「雨戸を閉める前に、この石を見ておいて」
野口先生は、そう話しかけながら、もっていらした石を一つずつ、手にとって見せてくださった。
「これは、犬牙状方解石。方解石の結晶形は300種くらいあるといわれているのね。これは犬の牙のような結晶形がいくつも集まっているでしょ。それからこれは代表的な方解石ね。マッチ箱を潰したような形。それからこれが蛍石」
数種類の石を一つ一つ自然光で示しながら、石の特徴を話してくださった。
「じゃぁ、雨戸を閉めてみて」
部屋の灯りの下、もう一度、石の表情を見直して、印象を記憶する。
「いいね、これから紫外線をこの石に当てるからね」
暗闇のなかに、石が輝きだした。
「エッ、何ですか。これは?・・・・・・」
思わず声をあげてしまった。
「岩石・鉱物の蛍光現象っていうの」
「スゴイ!!!!!!!!」
マッチ箱を潰したような方解石は、ボーっと蒼白い。犬牙状の方解石は、炎のようだ。蛍石は濃い紫に、岩塩はオレンジがかった赤色に輝きだす。
自然光で見ていた世界は、いったいどこに隠れてしまったのだろう。色のグラデーションも紫外線の当たり具合で、微妙なやわらかさを生み出す。
「僕はね、この蛍光現象を知ったとき、天地がひっくり返ったような驚きに、慌てふためいしまったのよ」
野口先生は、その驚きを私にも見せてくだりに、我が家までリュックを背負って訪ねてくださった。両親もその部屋に呼び寄せていた。
「鉱物の同定には、この蛍光現象が使われるわけね」
「宝石の鑑定では、昔から、行われていますが、こんなに美しいのははじめてですわ」
父がそう話かけた。
実は、真珠やダイヤモンドなども紫外線をあてて、鑑定をするらしい。ためしに宝石も見ることにした。
「どんなに美しく変色するだろう」
父だけが、ひとりニヤニヤと笑っていた。
母が、嬉しそうに指輪を持ってきた。
「さぁ、当ててみようね」
「ウゥウッ」
「ええぇ~、こんなことってありなの?」
まったく美しくない。予想を見事に裏切られた。
方解石や蛍石や岩塩や霰石や……、そのとき先生が運ばれた鉱物に比べたら、雲泥の差とはそのことだった。
「僕にとって、蛍光現象はすごいショックだった。でもひとつの確証を得たんです。蛍光現象は、ほとんどの鉱物で起こるのだが、非常にはっきりした色の変化を見せるものは少ない。そして蛍光現象が明確に出る同じ種類の鉱物でも、色に多少の違いが出てくる。この蛍光現象にとって、夾雑物・不純物の混入が意味を持つらしいんですよね。そのことは、純粋の意味をもう一度、検証する必要があることに気付かされたわけね」
野口先生は、石を手に取りながら、しみじみと語られた。
この世のものとは思えない色の世界に触れて、「自分が見ている世界だけが世界ではない」ということを、私も身をもって知ることになった。
見えないものを見る。聞こえない音を聞く。
人間の意識で捉えられる世界は、非常に限られていることを石は語りかけてくる。
はたして、摩訶不思議という現象は、自分自身の脳のなかの出来事なのだろうか?
いや、違う、と心の中でつぶやいた。
野口先生は、そう話しかけながら、もっていらした石を一つずつ、手にとって見せてくださった。
「これは、犬牙状方解石。方解石の結晶形は300種くらいあるといわれているのね。これは犬の牙のような結晶形がいくつも集まっているでしょ。それからこれは代表的な方解石ね。マッチ箱を潰したような形。それからこれが蛍石」
数種類の石を一つ一つ自然光で示しながら、石の特徴を話してくださった。
「じゃぁ、雨戸を閉めてみて」
部屋の灯りの下、もう一度、石の表情を見直して、印象を記憶する。
「いいね、これから紫外線をこの石に当てるからね」
暗闇のなかに、石が輝きだした。
「エッ、何ですか。これは?・・・・・・」
思わず声をあげてしまった。
「岩石・鉱物の蛍光現象っていうの」
「スゴイ!!!!!!!!」
マッチ箱を潰したような方解石は、ボーっと蒼白い。犬牙状の方解石は、炎のようだ。蛍石は濃い紫に、岩塩はオレンジがかった赤色に輝きだす。
自然光で見ていた世界は、いったいどこに隠れてしまったのだろう。色のグラデーションも紫外線の当たり具合で、微妙なやわらかさを生み出す。
「僕はね、この蛍光現象を知ったとき、天地がひっくり返ったような驚きに、慌てふためいしまったのよ」
野口先生は、その驚きを私にも見せてくだりに、我が家までリュックを背負って訪ねてくださった。両親もその部屋に呼び寄せていた。
「鉱物の同定には、この蛍光現象が使われるわけね」
「宝石の鑑定では、昔から、行われていますが、こんなに美しいのははじめてですわ」
父がそう話かけた。
実は、真珠やダイヤモンドなども紫外線をあてて、鑑定をするらしい。ためしに宝石も見ることにした。
「どんなに美しく変色するだろう」
父だけが、ひとりニヤニヤと笑っていた。
母が、嬉しそうに指輪を持ってきた。
「さぁ、当ててみようね」
「ウゥウッ」
「ええぇ~、こんなことってありなの?」
まったく美しくない。予想を見事に裏切られた。
方解石や蛍石や岩塩や霰石や……、そのとき先生が運ばれた鉱物に比べたら、雲泥の差とはそのことだった。
「僕にとって、蛍光現象はすごいショックだった。でもひとつの確証を得たんです。蛍光現象は、ほとんどの鉱物で起こるのだが、非常にはっきりした色の変化を見せるものは少ない。そして蛍光現象が明確に出る同じ種類の鉱物でも、色に多少の違いが出てくる。この蛍光現象にとって、夾雑物・不純物の混入が意味を持つらしいんですよね。そのことは、純粋の意味をもう一度、検証する必要があることに気付かされたわけね」
野口先生は、石を手に取りながら、しみじみと語られた。
この世のものとは思えない色の世界に触れて、「自分が見ている世界だけが世界ではない」ということを、私も身をもって知ることになった。
見えないものを見る。聞こえない音を聞く。
人間の意識で捉えられる世界は、非常に限られていることを石は語りかけてくる。
はたして、摩訶不思議という現象は、自分自身の脳のなかの出来事なのだろうか?
いや、違う、と心の中でつぶやいた。