羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

減速のクオリア

2005年10月25日 07時29分31秒 | Weblog
 座席は、四人がけのボックスがいい。
 列は、太平洋側がいい。
 晩秋から冬にかけて、東海道在来線は、温室である。
 快晴の日は、ウォームビズどころか、セーター一枚を脱ぎたくなる。
 燦燦とそそぐ太陽光ほど、人をここちよい午睡に誘うものはない。
 東京駅から乗り込んだ通勤の人の大半は、品川あたりでウトウトはじめ、横浜の手前で目覚める。時間にして30分弱。

 秋学期が始まると、週に一回、熱海行きか小田原行きにのって、湘南へ向う。
 車中、さまざまな人生に出会う。
 男女とも仕事での移動の人は、新幹線などとは雰囲気が違う。乗り込んだとたんに緊張感が解かれるらしい。ほっとした表情を見せる。というより、これから「小田原までか」というような「あきらめ感」がある。「あくせくしてもはじまらない。車中くらいゆっくりしようよ」である。
 元気なのは中高年の女性グループである。エキナカで買ったお弁当とお茶、持参したお菓子を楽しそうに食べている。そこだけに安泰な空間が出現するから面白い。
 若い女性グループも、にぎやかである。だいたい恋愛問題が主題で、日常のこまごました不快な出来事をしゃべっているうちに、手元のスナック菓子はなくなっていく。
 人目を忍ぶカップルもいる。そうした人は、不思議とボックスをさけて、ドアのそばにある二人がけに席を取っている。
 葬式や法事に出かけるか、帰ってきたかの家族や親戚の連れ立ち。
 独りぶらりと旅に出る人。

 そんなこんなの車内を眺めていると、大船観音が白い上半身を小さな杜から覗かせてくれる。観音様が、その日の授業内容を、もう一度確認する時間の目安だ。

 なぜか私は東海道線が好きだ。
 新宿湘南ラインの方が、近いはずなのに、東京駅まで足を伸ばす。
 理由はよくわからない。
 
 とくにこうして出かけ、仕事をすませての帰りは、東京駅がいい。
 なぜって、品川を過ぎ、新橋を過ぎると、列車が減速をする。
 この減速の仕方が、他の駅に侵入して停車する減速とは、まったく質感が異なる。
「無事に、帰ってきた」
 思いが静かにからだのなかを巡る。
 
 周りの風景が、ゆっくりと動き、ビルが迫ってくる。
 その迫り方が好きなのだ。
 車内に漂う、共通の安堵感。そこからそれぞれの電車に乗り継いでいくのだが、ここでは言い合わせたように「ほっと」皆が肩を降ろすのである。気を抜くのである。

 東京駅は、終着駅なのだ。
コメント (1)
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