魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

小都小都 3

2013年10月21日 | 小都小都

かりそめ

部活の帰りは、いつもの坂道を、自転車を押しながら登る。立ち漕ぎする気力もない。うっかりすると、自転車のサドルにすがり付いて寝そうになる。
どうにか坂の上まで登り切ると、町の家並みが一面に広がる。
これが見えると、もう帰ったような気がして、ホッとする。
後は、自転車にまたがれば、ほとんど漕がないで家に直行する。

学校から家まで2kmぐらいの、ちょうど真ん中が、この坂の上だ。
朝の登校は焦っているから立ち漕ぎで登るが、帰りの時間制限はない。友達とも別れた後だから、のんびり登る。

冬は、横殴りの北風で、坂の上が最高に寒い。でも、夏場の朝夕は涼しいから気持ちいい。坂の頂上の夕陽を、追うようにして登っていく。
登り切ると、まだ沈まない夕陽が空を焦がし始め、町が紅く染まる。

ある時、テレビドラマのシーンで、あの坂にそっくりの坂道が映っていた。
「あれっ、あそこでロケしたのかな」と思って見ていると、車で登り切った坂の向こうには、松林の合間に海が広がっていた。

「なんだ、ンなわけないよな・・・」と、少しガッカリした。撮影に来たような話も聞いたことがない。

10月に入ると、同じ時間でも、坂の上に夕陽は待っていない。
時には茜の雲が映ることもあるが、今日も、薄墨の幕のような空に向かって登って行く。

登り切ると、坂の上で呆然としてしまった。
あるはずの町並みは無く、松林の向こうに暗い海が広がり、浜風が吹いてくる。振り返ると、今来た道は、いつものままで何も変わりない。しかし、前の下り坂は海沿いの道だ。

もう一度、引き返せば、同じ景色に戻れるような気がするが、何の保証もない。
「行かなくちゃ」なぜか、自然にそう思った。
自転車にまたがると、大きくカーブした下り坂を、滑るように降りていく。海岸は意外に低く、走っても走っても、海が遥か下に見える。
しばらく行くと、避暑地のような家並みが見えてきた。

近くに行くと、何か当たり前のように、我が家があった。
「ただいまー」と、声を掛けると、奥から妹が
「お兄ちゃん、ちょっと、ちょっと、早く来なよ」と言う。
「何だよ、疲れてるんだよ」そう言いながら、居間に行くと、
「シフォンケーキ食べる? 私が焼いたんだよ」と、一丁前に紅茶を入れている。

朝、起きると、また寝過ぎてしまった。慌てて飛び出すと海沿いの道を立ち漕ぎしながら登っていく。
何か、こうしていることが、間違っているような気もするが、何も問題はない。自分は、本当は違う町の人間なんだ。そう思うことの方が間違いなのかも知れない。家族もいつも通りで、何も変わりない。

学校に行くと、いつものように授業が始まり、隣の広田は相変わらず居眠りを始めた。英語のクマモンは巨体をゆすりながら、「ここ大事だよー」と目を丸くする。

今日の自分が、海から来たのか町から来たのか、そんなことは大したことじゃない。帰りの坂の向こうが田園だったとしても、きっと我が家はあるだろう。
自分の帰っていく先が変わったのか、自分が変わったのか。
我が家にいるのが自分なのか、自分がいるのが我が家なのか。
それはどちらも同じことのようで、同じじゃない。

どちらかが間違っているはずなのに、誰も当たり前の顔をしている。
自分は、本当の自分じゃないんだ、そう思いながら、今日もまた坂を登っていく。