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大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2012年05月26日 | 創作

<267> 童話 「お薬師さん」 (2)      <265からの続き>

          巡礼のともす灯が見ゆ 旅の途次 堂の仏にまみゆる願ひ

 それから半年ほどが過ぎ、霧の深い朝、やはり、堂守のおじいさんはこの日も掃除に取りかかる前に薬の壺を確かめるべく壺の蓋を開けた。すると中に黄金色の仏像が入っていた。掃除の日に見たとき以来だったが、仏像はそのときよりも鮮やかな黄金色に見えた。おじいさんは仏像を壺の中から取り出し、今度こそ誰にも渡すまいと思い、仏像を懐に入れて、自分の家に持ち帰った。おじいさんは懐から小指ほどの金銅仏を取り出し、掌に載せてしげしげと眺め、小さいのにずしりと重いのを改めて感じた。

 それから、おじいさんは毎晩この小さな金銅仏を枕もとに置いて寝た。しかし、いつまでもそうしているわけにはいかないので、仏壇に入れるか、それとも小さな厨子でも作るべきかと考えを巡らせていた。そんなある日、心の奥の方で「お前一人のお薬師さんでねえーぞー、返せー」という声がするのを聞いた。それからというものあまり気分よくなれなかった。そのうち、寝床に入ってもなかなか寝つかれなくなって、ある晩、また、心の奥の方で「お前一人のお薬師さんでねえーぞー、返せー」という声がした。そして、その日、おじいさんは明け方近くになって夢を見た。

 母の病気がよくなってほしいと願う蜂が一匹お薬師さんを尋ねて遠路はるばるお参りにやって来た。しかし、あまりにも遠くから休むことなく来たので、お堂に着いた途端に力が尽きて亡くなってしまった。すると間もなくそこににこぐさが芽を出し、一本の茎に白い花を連ねるように咲かせた。蜂の母親はどうなっただろうと思っていると、にこぐさの白い花が一つ落ちて、悲しいような声が聞こえて来た。「お前一人のお薬師さんでねえーぞー、返せー」という心の奥でするあの声だった。おじいさんははっとして、夢から醒め、仏像を返さなくてはならないと思った。

 次の朝、おじいさんは誰にも気づかれないうちに黄金色の金銅仏をお薬師さんの薬の壺に返した。そして、蝋燭に灯をともし線香を立てて、掌を合わせた。お薬師さんは以前にも増してふくよかなやさしい顔立ちに見えた。おじいさんは、それから、いつものように朝の掃除に取りかかったが、とてもすがすがしい気持ちになれた。

 それからもおじいさんはお堂の世話を続けたが、お参りに来る人たちに、この不思議な夢の話をして聞かせ、お薬師さんの薬壺の中に黄金色のお薬師さんがいることも隠さず話したので、村ではいつの間にか、薬壺の小さな黄金色の薬師仏をお薬師さんの子供と見て、「子持ち薬師」の名で呼ぶようになり、薬師堂は年寄りだけでなく、老若男女みんなが立ち寄るお堂になり、以前にも増して親しまれるようになった。お堂の傍には今もにこぐさが生え、初夏のころになると花を咲かせる。 (完)