花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

太鼓たたいて笛ふいて

2017-08-15 21:34:43 | Book
 井上ひさしの戯曲「太鼓たたいて笛ふいて」(新潮社刊)は、林芙美子の戦中と戦後に時代を設定しています。第一幕は戦中。日中戦争が始まり、林芙美子は新聞社の従軍記者として中国へ赴き、漢口一番乗りを果たし、「私は兵隊が好きだ あらゆる夢を吹き飛ばし 荒れた土にその血をさらし 民族を愛する思いに吹きこぼれながら 兵隊は、今日も 旗を背負って黙々と 進軍する・・・」という詩を詠みます。このことにより、林芙美子はのちに戦争協力者の批判を受けることになります。
 しかし、第二幕になると林芙美子の態度は変わります。戦争を続けるために庶民が悲惨な犠牲を強いられていることを知り、戦局押し迫った頃には「キレイに敗けるしかない」と言ったがために、特高警察に目をつけられます。そして戦後、戦争の爪痕を倦むことなく書いていくのですが、次のセリフでその理由を述べています。「あなた方のつらさを苦しさを、もっと書かなくてはね。歴史の本はわたしたちのことをすぐにも忘れてしまう、だから、わたしたちがどんな思いで生きてきたか、どこでまちがって、どこでそのまちがいから出直したか、いまのうちに書いておかなくてはね。戦さだ何だかんだとムダな欲ばかりで、わたしたちが自分で地獄をつくったということを・・・そんなことより、深谷のネギや練馬の夏大根や銚子のイワシや水戸の納豆や北海道の玉ネギや瀬戸内の鯛の方がずっと大切だということをしっかり書いておかなくては、それをことばにして、だれにでも送り届けなくてはね。」
 フィクションではあると言え、戦争が持つ熱狂と荒廃、高揚と悔悟、この両面を教えてくれるお芝居です。もっとも、歴史を後知恵で見る人には面白くも何ともないでしょうが。