<341> 万葉の花 (26) くそかづら (屎葛)=ヘクソカズラ (屁糞葛)
屎葛 屁糞葛 とはなんと
皀莢(さうけふ)に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕(みやづかへ)せむ 巻十六 (3855) 高 宮 王
この歌には皀莢と屎葛の二つの植物が登場する。二つともポピュラーでなく、『万葉集』にはともにこの一首のみに見える植物である。この歌は巻十六の「由縁ある雑歌」の中の一首で、詞書に「高宮王の数種の物を詠む歌二首」とあり、続く3856番の歌は「婆羅門の作れる小田を喫(は)む烏瞼(まなぶた)腫れて幡幢(はたほこ)に居り」とある。婆羅門とか幡幢といった難しい言葉を駆使して歌を作り上げ、詞書の意に沿うところが見られる。因みに、婆羅門は大仏供養の導師、菩提僊那(婆羅門僧正)とも伎楽の舞人とも言われる。また、幡幢は寺院に見られる旗の一種である。
一首目の3855番の歌の皀莢も屎葛もこの詞書に沿って見ると、使用の意図がわかる。歌は「皀莢に這い纏わる屎葛のように絶えることなく宮仕えをしていきたい」というほどの意で、皀莢も屎葛も比喩的に用いられ、実景を写生して詠んだ歌ではないのがわかる。この歌は題詠的なニュアンスの歌で、ここのところを汲んで読む必要がある。
つまり、詞書から考えるに、ここでは一般にあまり知られていない珍しい植物が持ち出されているわけで、これは作者高宮王の意図するところであって、一般にはあまり知られていない皀莢と屎葛の組み合わせが歌の主眼になっているのがわかる。なお、高宮王は伝未承の人物で、どのような地位にあったかなどは知られていないが、相当の教養人で、植物にも詳しかったことがうかがえる。
ここで皀莢と屎葛であるが、皀莢(さうけふ)は古文献から見て、サイカチともジャケツイバラとも目され、今日では、サイカチ説が有力になっている。サイカチもジャケツイバラもマメ科の木本で、サイカチの方は雌雄同株の落葉高木。ジャケツイバラの方は落葉ツル性である。ともに川原の近くに生えることが多く、カワラフジの名も見え、高宮王の歌も皀莢をさうけふではなく、かはらふぢと読ませている研究者も多く見られる。
屎葛の方は現在のヘクソカズラであるというのが一致した見解になっている。ヘクソカズラはアカネ科のツル性多年草で、他の草木に絡んで生育する。楕円形の葉を対生し、その葉は大きいもので十センチほどになる。全草に悪臭があり、その悪臭から屎(糞)がつけられ、それに屁が加えられて現在の和名が出来た植物で、現在でも道端の草むらなどでよく見かける。
八、九月ごろ咲く一センチほどの筒状の花は外側が白く、内側が紅色で、これをお灸とみてヤイトバナ。また、紅を差した早乙女を連想し、この花を早乙女の笠と見なす説もあり、よってサオトメバナの別名もある。小さな黄褐色の果実は茎葉が枯れた後も残るので、冬にもよく目につく。この果実は潰して昔はしもやけに用いたが、万葉のころから薬用に供されていたかどうかはわからない。
思うに、高宮王は屎葛が皀莢に巻きついているのを実際に見て詠んだのではなく、この両植物の特性を知ってその名を持ち出したと知れる。高宮王の植物に対する豊富な知識がこの歌からは想像される。皀莢に当てるべきサイカチとジャケツイバラについては、本州以西に分布するサイカチが大和には極めて少なく、最近の樹木分布調査でも、サイカチの名が出て来ないということがある。私も野生のものには出会えず、写真は植栽起源と思われる御所市の白龍大明神社にある三本の古木によった。今の時期(八月)は大きな鞘の実をぶら下げているので、樹木に詳しい者にはすぐにわかる。だが、不思議なことに年によって雌花のつかないことがあり、白龍大明神社の三本の中でも、一番大きい一本に全く実がついていない現象が今年は見られた。
ジャケツイバラはやはり本州以西に分布し、四、五月ごろに黄色い花を咲かせるので、目立つことにもよるが、大和でも山間の川筋などで見られ、サイカチよりはるかに多い。この点で言えば、ジャケツイバラの方が皀莢の候補として有利に思える。また、高木のサイカチよりも低木状のジャケツイバラの方がヘクソカズラとの相性がよいように思える。だが、これについても、サイカチにも幼木が想起されるから何とも言えない。とにかく、万葉植物には断定出来ないものが多く見られ、この皀莢にもそれが言える。
写真は左からヘクソカズラ(九月三日、平群町)、サイカチ(八月七日、御所市)、ジャケツイバラ(五月十八日、金剛山)。なお、皀は草冠に皀の字。
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