花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

一筋縄では行かない

2012-04-23 23:34:17 | Book
 網野善彦著「日本社会の歴史」(岩波新書)の上中下、3巻を読み終わり、「人間の営みというものは一筋縄では行かない」と強く感じました。この本では政治史に関わる記述が比較的多いのですが、「中央集権-地方分権」と「農業重視-交易重視」の2つの対立軸を大きな枠組みとして、その対立軸が交錯しながら、各時代で「中央-地方」と「農業-交易」の間の押したり引いたりが述べられています。中央集権的で農本主義的な大和朝廷があるかと思えば、平安時代では藤原氏の摂関政治による中央集権あり、平将門の乱にみられる地方勢力の勃興あり、また西日本の交易ルートを押さえようとする平清盛ありと、2つの軸の上を中心がいろいろと動いていきます。その後の時代でも、楽市楽座の下、盛んに交易が行なわれる戦国時代があるかと思えば、江戸時代になると農本主義が力を盛り返してくるように、どちらかがどちらかを抑え込むといったことはなく、世の中は2本の軸の上で移ろいゆきます。「時の流れ」という言い方がありますが」、歴史は川の流れに喩えるよりも潮の満ち引きに喩える方が、それも単に寄せては返す波ではなく、上下左右の4つの象限を複雑に行き来する波と捉える方が良さそうにも思えます。その他、この本では、東北や北海道、あるいは琉球など、独自の文化を展開する社会にも頁が割かれており、「日本社会の歴史」を読むと、「日本の歴史とは、つまりこうだ!」と簡単にまとめることが出来ないと分かります。
 ところで、最近、新聞を見ていて2冊の本の広告が気になりました。1冊は宝島文庫の「読むだけですっきりわかる日本史」です。広告では、「500円(ワンコイン)で日本の歴史がまるわかり!」とあります。「一筋縄では行かない」と思わせる「日本社会の歴史」とは大きな違いです。さて、もう1冊は、ウィリアム・H・マクニール著の「世界史」上下巻(中公文庫)です。こちらの広告には、「たった2冊で大丈夫!世界史を理解する最後のチャンスです」とあります。「すっきりわかる」とか「たった2冊で大丈夫」とか、何とも心強い言葉です。自分が読んでいないので、これらの本についてとやかく言うつもりは全くありません。ただ、広告を見て気になったのは、次のようなことです。この広告を見て心が動かされる人は、きっと歴史の知識をお手軽に得たいと思っている人で、お手軽に得られた知識で分かったような気になる歴史とは、分かりやすい部分だけを抜き出して単純化したものではないかと想像されます。そして、古今東西の人間の営為を単純化して捉えることに疑いを持たずに、「すっきりわかるなぁ」と満足していれば、歴史をリスペクトする気持ちが薄くなるのではないかと心配になりました。面白くて分かりやすいことは大切だと思いますし、ことさら難しくすることで何か箔が付いたと思うのは愚かしいと思いますが、それにも関わらず、すっきりわからないこと、一筋縄では行かないことに真正面から向き合うことは、先人の営みに対してリスペクトする気持ちが沸き起こる契機になるので、歴史をすっきりわかりたいとする気持ちがあまりにも勝ちすぎるのは如何なものかと思います。