僕は例えば年末なんかになっても、基本的には自分の周りの大掃除はしない。自分と関係ないところは大掃除のふりをして掃除するが、自分の部屋であるとか仕事関係の書類というようなやつは、そういう時にはあまりいじらないようにしている。理由は実にシンプルで、そういうイベント性のある時に何かやると、たいてい失敗するからだ。せっかくだから盛大に捨ててしまおうとか、もっと細分化して整理し直そうだとか、僕のことだから考えるに違いないのである。そうすると本当に盛大に捨ててしまってきれいさっぱりになって、後で慌てて何かを探す毎日になってしまったり、細分化して整理することに苦心すぎて何も捨てられなくなり、ごみの山がさらに増えてしまう上に片づけも当然終わらない、などということになってしまう。どちらもうんざりすることこの上ない。
しかしだからと言って、まったく掃除や整理をしないわけではない。定期的に書類は処分しなければ置くところが無くなるし、一定期間保存が望ましいものであっても、そういう期間を過ぎたら処分が適当だと感じられるものが増えて困る。うちは役場でもないし、今の仕事の範囲で不便なければ、たいていのものは処分可能かもしれない。その代表が撲自身だったら最悪だが、まあ、それは置いておいて、処分に励むわけだ。
書類と言ってもほとんどが案内を含めた関係書類や会議のものであり、パンフや資料や冊子のようなものが大量に積み上がっている。日程調整などはほぼメールでのやり取りになっているのに、やはり会議の折には書面をダウンロードするし、リアルだと資料ももらう。無造作に時系列で並べているけれど、これが段ボールにいくつもということになるし、ファイルしているものがあふれても来る。こういうのはうっかり中身を見てしまうと思い出がよみがえったりもするので、とりあえず長期間手を付けなかったという様子を見て、バサッと捨ててしまう。もちろん封筒の中には日当のようなお金が入っている場合も過去にはあったので、封筒のざっくりした内容物くらいは確認する。どんどんごみ袋に放り込んで、いくつが袋の山ができたら処理場へもっていってもらうゴミ置き場に捨てに行く。そうしてすっきりしたはずの部屋に戻ってくると、実はまだそんなにすっきりしていない。結構捨てたけどな、と思うけれど、そもそものカオスの世界がそう簡単に整理される訳が無いのである。本はあふれているし、現在の仕事関係のものも増殖している。今作業しているものもあるし、だいたい整理してなかったのだから適当に山になっているあたりを少しいじったくらいでは、山の高さが数十センチ下がったくらいのものなのかもしれない。せっかくスペースができたから山になってた本を移し替えたり、新しく書類を置けるように段ボールを置いたりしたではないか。動けるスペースがそんなに無くても、手が届きさえすればいいと、さっきまで思っていたじゃないか。結局はそういうことで、根本的な型付けというのは、僕の死後誰かにやってもらうより無いのであろう。