<232> ムクロジとタケ
芽吹くあり 花咲かすあり 峠道
春たけなわの奈良公園から春日山の一帯を散策し、花を見て回った。サクラは遅咲きの八重桜に移り、散った花びらを踏みながら歩いたが、木の芽吹きが盛んで、谷沿いに多いモミジの若葉が瑞々しく、松尾芭蕉の「若葉して御めの雫ぬぐはゞや」の一句を思い出した。花もそこここでそれなりに見られた。
ところで、今日は珍しいものに出会ったので、ここではそれを紹介したいと思う。春日大社の参道わきに幹周りが三、四メートルはある大きなムクロジの木が何本かあるが、その木の一本からタケが五本生え出して青々と葉を繁らせている。四方どこから見てもタケは五本とも木の中から伸び出している。ほかの木ならばさほど驚くこともなく、見過ごしたであろうが、タケなので「どうして」と不思議に思った。
近くでシカの煎餅を売っているおじさんに聞いてみたら、以前このムクロジの木の辺りは竹林だったそうで、そのタケを掘り起こして平地にしたが、ムクロジの根元に入り込んだタケの根は取り除くことが出来なかったようで、古木のため空洞になったムクロジの幹の中にタケノコが生え出し、大きく成長して伸び出したものだという。
周囲のタケはことごとく姿を消したが、ムクロジの古木に守られたタケの根は何とか命脈を保ち、奇妙な光景を現出することにはなったが、命の持続が出来たというわけである。タケにしてみれば、窮屈であるが、命脈を保つことが出来た。思えば、これも共生の一つの現われであろう。
ムクロジはムクロジ科の落葉高木で、樹高十五メートルほどになる。中部地方以西に分布し、神社に植えられているものが多いが、春日大社の参道脇のムクロジが自生か植えられたものかははっきりしない。果皮にサポニンが含まれ、昔は石鹸の代わりにしたと言われる。
春日大社の森は広く、ほかにもナギとかイチイガシとかツクバネガシとかモミとか、古木の巨樹が多いことで知られ、ある程度の観察は出来る。写真は三枚ともムクロジの幹から伸び出して青々と葉を茂らせたタケ(左右から撮影したもの)。