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甘利山と千頭星山

2005年11月13日 14時47分57秒 | 山紀行
11月10日天気のよさに誘われ、秋を満喫するために、表題の2山に登ってきました。韮崎の西にある山で、甘利山1,700m、千頭星山2,100mです。とは行っても、駐車場が甘利山のほぼ頂上1,600mですから、30分も歩くと頂上です。
朝7時、いつものY奥さんを迎えに行き、8時過ぎには駐車場です。広い駐車場には1台も車がいません。ロッジも開いてません。だれもいない2人だけの山状態です。当たり前ですね。寒くなった秋の木曜日ですからね。
甘利山は「レンゲツツジ」で有名な山で、6月中旬から7月中旬には真っ赤になるのだそうです。確かに冬枯れしたツツジの木はたくさんありました。美しさはさぞかしだろうと想像するだけで、通り過ぎました。
甘利山からはこれから行く千頭星山の頂が見え、そこまでの道程が左曲がりに見通せます。まっすぐ登っていって、左右に走る稜線にたどり着くと、左に90度曲がって、稜線を登りつめる道程です。僕は北アルプスの笠新道から見た笠ヶ岳を思い出しました。当然スケールは小さいですが。頂上の左には遠く聖岳が雪を付けて光ってました。3,000mを感じさせない低さに見えたのが不思議です。左に富士山、左後ろに奥秩父、甲斐の山並み、右後ろに八ヶ岳・浅間山、稜線に出ると正面に鳳凰三山を見ながらの登山。眺めのいい山です。2回休んで、10時過ぎには頂上につきました。のんびり2時間ほど秋を満喫して、おなかも満たして下山。2時前には駐車場に下りてきました。会ったのは40歳代の男性1人、登りで追い越され、頂上で追いつき、駐車場に下りてきた時はもうその人の車は在りませんでした。
下山途中、真北の方向に白州の町並みを確認。双眼鏡で我が家を探すのですが、小さ過ぎて見つけられませんでした。でも家から見えてる山をまたひとつ歩いたことになりました。
当然ですが、紅葉もきれいでしたよ。山の上もいいのですが、駐車場までの車道の両側が実によかったです。遠く上高地だの日光までいかなくても、それに匹敵する秋を満喫できるところです。お勧めです。あと1週間くらいしかもたないでしょうが。
写真は千頭星頂上からの富士山と甲府の町並みです。
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憲法改正考(6)

2005年11月13日 12時08分54秒 | 国を憂う
たぶんこのシリーズ最終項になると思います。
ここまで「現状での憲法改正は反対です。」と書いてきました。その理由は
1. 国民レベルでの気運があがっていない。
2. そんな中で自民党のエゴとして実施されようとしてる。
3. 今回の改訂内容が実施を急がれてる問題ではない。
4. 為政者に対する歯止め的精神が薄れると思われる。
等です。

最終項で僕がどうしても触れたいのは「天皇制」についてです。
反対とか賛成とかではなく、憲法改正を考えるなら、この点も一度議論しないといけないのではないかと考えるのです。
天皇家が存在することのいい点、悪い点、なくした場合のいい点、悪い点を整理しないといけないんじゃないでしょうか。
なんとなく「いままであったから、そのままあればいいだろう」では皇室に生まれた人達の心労をみるに、あまりにも無責任すぎないだろうか。タレントよろしく週刊誌のネタにまでされてですよ。
僕はどっちかというと「なくてもいいのではないか」という意見でいます。
存在しなければならない理由が見あたらないのです。憲法上謳われている職責は全て実質的ではなく、形として存在してるだけです。例えば「総理大臣を任命する」とありますが、現在そんなこと意識してる国民はいませんよね。自民党が圧勝すれば、「小泉を国民は支持した」と本人が言うくらいですから。
では、なくして困る点はとなると、これがないんです。外国から要人が来たときに国民を代表してご挨拶され、訪問を受けられる。せいぜいこんなことしか思いつかないのですが、それって必要なのでしょうか。なくても問題ない国ありますよね。米国がそうではないですか。
一昔前、「天皇のために」として求心力が必要だった時代がありました。そういう求心力を必要とする時代は決して来ないだろうし、来てもらっても困るわけです。この点では危険性をもってる制度であるともいえますね。

憲法改定がもっと身近なこととなって、我々に突きつけられた時、天皇制についても原点に帰って論議されることを期待します。女性による王位の継承を論議する前に。
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