花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

第三の開国(下)

2011-02-06 19:12:41 | Weblog
 少し間延びしてしまいましたが、朝日新聞の環太平洋パートナーシップ協定に関する対論風の記事を読んで思い出された本の3冊目です。エマニュエル・トッド著「デモクラシー以後」(藤原書店刊)に収められている日本の読者に向けたインタビューの中に、次のような発言があります。「自由貿易主義の思想の歴史を見てみると、彼らは極めて単純化された公理系を持った人々で、自分たちが持っているシステムは永遠に良いもので、理想的なシステムであると考えています。極めて単純ないくつかの法則から、彼らはその結論を導き出すのです。保護主義者は、諸要因が複雑に絡み合っており、社会は多様であって、歴史上の時代も多様である、という形で思考する人々です。彼らは常に、歴史上異なる局面が相継いで継起するという考え方をします。保護主義者にとって、永遠に良いシステムは存在しません。フリードリッヒ・リストを読めば、その点は実に明白です。彼には、一つの国は、出発点においては、発展するために抵抗しなければならない、自らを保護しなければならない、それはテイクオフをするためであり、それから次の段階に進んだところで、それが支障を来たすことがないようなら、国を開くことになる、という考えがあります。当初の保護主義理論には、保護主義から自由貿易へと移る、ただしいつでも保護主義に戻る可能性は確保しておく、というシークエンスの考えが見られます。(中略)私が到達した結論は、いつの日かわれわれは、唯一最適な態度とは、自由貿易から保護主義へ、保護主義から自由貿易へと際限なく移行を繰り返すのが適切であるとする態度だ、と気づくだろうというものでした。経済に活力を与えるために国を開き、次いで活力を与えるために国を閉ざさなければならない、そうした時期があるのだと。」 
 要するに、環太平洋パートナーシップ協定を巡る議論で必要なことは、「国を開くか、閉じるか」といった2者択一的なことではなく、「どのくらい開くか」、「果たして今は開くタイミングなのか」といったことではないでしょうか。そして、その議論に際して私たちが心がけなければならないことは、私たちが選択する道筋が協調的なものとなっているかどうかです。ややもすると、「輸出産業にとっては有利ですね」とか「農業はダメージを受けますね」のように、損得の議論に終始しがちですが、他の国々との関係が持続可能なものになるかといった視点が欠かせないと思います。