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大豆の会・料理の会・味噌の会

2006-10-29 06:27:42 | あしがら農の会
大豆の会が今年、始まった。中原さんが中心になって、丁寧に進めてくれている。時々大豆の様子の写真が送られてくる。上の写真も、その一枚だ。無事育ってくれていて、良かった。大豆の会の初年度で、これからの活動の継続という事でも、見事な出来でよかった。と言っても、農家の方の大豆を見ると、様子が違って驚きますが。

Aさんが田んぼをやっていて、今年は作付けないという事で、会に田んぼを返されたことから急遽、大豆の夢がかなうことになった。味噌の会が、大豆を自給するのは当然のことで、いつまでも購入しているのは問題だと、考えていた。田んぼの会にも参加している人は、たんぼの畦で、大豆を作りその大豆を、持ち込むという形は生まれていた。どういう訳なのか。農の会の人も大豆を栽培はしているのだが、味噌の会に大豆を売ってはもらえないのだ。味噌作りをやるのだから、自分で作りなさい。という事だろう。

味噌作りは、かなり長い歴史がある。自然食品の販売をしていた、島田さんが呼びかけてやったのが一番最初だと思う。これは、農の会としてやったということではなかったが、農の会にかかわりのある人達が、沢山集まり、楽しい物になっていた。島田さんの家の前の、冬の田んぼを借りて、そこにかまどを作り、豆を煮て、味噌を仕込んだ。全部田んぼでやったのだが、楽しい気分は今も記憶に残っている。

冬の日差しの中、バンドがセッションしたりして、うきうき気分が満ちていた。あの気分が、味噌作りをやろうという動機になった。あの頃も大豆は作っていたが、山北の山の上では上手くできなくて、やはり、小さな田んぼの畦に作った。

大豆の会・料理の会・味噌の会と繋がっている。味噌作りをやるということは、大豆を作ることであり。お米なり、麦を作り、麹を作ることだ。農の部分は省けない。今年、苗を各自が作りなさい。と、中原さんが種を配った。これが成功の第一歩だった。誰だって、一鉢の大豆の苗は作れる。ここから始める事が、大切なことだ。どきどきしながら、種を蒔き。芽が出て、苗になる。持ち寄るとこれが、又千差万別。上手もヘタもある。植えた土が、それは全員違っていた。

上手く行った背景には、簡単なようだが農の会の蓄積した、大豆栽培の手順があった。畑お準備、この時の溝堀が重要だったと思う。畑の草の整理から、苗の植え付け、一回の除草。そして、いよいよ11月19日の収穫。収穫後の面倒くさい。選別作業は、今回は、収穫祭で取り組むことになった。ありがたいことだ。

是非ここからでも参加してもらい。味噌作りを生活に取り入れてもらいたい。味噌という製品を買ってしまえば、それで終わってしまうことだ。実は、その中にどんなに楽しいことが、詰まっているか。それが大切な物として、必ず暮らしを深める事になる。そして、手作りということの意味が体感できる。農の会の言うところの自給は、ユートピア的な遠い話ではない。日々の暮らしを自分の手に取り戻すという。誰にでも簡単に出来る仕組みの提供だ。

田んぼ体験、味噌作り教室。こうした物が、広がる事はいい。その根底に農の現実があり、奥深い魅力に満ちた世界があることを、実感してもらいたい。平和とか、豊かさとかの、本当の意味が、どこにあるのか。農の会で確かめてゆきたい。
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