉名画座にて煮え湯を飲まされた際の導入部を臆面も無く流用しておいて、さてこの度、晴れて念願叶ひ八幡は前田有楽劇場にて再戦を果たしたものである。さうしてキチンと観てみたところが、訳が判らぬといふことはないものの、これが残念なことに結局てんで纏まらない映画であつた。生活者としても脚本家としても破綻した、暗黒が徐々に陥つて行く袋小路。そんな暗黒を文字通りのダークサイドに、今作の場合は吉岡睦雄の即物的な薄つぺらさが上手くフィットする、暗黒のことはさて措き、満足に飯も喰へぬゆりを案ずる澄田やミナを現し世のサイドに置いた対照性。いふまでもなく、地に足の着いた風間今日子の頑丈な安定性も、この対照に効果的に作用する。ゆりへの同性愛も背景に、暗黒に敵意を剥き出しにするまりもや、どうスッ転んだものだか、俄かに暗黒に傾倒してしまふ箱島の姿も、周囲をバラエティ豊かに彩る。夫に半ば匙を投げ、ゆりが自ら脚本の執筆に取り掛かるカウンター。そして、カット明けの台詞一言で片付けられてしまふのは全く弱いが、暗黒がカンダウレス王ではなく、ギュゲスに自らのポジションの落とし処を見出す展開。何れも一手一手としては有効ながら、それらが一本の劇映画として束ねられることは終にない。意表を突いたつもりのラスト・ショットも、物語が体を為さないままでは、まるで形になるまい。「思へないかい?」といふ暗黒の問ひかけで映画は強制終了させられるが、“思へないかい?”ではない。そこは思はせて呉れないと困るのだ。しかも、カンダウレス王からギュゲスへの転移に於いてもいへることであるが、肝心要を易々と全て台詞で語らせてしまつてどうする。開き直つたかの独白は、これで実は潔いのかも知れない敗北宣言にすら見える。とまでいふのは、筆を勇ませるにも程があるであらうか。浜野佐知に脚本を提供した「魔乳三姉妹」にも似た、あれこれ策を弄し過ぎたものの、理に落ちる以前の綺麗な木端微塵に終つてしまつた一作。二作の比較の中では、各々のピース単位では充実も見せる今作の方が、まだしも惜しいといへば惜しいが。


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