今日福岡高裁で差し戻し裁判の判決が出る。1997年に完成した干拓堤防を漁業者が「開門せよ」と要求して裁判に。一方干拓農地での農業者は「塩害がでる」と「開門反対」で裁判に。裁判所から「開けなさい」「開けてはいけない」の反する判断が出てる、実にややこしい案件だ。
実際はこんな簡単な話じゃなく、複雑に入り込んだ話なのだ。ここで「こっちが正しい」と言う気はない。僕が言いたいのは「責任者は国だ」、国は裁判所任せにせず、利害者の間に入って解決する道を取るべきということ。結局農業者、漁業者間で利害の調整をして、まっ「痛み分け」みたいなところで決着させるしかないはず。じゃないと、泥沼化しそうじゃないですか。
にも関わらず、国が全く出て来ないのが気になる。国は「自分が責任者」と考えているのだろうか? そう捉えているなら「どういう解決案」をもっているのか?
そもそも「時の内閣」はこれを解決しようという考えを持っていたのだろうか。お手上げで、「君子危うきに近寄らず」と決め込んできたのではないか。今の岸田さんにしても自分の代で解決しようとは考えてないのでは。「次の代でやってよ」なんじゃないのかな?
ここで視野を広くしますね。日本社会の中に「諫早問題」のように「国が解決しないといけない案件」がゴロゴロしてる。年々増え続けてるようにも思う。それが気になる。「北朝鮮拉致問題」「福島汚染水処理問題」「原発の廃炉処理問題」「北方領土問題」「モリカケ問題」「桜を観る会問題」「ふるさと納税」「五輪誘致、開催であった諸問題」「電力問題」「少子高齢化社会」上げればきりが無い。僕が認識してない問題だってたくさん積み上がってるはず。
こういう昔の厄介事を抱えてる社会って無駄を抱えてるわけで、健全な事ではない。将来の発展の足かせになってくるのは当然だ。外国相手の問題はちょっと横に置くとして、国内の問題であれば、速やかに解決し、清算していく努力を怠ってはいけない。
時の首相には「国民に対する責任感」をもっと持っていただいて、人任せにせず、自分の代で解決する気概をもって、動いていただきたいのです。「総理大臣」は「それになる」ことが目的の地位じゃない。懸案の問題を「解決する」のが仕事でしょう。
実際はこんな簡単な話じゃなく、複雑に入り込んだ話なのだ。ここで「こっちが正しい」と言う気はない。僕が言いたいのは「責任者は国だ」、国は裁判所任せにせず、利害者の間に入って解決する道を取るべきということ。結局農業者、漁業者間で利害の調整をして、まっ「痛み分け」みたいなところで決着させるしかないはず。じゃないと、泥沼化しそうじゃないですか。
にも関わらず、国が全く出て来ないのが気になる。国は「自分が責任者」と考えているのだろうか? そう捉えているなら「どういう解決案」をもっているのか?
そもそも「時の内閣」はこれを解決しようという考えを持っていたのだろうか。お手上げで、「君子危うきに近寄らず」と決め込んできたのではないか。今の岸田さんにしても自分の代で解決しようとは考えてないのでは。「次の代でやってよ」なんじゃないのかな?
ここで視野を広くしますね。日本社会の中に「諫早問題」のように「国が解決しないといけない案件」がゴロゴロしてる。年々増え続けてるようにも思う。それが気になる。「北朝鮮拉致問題」「福島汚染水処理問題」「原発の廃炉処理問題」「北方領土問題」「モリカケ問題」「桜を観る会問題」「ふるさと納税」「五輪誘致、開催であった諸問題」「電力問題」「少子高齢化社会」上げればきりが無い。僕が認識してない問題だってたくさん積み上がってるはず。
こういう昔の厄介事を抱えてる社会って無駄を抱えてるわけで、健全な事ではない。将来の発展の足かせになってくるのは当然だ。外国相手の問題はちょっと横に置くとして、国内の問題であれば、速やかに解決し、清算していく努力を怠ってはいけない。
時の首相には「国民に対する責任感」をもっと持っていただいて、人任せにせず、自分の代で解決する気概をもって、動いていただきたいのです。「総理大臣」は「それになる」ことが目的の地位じゃない。懸案の問題を「解決する」のが仕事でしょう。
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