生活を四面配置「考える」「存在する」「生きる」「生活する」
生活編の再構成に掛っています。かなり変わっています。前半の四つのフェーズ、そう考えるより、配置と考えた方がいいでしょう。微妙に違うけど、根本的に違う四つのモノ。
「考える」「存在する」「生活する」「生きる」。この四つで自分を表現できる。「考える」「存在する」は私の世界。「生活する」は他者の世界。最初に「考える」が来たというのは気になります。配置で考えると、「考える」があるから、他の三つがある。
「生活する」は分かりやすい。大体が他者との関係です。「生きる」というのはやりがいなんでしょう。孤立と孤独の世界でどのように融合していくのか。
この四つの配置を明確にすることは、生活編そのものです。存在そのものだし、生きていることであり、その根本として、考えること。生きていることは考えること。考えるとは生きていること。これは池田晶子が述べたこと。
生活編の整理から生活を見直す
生活編は言葉にすることは難しい。ダカラ、好き嫌いで決めています。ロマンにあふれる言葉にすることができます。
生活編の整理から、今の生活を変えていきましょう。もっとしっかりさせるか、ぐうたらにするかは、その答次第です。
これだけシンプルに生きているんだから、生活編のところに時間を掛けすぎている。四つの目を全て、別にします。だから配置です。ハイアラキーでない、他の縛られない。自分の中に四面性を持たせる。そうすると、ベースは「考える」です。
朝のいい加減さ
朝のいい加減な時の過ごし方はもしかしたら、気に入っているかもしれません。他の目を気にしながら生きるのも張り合いがあっていいけど、それは幻影です。自分の中の好き嫌いですね。
未唯へ
ICレコーダーの時計を手動で合わせました。10分ぐらい、違っていた。
7.5「女性への思い」
四つに続くのが、女性です。これが唯一の救いです。今は居ない。だけど、女性しかないです。他者の世界との接点でもある。いつも誰かを恋している。才能に惹かれることが多い。仕事での才能、生きることでの才能、考えるコトへの才能。
女性に思ってもらうことはないです。中学生の頃からの、他者が存在しないという悩み、死への恐怖、その時に初恋の女性が居たように、女性に助けを求める。彼女らを想定して、色々なクエスチョンを掛ける。最大のターゲットがミュー。未唯への手紙だけでも30年以上です。
7.6「知の世界」
次は「知の世界」です。知の世界は第6章そのものです。それの個人編です。考えるといった時に、どちらかというと、地が生活のナカのベースになっています。未唯空間を書き上げる。
人類は何故、これを明確にしないのか。それしか救われることはない。考えるといった時に、その世界はどういう世界なのか。知の世界が見えているのに、そちらに向かおうとしない人類。
7.7「全てを知る」
知の世界の根本が「全てを知る」という願望です。それに対して、「考える」「存在する」「生きる」「生活する」を集約させます。
本当になっているかどうかはどうでもいい。縛られることはない。私は私の世界だから。
7.8「存在の無」
最期はベースとなる「存在と無」からの結論を出していこうというモノです。そのために色々なものをまとめ上げる。未唯空間で数学、歴史、社会がどういうカタチになるのか。それは「存在と無」がどうなるのかと同じです。
数学では、部分と全体が一緒になる世界、社会では位相化できる社会、歴史は市民と超国家が一緒になる世界を想定しました。歴史の到達点も同じように、存在と無が同一になる世界をつくり出していこう。これらの共通する結論になっている。だから、「存在と無」が「存在の無」になっていく。
朝寝の習慣
どうも、玲子さんと同じで朝寝を要求されています。急な眠気が襲ってきた。起きたら、11時だった。
ほころびに中にまともなモノを見つけるしかない。
予言できるのか
全てが準備されたモノだとした時に答が出せるのか。誰もいない世界で。一つのモノの存在を四つに分けているからかなり、接触しますね。あまり、急がずに、偶々生まれたモノを大切にしよう。言葉にしても概念にしても。
元々、上位な概念と下位の概念はないんだから。上位と思われるモノが採用されないのが特徴です。そう考えると、予言が不可能になります。推測が気になる時代です。
これだけのモノを見させると言うことは答は決まっているのか。それをいかに破るか。好き嫌いでやってきて、正解だったような気がします。それにしても、あまりにも嫌いな人が多い。
今年最期の新刊書
2016年も最後の新刊書 4月から1,215冊、累計は22,269冊 。総額は4千万円弱。早く、未唯宇宙に反映しないと!
OCR化した本の感想
『わくわく創年時代』
確かなのは図書館が、高齢者のたまり場になりつつあるということ。何をするために来ているのかが不明です。これは環境学習施設のファシリテーターについても言えることです。
生活のために来ているんでしょう。いつも思うのは、こんな世界にしてしまったコトへの責任を果たしてもらいたいということ。まだ、この世界に居る以上はその意識を持って、行動して欲しい。
そうでないと、単に使われる人間だけになってしまう。
『シチュエーショナル・ストラテジー』
ブルー・オーシャンには非常に興味がある。スタバのIさんと話したこともあるが、スタバはブルーなのかレッドなのか、その間なのか。サード・スペースを志向する限りはブルーな存在だけど、今のように高値では、いつ、レッドに落ちるか分からない。
原価50円のコーヒーを350円でうっているという認識、その差額をバリスタが埋めているという認識を持って、高度サービスに努めないとダメですね。緊張感を持って、サービスに努めることです。
『そして、暮らしは共同体になる。』
すべては共同体へと向かうのは確かです。国という単位は特殊なものになり、コミュニティが意味を持つようになる。
コミュニティに何が必要で、メンバーが活性化するためにはどのような仕組みを創るのかをしっかりとシナリオにしていかないと、すぐにだらしないものになってしまう。
重要なのは企業への取り組みです。伴奏者ではなく、追従者にしないといけない主役は市民ということと組織の存続条件をハッキリさせることです。
生活編の再構成に掛っています。かなり変わっています。前半の四つのフェーズ、そう考えるより、配置と考えた方がいいでしょう。微妙に違うけど、根本的に違う四つのモノ。
「考える」「存在する」「生活する」「生きる」。この四つで自分を表現できる。「考える」「存在する」は私の世界。「生活する」は他者の世界。最初に「考える」が来たというのは気になります。配置で考えると、「考える」があるから、他の三つがある。
「生活する」は分かりやすい。大体が他者との関係です。「生きる」というのはやりがいなんでしょう。孤立と孤独の世界でどのように融合していくのか。
この四つの配置を明確にすることは、生活編そのものです。存在そのものだし、生きていることであり、その根本として、考えること。生きていることは考えること。考えるとは生きていること。これは池田晶子が述べたこと。
生活編の整理から生活を見直す
生活編は言葉にすることは難しい。ダカラ、好き嫌いで決めています。ロマンにあふれる言葉にすることができます。
生活編の整理から、今の生活を変えていきましょう。もっとしっかりさせるか、ぐうたらにするかは、その答次第です。
これだけシンプルに生きているんだから、生活編のところに時間を掛けすぎている。四つの目を全て、別にします。だから配置です。ハイアラキーでない、他の縛られない。自分の中に四面性を持たせる。そうすると、ベースは「考える」です。
朝のいい加減さ
朝のいい加減な時の過ごし方はもしかしたら、気に入っているかもしれません。他の目を気にしながら生きるのも張り合いがあっていいけど、それは幻影です。自分の中の好き嫌いですね。
未唯へ
ICレコーダーの時計を手動で合わせました。10分ぐらい、違っていた。
7.5「女性への思い」
四つに続くのが、女性です。これが唯一の救いです。今は居ない。だけど、女性しかないです。他者の世界との接点でもある。いつも誰かを恋している。才能に惹かれることが多い。仕事での才能、生きることでの才能、考えるコトへの才能。
女性に思ってもらうことはないです。中学生の頃からの、他者が存在しないという悩み、死への恐怖、その時に初恋の女性が居たように、女性に助けを求める。彼女らを想定して、色々なクエスチョンを掛ける。最大のターゲットがミュー。未唯への手紙だけでも30年以上です。
7.6「知の世界」
次は「知の世界」です。知の世界は第6章そのものです。それの個人編です。考えるといった時に、どちらかというと、地が生活のナカのベースになっています。未唯空間を書き上げる。
人類は何故、これを明確にしないのか。それしか救われることはない。考えるといった時に、その世界はどういう世界なのか。知の世界が見えているのに、そちらに向かおうとしない人類。
7.7「全てを知る」
知の世界の根本が「全てを知る」という願望です。それに対して、「考える」「存在する」「生きる」「生活する」を集約させます。
本当になっているかどうかはどうでもいい。縛られることはない。私は私の世界だから。
7.8「存在の無」
最期はベースとなる「存在と無」からの結論を出していこうというモノです。そのために色々なものをまとめ上げる。未唯空間で数学、歴史、社会がどういうカタチになるのか。それは「存在と無」がどうなるのかと同じです。
数学では、部分と全体が一緒になる世界、社会では位相化できる社会、歴史は市民と超国家が一緒になる世界を想定しました。歴史の到達点も同じように、存在と無が同一になる世界をつくり出していこう。これらの共通する結論になっている。だから、「存在と無」が「存在の無」になっていく。
朝寝の習慣
どうも、玲子さんと同じで朝寝を要求されています。急な眠気が襲ってきた。起きたら、11時だった。
ほころびに中にまともなモノを見つけるしかない。
予言できるのか
全てが準備されたモノだとした時に答が出せるのか。誰もいない世界で。一つのモノの存在を四つに分けているからかなり、接触しますね。あまり、急がずに、偶々生まれたモノを大切にしよう。言葉にしても概念にしても。
元々、上位な概念と下位の概念はないんだから。上位と思われるモノが採用されないのが特徴です。そう考えると、予言が不可能になります。推測が気になる時代です。
これだけのモノを見させると言うことは答は決まっているのか。それをいかに破るか。好き嫌いでやってきて、正解だったような気がします。それにしても、あまりにも嫌いな人が多い。
今年最期の新刊書
2016年も最後の新刊書 4月から1,215冊、累計は22,269冊 。総額は4千万円弱。早く、未唯宇宙に反映しないと!
OCR化した本の感想
『わくわく創年時代』
確かなのは図書館が、高齢者のたまり場になりつつあるということ。何をするために来ているのかが不明です。これは環境学習施設のファシリテーターについても言えることです。
生活のために来ているんでしょう。いつも思うのは、こんな世界にしてしまったコトへの責任を果たしてもらいたいということ。まだ、この世界に居る以上はその意識を持って、行動して欲しい。
そうでないと、単に使われる人間だけになってしまう。
『シチュエーショナル・ストラテジー』
ブルー・オーシャンには非常に興味がある。スタバのIさんと話したこともあるが、スタバはブルーなのかレッドなのか、その間なのか。サード・スペースを志向する限りはブルーな存在だけど、今のように高値では、いつ、レッドに落ちるか分からない。
原価50円のコーヒーを350円でうっているという認識、その差額をバリスタが埋めているという認識を持って、高度サービスに努めないとダメですね。緊張感を持って、サービスに努めることです。
『そして、暮らしは共同体になる。』
すべては共同体へと向かうのは確かです。国という単位は特殊なものになり、コミュニティが意味を持つようになる。
コミュニティに何が必要で、メンバーが活性化するためにはどのような仕組みを創るのかをしっかりとシナリオにしていかないと、すぐにだらしないものになってしまう。
重要なのは企業への取り組みです。伴奏者ではなく、追従者にしないといけない主役は市民ということと組織の存続条件をハッキリさせることです。