生きるエネルギーについて、バンドについて、小説について。

2024-07-27 15:37:52 | Weblog

久しぶりにジョン・アーヴィングの「ホテル・ニューハンプシャー」を読みたくなり、

家にあるはず・・・なので気合入れて家探ししてみた。

うちの本は整理されていないうえに 

なんか初夏に・・・ではない、

何箇所かに分散されて積まれているので、

探すのに随分 苦労してしまった、暑いし。

で、結局何と、見つからない。・・・・・・・・・・・ないのだ。

まだ未捜索の地帯があるが、もう無理だ。

買いなおすことにした。映画化もされたアーヴィングの代表作のひとつなので、

大きなブックオフならあるだろう

(そしてそれは、近所の巨大ブックオフにちゃんとあった)。

家探しに使ったエネルギーはちょっと無駄だったが仕方ない。

そーゆーこともある人生、往々にして馬。

 

さて、エネルギーのこと。

僕は中学生・・・高校生の頃から、バンドやることに人生のエネルギーの多くを

費やしてきた。初期は家でギターを練習し、

好きになったバンドのレコードを何度も何度も聴き、

音楽仲間と出会えてからは

放課後、バンドの皆で集まって、何度も何度も練習した。

延々と試行錯誤を繰り返すことになるのだが、楽曲作りもやった。

そしてライヴハウスに出演出来るようになって、

いろんなバイトや仕事をしながら、人生のエネルギーはいつも全部、

バンドに使ってきた。

バンドの支障になりそうなら、あっさり仕事を辞めたりした。

何回もそういうことをした。そうなると人は、仕事を転々とすることになる。

そして必然的に、金銭的には窮窮とすることになる。

そんな中で、

遠く関東まで何度も何度もライヴを演りに行ったし、外国までも行った。

そんなすごいエネルギーを費やして一体、何が得られたのか?とか思われるかもしれない。

最終的に・・・音楽で「喰える」ようには ならなかったから。

でも

自分としては結局、あれでよかったんじゃないかな、と思う。

あれしかなかった、というか。

もともと、音楽で「喰える」ようになることが目標ではなかったし。

・・・・負け惜しみに聞こえるかもしれないが。

 

僕が、僕らが得たものは、実は多いのだ。

失ったものも、あるにはあるが。

 

・・・・・・・・・・・・エネルギー。

 

ひとは、

誰もが「生きる」というエネルギーを与えられて世界に登場する。

ヤキュー少年はヤキューにエネルギーを費やして生きる。

サッカーに人生を賭ける人もいる。

オタク少年たちは映画やテレビをを観たり、ガンプラをつくったりする。

不良少年たちはイキがる事と喧嘩にエネルギーを費やす。

ベンキョーにエネルギーを費やして、大企業に入社する人も多いのかもしれない。

何十億もニンゲンがいて、その数だけ違う生き方がある、と考えると気が遠くなりそうになる。

人間だけではない、猫だって一匹一匹の人生があるし、

例えば蚊の一匹一匹・・・・・まで行くと考え過ぎだ。

恐らく、蚊は何も考えていない。蟻も。そうであって欲しい。

 

何の話だっけ。

 

そう、それでさっきブックオフで「ホテル・ニューハンプシャー」を買って来た。

上下巻に分かれてたんだっけな??????

アーヴィングの小説は、長いものが多いのだけれど、面白いので一気に読める。

こう言っちゃなんだがアーネスト・ヘミングウェイの長編が僕は苦手で、

途中で飽きてしまって読み通したことがない。

ヘミングウェイの短編は面白いのだけど。まあいいや。

 

僕は 本を読むことには 何故か、ほとんどエネルギーは費やさないで済む。

試練のような楽器練習も要らないし、複雑な、煩雑な、日程調整も必要ない。

読書は僕にとっては、純粋な「お楽しみ」なのだ。

だから、面白くなければ さっさと読むのを止める。

 

「ホテル・ニューハンプシャー」は確か、映画もとても良い出来で

(ナスターシャ・キンスキーが出演していた)、

僕は遥か昔、佐治くんと一緒に見た記憶がある。

でもやはり、この原作小説の重厚さと「切なさ」は、素晴らし過ぎる。

 

映画が原作を超えることなどない、と読書派の僕は思う。

 

・・・・「別の良さ」が表出することはあるかもだけどね。

 

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ロックTシャツ

2024-07-22 21:38:34 | Weblog

巷ではちょっと前から、ロックバンドTシャツが流行っているみたい。

いいことだ・・・と思うのだけれど

そのバンドを知らない人がTシャツを着るのはおかしい、

というようなことでSNSで話題になっていた。

・・・・・・・・・・・・・・難しいところ。

僕は実は先日のハードレインでのライヴの時に、

客席にいた、知り合いでない可愛い女の子が

PUBLIC  IMAGE LIMITEDのTシャツを着ていたので、

思わず話しかけてしまった。

彼女は「実はあんまり知らないんです~」と言っていたのだが、

よく似合っていたので全然オッケイである。

それで、それがGUで売っていた、と聞いて実際にGUまで行ったのだ。

ホントにあった。そして買った。その子が着ていたのとは違うデザインの、

PUBLIC  IMAGE LIMITED  Tシャツ。嬉しい。

しかし考えてみたら、僕だってこれを着て、マニアックな

ポスト・パンク オタクみたいな人に P I Lファンなんですか?と聞かれたとしても、

そんなに知ってるワケではない。

僕はただ、「フラワーズオブロマンス」が好きでCDを持っていて、

「アルバム」というアルバムに入っている「ライズ」という曲の大ファンなのだ、それだけだ。

「メタルボックス」も持ってないし。

でも、ジョンライドンの言説が大好きでは、ある。

彼の自伝も持っている。

でもそれじゃ、P I Lのファン、とは言えないかもしれない。

大体がだな、P I Lを、ピルと発音するのか、ピーアイエルと言うべきなのか、

パブリックイメージと呼ぶべきなのか、わからない。

視点をもっと広げれば、

例えばストーンズのベロマークTシャツを着ている人は、最近、多い。

1990年以前はそんな人、いなかったのだが。

僕も時々、着る。

しかし僕は、ストーンズのアルバム全部、聴いたか?

いや・・・・・ほとんど聞いてるけど、メタモルフォシスとかはちゃんと聴いてないなあ。

あと、サタニックマジェスティも、飛ばしてしか聴いてないや。

初期と黄金期のは全部聞いてる。とは言え・・・・・

90年代の作品は全部、出た時に買ったけど一回しか聴いてないや、ははは。

ビートルズにしても然り、だ。知らなかった曲があって、愕然としたりする。

 

そのバンドを「知っている」とは、一体、どういうことなのか。

どこまでがファンで、どこからがエセなのか。

 

そう考えると、当たり前のようなことだが、

 

誰が何を、どんな風に着ようが、自由なのだ・・・・

 

という結論にしか達しない。

 

 

 

だから僕が例えば・・・・・・・・・・・・毛沢東Tシャツ(!)を着てても、

石は投げないでくださいね。

 

チェ・ゲバラ?ならいいかな。

 

ゲバラをモデルにした映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」を観たし。

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狂騒の頃

2024-07-21 20:22:40 | Weblog

梅雨は終っているみたいだ。

それは構わないのだが・・・・僕は果たして、

この夏が終わるまで生き延びることが出来るのだろうか。

半ば・・・・っていうか本気で毎年、不安に思うのだ。

いや大丈夫だ、とにかく生きてさえいればバンドもライヴも、

続けて行ける可能性があるし、もしも僕が死んだら

ロカ66のメンバーがきっと哀しんでくれると思う。

ついでにキョンキョンも哀しんでくれるといいのだがいかんせん、

キョンキョンは僕のことを知らない。

このブログで随分前に、

キョンキョンが、読んでないのに「ライ麦」をバッグに入れて持ち歩いてて、

雑誌のインタヴューでそれをフェイバリットに挙げていて、

そのせいで「ライ麦」が(日本だけで)時ならぬベストセラーになった、

というエピソードを取り上げて、アイドルってのは全く・・・・というようなことを書いたのだが、

その後ちゃんとキョンキョンは「ライ麦」を読み、

それどころか、それ以前から大の読書家だったようで、

ついに朝日新聞の書評欄に執筆する程の存在になった。すごい。

マリリン・モンローのようだ。

というのはM・Mもパブリック・イメージ(グラマーなセックス・シンボル)とは違って、

熱心な読書家で、しかも スキャンダラスな文豪・トルーマン・カポーティと友人(!)で、

(カポーティの短編に、オフの(素顔の)彼女を題材にしたものがある)、

彼女の遺品の中に、スコット・フィツジェラルドの「グレート・ギャッツビー」

の初版本(!)があった、ということが話題になったことがあった。

キョンキョンは・・・いい意味で、マリリン・モンローのようだ。

最近、政治的発言が話題になったが、

僕は、色々な意味で、キョンキョンの言ってることに賛成だ。大賛成。

こんなこと自慢しても仕方ないが、キョンキョンと僕(等)は、同い年なのです。

1966年。

・・・今日が7月21日で、バタバタしていてブログに書けなかったのだけれど、

7月14日はランブルフィッシュの・・・僕の盟友、戦友、同い年の親友、

今はこの世にいない、2007年に亡くなった・・・佐治朝吉の誕生日だった。

佐治くんおめでとう。何回も言ってるが、僕は彼の17歳の誕生日を覚えている。

ああ言うまでもないが僕もその時16歳だった。

それはそれは印象的な出来事だった。

その頃には我々はもう、友達だったのだ・・・まだ親しくはなかったかもだけど。

 

そしてそして1993年の昨日、7月20日には僕は大阪で、死にかけている。

バイクでの単独事故を起こしたのだ真夜中過ぎ・・・いや、朝方に。

このこともこのブログで過去、何回も書いてるけど。

思い返してみればあの頃は無茶苦茶だった、何もかもが。

常識というものが完全に欠落していた、僕の中で。

よく生きてたと思う、よく生きてると思う。

死んでても全然おかしくなかった。

僕はそのとき26歳で、あと たった42日で27歳になるところだった。

すごくすごくすごくすごくすごく危険な年齢。

死に近い年齢。

事故後、丸2日ほど意識を失っていたので、あとで色々なことがわかったのだが、そのことで・・・

大阪府警の恩情に感謝している。大阪はなんだかんだ言って、優しい。

 

さてさて遡って、1969年の7月20日は

アメリカ合衆国のアポロ計画で、11号が遂に月面に着陸した。

僕や、佐治くんはまだ3歳にもなっていない。キョンキョンもだ。

 

 

後年になって僕は、オメガのスピードマスターという時計を購入した。

写真がそれであるのだが、

アポロの宇宙飛行士が腕に着けて行ったのがスピードマスターだったのだそうだ。

1969年にはまだ、クォーツ(水晶発振)の腕時計は発明されていない。

このスピードマスターは、歯車だけで構成された純粋な「機械時計」だ。

動力は「ゼンマイ」だ。一日に何秒か、狂う。それで当たり前だった。

そんな精度の機械しかない中で、月まで行って、着陸したのだ。

すごい、としか言いようがない。

 

 

僕は10年以上、時計に関わる仕事をして、

時計修理技能士3級、という資格も手に入れた(大したことはないのだけれど)。

すごくすごく不器用な僕にしては、よくやったと思う。

 

 

 

人生って本当に、いろいろありマスね。

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ステイ・オア・ゴー。

2024-07-16 20:44:32 | Weblog

ドナルド・トランプ大統領候補がライフル銃で狙撃されたのは

今から3日前の

7月13日のことで、

僕はその日は出ずっぱりだったので全然知らなかった。

夜遅くに帰ってきて、次の日に知った。

 

しかし何と言うか・・・・・・・・・・・・。

陳腐にしか聞こえないかもしれないが、

暴力では何も解決しないのだ、ということを強く思った。

いや、もちろん様々な可能性がある。

あれは茶番だ、という人もいる。

現代においては、何が真実なのかは本当にわかりにくい。

ただ、何でもかんでも茶番だ、陰謀だ、と言っているばかりでは

我々はどこにも行けはしない。

 

僕はただ暴力を否定するだけだ。

銃社会が怖いのは、

銃という物質が弱者と強者を簡単に・・・白黒反転してしまうことかもしれない。

今回ぶっ放したのは20歳のひ弱そうな若者みたいだ。

ひるがえって我が国で去年、

アベシンゾウに対して発砲したのは、貧困に追い詰められた宗教二世の男だった。

日本は銃社会ではないんだけど。

でも銃を手作りできる情報は出回っている(いた?)のだ。

黒色火薬も、なんだかんだ言って手に入る。

そういう意味で我が国も 銃社会に毒されている、と言えなくもない。

 

ドナルド・トランプだってしかし、銃規制には反対していたはずだ。

この事件が、ドナルド・トランプ大統領候補にとって追い風になるのは間違いない。

そんなの、国際政治にはド素人の俺でも一瞬でそう思った。

バイデンの「老い」が厳しい、という現実もある。

 

トランプ再選、というシナリオがこれで、決定項になってしまうのだろうか?

彼はしかし、色々と問題がある、と言わざるを得ないパーソナリティーだ。

 

傲慢だし傲慢だし傲慢だし差別主義者だし。

 

(ひとを憎むのは良くないことなのだけれど僕は、

傲慢な奴と差別主義者と悪徳(裏金)政治家は積極的に憎むことにしている。)

 

こないだの東京都知事選も、最悪の結果に終わった。

問題のある(としか思えない)人が当選した。

 

11月のアメリカ大統領選も、またそんな風になるのだろうか。

 

 

・・・・・・・・・・・・・いかん。

 

弱気になってはいけない。

 

僕は僕の信じることをやるだけだ。

 

 

 

 

 

 

あんまり関係ないようなことなのだけれど・・・・・・・・

 

今日は関西のFM  COCOLOでザ・クラッシュの「ステイ・オア・ゴー」

が、突然、かかった。

ミック・ジョーンズの歌声。

 

 

すごく、すごく、嬉しかった。

 

 

 

 

だから、

 

 

 

 

世界はまだ、捨てたものではない。

 

 

 

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ライヴを終えて。

2024-07-15 09:51:04 | Weblog

2024年の7月13日は ほっこりとした、楽しい日だった。

出演者の皆さん、来ていただいたお客さんの皆さん、

ハードレインのスタッフのひと、PAのひと、加納くん、

どうもありがっとでした!

この日の出演は全員、贅沢にもワタクシが声を掛けさせてもらったので、

結果、当然、

全員、大好きなミュージシャンだったのです。

だから出演前、みなさんの演奏を観てるのも至福でありました。

モンビジさんは、久しぶりの競演だったこともあって

やはりすごく良いし、

進化ぶりが顕著に思えました。

ユーコさんのウッドベースの音が以前より太いし、ハモリも上手くなってる。

ウッベが以前のものと違う楽器なのがよくわかる。色も微妙に違う。

コーイチさんの強い歌と、ギブソンのアコギは変わらず健在で、渋かった。

そして当然というか、歌詞に深みがあっていいなあ、と思いました。

そして正垣祐樹も素晴らしい。

聞き入ってしまう面白い歌詞、切ない歌詞、社会的な皮肉なものも。

歌いながら弾く、さりげにテクニカルなギター。

生音ならではの、ギルドのアコギのいい音。

たった一人で表現する強靭な心意気にはやはり、感銘を受けました。

そしてアサオカ01,カワサキ&ブギーも最高。

Aランチというアサオカ君のレギュラーバンドから

3人だけ出てくれたらしいのだが、コンパクトで自由度が高い演奏。

ユーモラスでユルくて、愛らしいことこの上ない。

パーカッションの ゆりえブギー も

ベースの カワサキさん も極度に愉快なキャラで、

アサオカくんのまわりには面白い人を集める重力が働いている。

アサオカくんのエレキはエピフォンの珍品。

そして最後は我々ROCA’66。

暖かく聴いてもらえたような気がして、シアワセでした。

新曲もちゃんと演奏出来たと思う。

そして全編で、いつもより赤井くんのギターの音がでかくて良かった。

伊藤克ちゃんのベースもいつも通り、音がでかかったし、

克ちゃんがWヴォーカルでいっしょに歌ってくれた新曲の歌も良かった。

歌詞覚えるのが大変だったと思う。ありがとう。

トビーのドラムは安定の頼もしさ。思えばヤツのドラムもだいたい、音がでかい。

いいことだ。

本当に最近は演奏・・というかメンバーと合奏することが至福で、

スタジオであろうがステージであろうがそれは同じで、

でもやはり、ダイレクトに目の前に聴いてくれる人が居る、

というのは緊張感もあるし、

人間と人間が生身で会える、というのはどう考えても貴重なことで、

そのことが年々、身にしみて感じられます。

好きな人たちと会えたのがやはり、何よりも幸せだった。

もっと時間があればいいのに、といつも思う。

もっと、例えば朝まで飲んだり演奏したりしたい。

でも絶対、体力がついてこないと思う。

貴重なことだから・・・・こんなに嬉しいのかもしれないよね。

「遠ざかる程 ダイヤは光るのよ」ってボケロウが歌っていたなあ。

あ、そうそう

この日は「切ない」が、とても大事なのだ、ということに気付いた・・・

というかそのことを自分の中で、言語化できたのです。

小説でも、映画でも、ロックでもブルースでもジャズでも

フォーキーな歌でも、ノイズでも

ファッションでも

人間関係においても、

「切ない」という要素が、とてもとても大事なのです、少なくとも僕にとっては。

そういう意味で

こないだの土曜日は

切ない日、でもありました。

みなさんありがとう。

 

 

 

楽しいことは体力も使う。

ハードレインからの帰りに、

重い荷物と楽器と機材を抱えてちょっとの間、梅田で道に迷って彷徨っていたので僕は

ギリギリ終電に乗れたものの、 へとへとに疲れてしまい、

昨日は一日中床に臥せっていたのでした。ひぃぃぃぃ。

 

 

最近、時々・・・歩いてて道に迷うなあ。

逆にクルマだと最近は道に迷わないんだがね・・・・ナビがあるから。

ナビは偉大だ。

江戸時代の人がナビのこと知ってもきっと、信じないよ。

  

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祝福(明後日は大阪・梅田・ハードレインでライヴ!)。

2024-07-11 21:08:21 | Weblog

ライヴハウスに祝福を。

音楽で喰ってるワケではないミュージシャンに祝福を。

そういう「メジャー」でないバンドを見に来てくれるお客さんに祝福を。

自作曲をつくってるすべてのひとに祝福を。

っていうか 音楽に関わるすべてのひとに祝福を。

もう一声、

現代を生きているすべての生命に祝福を。

過去に生きたすべての魂にも祝福を!!!!!!!!!!!!!

 

私利私欲の政治家たちに呪いと起訴を。

 

我々、ROCA’66はあさって、2024年7月13日、

大阪・梅田のライヴハウス、「ハードレイン」のライヴで、

新曲を演りマス。

タイトルは「レンブラント ライト」で、

作詞作曲はアタクシ、片山道子デス。

ベースの伊藤克ちゃんとダブルで歌いマス。

すごくいいのが出来たんだよ。

聴いて欲しい。

配信は、しないので・・・・・梅田まで来てください。

 

もうひとつの新曲は、前回のWATERで一回披露してマスが、

「空電シンクロナイズド」というタイトルで、

これは作曲・赤井英俊・片山道郎、作詞・片山道子で

(道子か道郎かどっちやねん)、

自画自賛するが、これも、とてもとても良い楽曲であるのです。

これも絶対、聴いて欲しい。

 

とにかく、

大好きなミュージシャンたち

(モンビジさん、ショウさん、アサオカくん)を呼んで、

馴染みの、音の良い、地下の、こじんまりとした ライヴハウスで、

ROCA’66としてメンバー達とライヴを演れる、というだけで至福ですアタシは。

 

 

これを読んでくれてる人がもし来てくれたら、もっと幸せ。

 

 

 

 

ここ最近、これ読んでくれてる人が妙に多いのだが・・・・・・

アタシ流行ってる????プチプチ炎上??????

300人くらいの人が毎日読んでくれてるのだけれど、

その人たちがさ、全員来たらクラブ・チッタでワンマン出来るぜ。

 

はははのは。

 

 

あ、300人も来たらハードレインには入りきれないな。

 

 

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早見優にぶっ飛ばされる。

2024-07-09 21:15:29 | Weblog

昨日、ラジオを聴いていたら

早見優が出てきて、「私のお気に入りアルバムを紹介します」と言った。

おお、懐かしい早見優。

高校の頃、寮で一緒に住んでた清治が、この子大好きだったんだよな。

歌はイマイチ、上手くなかった気がするな。

アイドル歌手全盛だった時代。

早見優は確か、俺達と同い年だったんじゃないかな。

で、

そんな元アイドル歌手が(ラジオで)、どんな音楽を紹介するのか?

と興味が湧いた。

マイケル・ジャクソンとかだったら嫌だなあ。

あと、フュージョン系も止めて欲しい・・・・・などと

ナメたこと考えていたら、次の瞬間、驚きでぶっ飛ばされた。

彼女が紹介したアルバムは何と

エラ・フィッツジェラルとルイ・アームストロングの競演盤、

「エラ アンド ルイ」だった。渋い。

その後の語りを聴いていると彼女の父は実は、ジャズ・ヴォーカリストだそうで、

そりゃ渋いはずだ。

ナメてたらあかん。

その後さらに驚かされたのが、

初めて好きになった楽曲を紹介、というコーナーで、

彼女が挙げたのが

ブロンディの、「ハート・オブ・グラス」!!!!!!!!

まさかのNYパンク関連バンドだ。

そうか、早見優はそういえば帰国子女で、

ハワイ在住だった時期もあって、英語はペラペラなのだ。

このブロンディの曲は1979年当時、ハワイのラジオでよくかかっていたそうだ。

かっこいい。

でもそういえば僕も、この曲、日本のラジオでもよくかかっていたのを

覚えている。あれは多分、1979年だったのだ。

個性的だが、ただのポップスだと思っていた。

まさかNYパンクのライヴハウス「CBGB」とかに出てるバンドとは思いもしなかった。

 

 

 

早見優、恐るべし。

 

 

 

 

僕は「CBGB」が懐かしい。

 

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東京都知事選。

2024-07-08 21:16:57 | Weblog

都知事選の結果は残念だった。

 

でも落ち込んでいても埒が明かない。

我々は我々が正しいと思ったことをするのだ。

悪徳政治家はいつか、その報いを受けるだろう。

しかし思うのだが

答弁拒否するような政治家は最低だ。

議会というのは言葉を使って「論議」することに意義がある。

質問に答えない、などという選択肢はないのだ。

「議論のテクニック」としての論点ずらし、とか「遠回しに答えない」、みたいなことは

ある(っていうか、稀にはあっても良い・・のかもしれない)けど、

堂々とそればっかりやってるような奴は議員失格にせねばならない。

 

これを堂々と、恥ずかし気もなく、

我が国の最高議会である国会でやり始めたのは、僕の知る限り、アベシンゾウだ。

「ご飯論法」って、あったの覚えてますか?

例えば、の話なのだが

「今日は、朝ご飯を食べましたか?」という質問に「いいえ」と答える。

でも後で、彼が朝食を食べていた、という証拠が出されると

「朝食にパンは食べましたがご飯は食べていません」と言うのだ。

それで言い逃れする。

これが「ご飯論法」。しょうもない、の極致である。

しかしコイケユリコの都議会での発言を見ると、

それよりもっとひどい。

何も答えないのだ。

彼女の答弁拒否率は75パーセントだ、と議員が(議会中の発言で)言っていた動画を見た。

ひどい。

答えたとしても、

「ご質問の答えですが、先ほどのお答えと同じでございます」とか言い放つ。

取り繕うことさえしないのだ。まさに厚顔無恥。

ああ腹が立つ。

質問に答えない奴って俺、個人的に大っ嫌いなのだ昔から。

まともな論議が出来ない(する気がない)なら、議会なんかやったって無駄だぜ。

都議会も、国会も、無駄だ。

 

選挙はしかし、無駄ではないと信じたい。

多くの人が投票に行けば、それさえすれば「民意」が選挙結果に反映されるのだ。

組織票なんか吹っ飛ばせるのだ、あんなクソしょうもない、何も考えていない組織票なんか。

僕もそういえば一度、創価の信者の人に票を依頼されたことがある。だいぶ前の話だが。

ふだんは全然接点のなかった、以前の会社の事務の女性だった。びっくりした。

言うまでもないが、断った。

その人が創価の信者であることも、その時知った。

本当にあるんだ、と思った。本当にあるんだよ。

組織票ファックオフ。

民主主義の敵だ、あれは。

 

そして小池は、自らの学歴詐称を認め、恥じて、都知事を自分から辞任して欲しい。

ぜひぜひ、そうして欲しい。

 

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2024年7月13日はROCA’66のライヴ@梅田ハードレイン。

2024-07-07 18:02:34 | Weblog

今日は東京都知事選の投開票。

なるようになるだろうし、なるようにしかならないだろう。

民主主義がきちんと機能するように祈るだけだ。

組織票とかはもう、絶滅して欲しい。

 

今日の夜には結果が出ているはず。

 

さて、次の土曜日である

2024年7月13日は、大阪・梅田にある

小ぶりで素敵なライヴハウス、ハードレインに、

我々、ROCA’66が出演する。

 

タイトルは「やつらの足音」

出演は

正垣祐樹ソロ

アサオカ01,カワサキ&ブギー(AK&B)

THE  MONKEY  BUSINESS  EXTRA  LIGHT

そして我々、ROCA’66。

18:30オープン19:00スタート。

ADV2500円、DOOR 3000円(いずれもドリンク別)

予約については、各出演者と、

ハードレインHPからのYahooメールにて承ります。

という感じ。

我々の出番は最後なのだけれど、

この日の出演者はワタシ(道郎)が是非ぜひに、とお願いした面々であるので、

すごく楽しみ。

アタマから尻尾まで、ほろ酔い気分で楽しめるはず。

ショーさんに、アサオカくんに、モンビジさん!

7時までに来れたら来てね。

フォーキーで、ユルくて、それでいて完成度の高い夜になる。

もうすでに世界は灼熱の夏に突入してしまったみたいだ。

梅雨はどこへ行ったの???

でもいいや、兎に角・・・この夏を生き延びるために我々は

音楽を奏で、酒を飲もう。

我々はしかし、いつまで演れるのか?ってのが近年、シャレにならなくなってきた。

ハラハラする、

でもドキドキもする。

生きてられるだけで、手足が動いてくれるだけで贅沢だ、と思うホントに。

そのさらに上の最高の出来事はやはり、

音楽を作って、それを多くの人と共有して、

共感したり、または共感してもらえたり・・したら、本当に本当にそれが最高の贅沢だ。

ずうっとずっと、それを目指して来たし、

何も変わってなんかないのだ。

ただちょっと、歳喰っただけだ。

そして年を取ることはとてもとても興味深くて、面白いことだぜ。

失ったもの、こと の事ばかり考えず、

得たもの、こと、そして「出会いの貴重さ」を噛み締めようと思いマス。

 

写真はついこないだのスタジオ後の我々、ROCA’66。

ヴォーカル、ギター 片山道郎、

ギター 赤井英俊、

ドラムス トビー、

ベース、コーラス 伊藤克浩。

 

 

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我々にはしかも「羽根」すらない、というのに。

2024-07-03 20:38:09 | Weblog

ほんの小さな障害物につまづいて、すっ転んでばかり・・・・のような気になる時もあるし、

いやいや、

やること為すこと上手く行くじゃん俺?ってな気分の時もある。

 

最低か、最高か。

 

どっちなんだろう俺?とか思うのだが、

多分・・・・・・・・・・・両方が、本当なのだ。

 

結局のところ、すごくすごく両極端なのだ、人生というものは。

 

誰かが僕を粗雑に扱うし、

かと思えば 別の誰かは僕を丁重に扱ってくれる。

僕のことをあざ笑う人もいれば

逆に、いい意味で特別扱いしてくれる人もいる。

 

中間というものがないのだ。

 

・・・・いや、中間もあるのだが両極端が目立ち過ぎるので、

何か、そんな感じがするのだ。

ああそう、損な感じもする。

 

最高と最低の間を行ったり来たり。

これはきっと僕だけでなく、誰の人生も多かれ少なかれ、そうなのだろうと推察する。

 

それにしても極端だ。

 

しかし考えてみたら、どんなに素晴らしい人でも、

この世から消え去ってしまえばもう、それで終わりなのだ。

 

小さな羽虫だって、生まれて、死んでゆく。

でも、ひとつだけは羽虫が羨ましいのは・・彼らは「羽根」を持っているのだ。

もうひとつ、

彼ら(彼女)は、余計なことを考えず、ただ生きている(のだと思う)。

 

それにひきかえ我々の人生は余計な心配事が多すぎて、

朝から晩まで、時には寝てても夢の中で、何かの心配をしている。

 

ケータイの充電の心配

ご飯の心配

先行きの心配

乗り物(クルマやバイクなど)の調子の心配

先行きの心配

健康に関しての心配

自分自身の立ち位置についての心配

職場の人間関係についての心配

老いて行く親の心配

愛情に関しての心配

新紙幣発行についての心配

劣化してゆくこの国の将来についての心配

この世の終わりについての心配

エトセトラエトセトラ。

 

 

 

しかも我々には「羽根」も、ないのだ。

 

・・・うーむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
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