1月下旬に大学時代の友人が急死した。3年ほど前に癌が見つかり、それ以後は弱り、変わって行く自分を見られたくなく、友人との付き合いも断ってきたやつだった。今日お線香をあげてきた。
学年は僕より1つ上、高校時代に町医者だった父親が亡くなる不幸にあい、それを乗り越えて進学してきて僕と同じクラスになった。歳上、苦労人ということで、兄貴のようなやつだった。4年間いつも一緒だった。神津島にも行った。北海道も回った。酒もよう呑んだ。ちょうど学生運動が華々しい時代、僕達もいろいろやったが、すぐカーッとなって燃え上る僕達と違い、内は熱く外にはいつも冷静な言動だった。教えられたな。
そんな冷静なヤツだったけど、自分の癌には弱かったようだ。精神的にまいってしまったと奥さまから聞いた。「そんな奴だったか?」だけど、人には見せないナイーブな面もあったのかな。
遺影は往時を想わせる元気な顔だった。 癌と戦ってほしかったな。断わられても会っておくべきだったかな。
学年は僕より1つ上、高校時代に町医者だった父親が亡くなる不幸にあい、それを乗り越えて進学してきて僕と同じクラスになった。歳上、苦労人ということで、兄貴のようなやつだった。4年間いつも一緒だった。神津島にも行った。北海道も回った。酒もよう呑んだ。ちょうど学生運動が華々しい時代、僕達もいろいろやったが、すぐカーッとなって燃え上る僕達と違い、内は熱く外にはいつも冷静な言動だった。教えられたな。
そんな冷静なヤツだったけど、自分の癌には弱かったようだ。精神的にまいってしまったと奥さまから聞いた。「そんな奴だったか?」だけど、人には見せないナイーブな面もあったのかな。
遺影は往時を想わせる元気な顔だった。 癌と戦ってほしかったな。断わられても会っておくべきだったかな。
となると、弱体化した自分をさらけ出す勇気はなく、またそれがその方の美学ならば尊重されるべきでしょう。
ただ、本当に誰にも会いたくないか、については疑問あります。日々、変化していたのではないか、つまり、日によって、気持ちが変わるような気がします。そこを取らえるのが難しいですが、・・・。会う以外の交信手段を通じて、弱体の度合い情報を知らせる、知るが煮詰まってくれば、面会OKも可能でしょうが、双方忙しくそれも無理とあらば、あるがままで、会わないのも良し、これで良かったと思うしかありません。
後は、生きざま、死にざまを忘れないでいて差し上げることでしょうか。命日または、弔問日に思い出して差し上げれば、「会っておけば良かったかな」の悔いはなくなるでしょう。
友を見送った後は、友の分まで、さらに前進しなければなりません。
本文に書いてないが、彼なんかと同じ仲間だったやつが去年の3月に通勤途上のホームで脳溢血、そのまま死亡してるんだ。そんなのがちょうど1何前にあった事も精神的にちょっときいてる。(去年の3月に日記書いてるはず)
先に逝った友人たちは、そのことで遺産を残してくれた。
「死にしものは死にしままに葬らしめよ」
先に逝った人は「遺産を残した」のですか。なるほどね。とするなら、さらに何かを望んではいかんですね。
「死にしままに葬る」 これが残った側のマナーなのかもしれませんね。