<1894> 大和の花 (160) サイコクサバノオ (西国鯖の尾) キンポウゲ科 シロカネソウ属
湿気の多い林内や林縁などに生える多年草で、茎の基部から伸ばす数個の副枝は20センチほどの高さになり、茎には軟毛が多い。柄のある根生葉と茎葉が見られ、茎葉は三出複葉で、小葉は三角状卵形で切れ込みがある。花期は3月から4月ごろで、上部の葉腋から花柄を伸ばし、その先端に1花を開く。
花は白色に濃い紫色のすじが入った花弁状の萼片5個が開き、この萼片の内側に柄を有する黄色い蜜腺の花弁5個があり、なお内側の白い葯の雄しべ10個と雌しべ2個を取り囲む構成になっている。この蜜腺に誘われて花粉の授受を引き受ける虫たちがやって来る次第である。花は柄の首を垂れて下向きに咲くので撮影し難いところがある。実は袋果で、若い実では2個がくっついているが、熟すころになると、開いてサバの尾のようになるのでこの名がある。
サイコク(西国)とはトウゴク(東国)に対するもの。自生の分布が近畿地方以西と四国に限られる日本の固有種で、その名はトウゴクサバノオ(東国鯖の尾)に比べ、分布が西に偏っていることによる。大和(奈良県)では大阪奈良府県境の金剛山で自生が確認されているのみで、極めて少なく、山頂より西側で見られるところから、金剛山の尾根筋が分布の境になっていることが考えられる。
なお、大和(奈良県)では極めて絶滅が心配される草花の一つで、奈良県のレッドリストには絶滅寸前種としてあげられ、近畿地方においても絶滅危惧種Cにランクづけされている。 写真はサイコクサバノオ(金剛山)。 やさしくも妻の白髪に春の風
<1895> 大和の花 (161) トウゴクサバノオ (東国 キンポウゲ科 シロカネソウ属
山地の谷沿いや林縁などの湿気のあるところに小群落をつくって生える多年草で、草丈は20センチほど、葉は根生葉と茎葉からなり、根生葉は数個、茎葉は切れ込みや鋸歯がある広卵形の小葉が3個から5個つく複葉で、対生する。花期は4月から5月ごろで、茎葉の葉腋から花柄を伸ばし、その先端に直径7ミリから8ミリほどの1花をつける。
花はサイコクサバノオと同じく、花弁状の萼片が5個。萼片は淡い黄白色を帯る長楕円形で、花弁は萼片の内側に5個あり、柄がある黄色い軍配形の蜜弁である。花の中央部分には多数の雄しべと2個の雌しべが位置し、雄しべの葯は白色で、雌しべは雄しべに隠れてほとんど見えない。この花もかわいらしく出会えばカメラを向けたくなるところがある。
分布はサイコクサバノオと異なり、本州の岩手県以南と四国、九州に見られる日本の固有種で、大和(奈良県)では各地の低山帯で見ることが出来る。もっとも身近なところでは春日山の遊歩道で見られる。写真はトウゴクサバノオ。 日の光纏ふものらが春を呼ぶ
<1896> 大和の花 (162 ) ツルシロカネソウ (蔓白銀草) キンポウゲ科 シロカネソウ属
山地の湿った落葉広葉樹林下の草地や岩場などに生える草丈30センチ前後の多年草で、根生葉一個と対生する茎葉がある。茎葉は複葉で、小葉は菱状卵形、欠刻状の鋸歯がある。花期は6月から8月ごろで、上部の葉腋から花柄を伸ばし、その先端に1花をつける。花は白い長楕円形の花弁状の萼片5個が開き、目につく。花弁はシロカネソウ属の仲間に等しい特徴の蜜腺を有し、萼片の内側に五個が取り巻き、黄色い杯状をしている。多数の雄しべと2個の雌しべは白く、混在して見える。実は袋果で、熟すと2個に分かれる。
単にシロカネソウ(白銀草)とも呼ばれ、本州の神奈川県から近畿地方の太平洋側に分布し、大和(奈良県)が自生の南限に当たると言われ、東吉野村のほか川上村と天川村に自生するが、みな極めて貧弱な群落で、いつ消滅してもおかしくない状況にあるため、奈良県のレッドデータブックは絶滅危惧種にあげ、近畿地方でも絶滅危惧種Cにランクづけしている。 写真はツルシロカネソウ。 初雲雀 大和平野のど真ん中
<1897> 大和の花 (163) セリバオウレン (芹葉黄連) キンポウゲ科 オウレン属
山地の林内に生える多年草で、太い黄橙色の根茎を有し、根生葉が2回三出複葉で小葉がセリ(芹)の葉に似るのでこの名がある。花期は3月から4月ごろで、10センチほどに紫褐色の花茎を伸ばし、その先端に花柄を有する1個から数個の花をつける。花は白い披針形の5個から7個の萼片と8個から10個の花弁を開く。雌雄異株で、雄花では雄しべが多く、雌花では雌しべが目立つ。実は長さが1センチほどの袋果がつく。
古来より薬用植物として知られ、古くは平安時代に出された『本草和名』や『倭名類聚鈔』にオウレンの名が見える。薬用にされるオウレンは主に在来のセリバオウレンとキクバオウレンがあり、セリバオウレンは本州と四国に分布する日本の固有種で、キクバオウレンは北海道と本州の日本海側、四国に分布する。なお、奈良県ではセリバオウレンを希少種にあげている。
古文献によると、当時、カクマグサやヤマクサと呼んでいたオウレンを中国の黄連に当てたようである。後の評価では日本のオウレンの方が中国のシナオウレン(支那黄連)よりも良質とされ、下痢止め、健胃整腸、結膜炎、中風等多方面の効能によって生薬名黄連の名で薬用に供せられ、このため生産も行なわれ、現在に至っている。
写真は宇陀市の民家の裏山で撮らせてもらったものであるが、この民家は薬を扱う商家だったということで、植栽起源かも知れない。金剛山に自生しているようであるが、私はまだ出会っていない。撮影時には葉がまだ見られず、紫褐色の花茎と白い花だけだったが、小さい花にもかかわらず、この花によって裏山は早春の気配が感じられた。 写真はセリバオウレン。(写真左は全景、中は雌花で、花の中央に若い袋果の集まり立つのが見える。右は白い葯が目につく雄花)。 遥かなる昔よりなる花として芹葉黄連咲き出しにけり
<1898> 大和の花 (164) ミツバオウレン (三葉黄蓮) キンポウゲ科 オウレン属
亜高山から高山の少し湿気のある針葉樹林帯に生える多年草で、三出複葉の根生葉が三葉に見えるのでこの名がある。小葉は光沢があり、厚く、倒卵形で、重鋸歯を有する。花期は6月から8月ごろで、高さが5センチから10センチの花茎を立て、1花を上向きに開く。花は白い長楕円形の萼片5個と杯状の黄色い蜜弁5個が目につく。
北海道と本州の中部地方以北に分布すると言われるが、紀伊山地の踏査に情熱を傾けた幕末の紀州藩士畔田翠山(源伴存)の『和州吉野郡中物産志』(御勢久右衛門編著)によると、「三葉黄連は弥山川の岸に多し。四月、二三寸の茎を抽き、五辯の白花を開く」とある。弥山川(みせんがわ)は大峰山脈の主峰、近畿の最高峰である八経ヶ岳(1915メートル)や隣接する弥山(1895メートル)の渓谷に発し、双門峡の双門の滝を経て、天川村北角熊渡において天ノ川から十津川に至る川迫川(こうせがわ)に流れ入る。言わば、十津川の最上流の一つに当たる険しい渓谷を有する支流である。
翠山が言う岸が双門の滝より上か、下か、どの辺りの岸を指すのか不明であるが、4月はミツバオウレンの花期からして言えば、旧暦の4月で、現在の5月に当たり、双門の滝より下の白川八丁辺りかと想像される。だが、私はそれよりずっと上の大峰山脈の八経ヶ岳から明星ヶ岳の尾根筋のシラビソやトウヒの風倒木が見られるところで咲き出しているのに出会った。弥山川の最上部の分水嶺に当たる大峯奥駈道の通る付近で、辺りは亜高山帯の自然環境にある針葉樹林帯に当たる。撮影は6月半ばで、ミツバオウレンの花期にぴったり一致する。
この状況から考えるに、翠山が踏査して記録した弥山川右岸の「三葉黄連」は、近畿地方に分布しないとされるキンポウゲ科オウレン属のミツバオウレンと見て間違いないと思われる。当時はもっと寒さが厳しく、山裾の方まで分布域を広げていたのではないかとも言えそうである。だが、奈良県の野生生物目録(2017年)には掲載が見られない。 写真は花を咲かせるミツバオウレン。 凌ぐ時凌いで尾根の初夏の花