因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

早稲田大学エクステンションセンターオープンカレッジ「新劇の歴史と現在」/第三回木下順二『夕鶴』読解

2014-04-24 | 舞台番外編

 公式サイトはこちら1,2) 3回めの今日は早稲田大学演劇博物館招聘研究員である宮本啓子氏による木下順二『夕鶴』の読解が行われた。
 はじまる前に、宮本氏から「なぜこの講座をはじめたか」というお話があった。氏は桐朋学園芸術短大で演劇を専攻して俳優座に進み、そののち早稲田大学で研究者の道を選んだという経歴をお持ちの方である。
 日本の新劇というものを、もっと広く知らしめたい。新劇はこんなにも刺激的で現代的であることをたくさんの人に知ってほしい。そのためにはすでに新劇をよく知っている人同士で過去のことを確認するのではなく、新劇を知らない若い世代と語りあう機会にしたい。これが本講座を企画した願いとのことだ。
・・・筆者の記憶により、このような記述となることをお許し願いたい。まっすぐで心を打つお話であった。この講座に来てよかったと心から思う。
 「新劇」というジャンル、いや、ことばじたいが今の演劇状況のなかでどのような位置づけになるのか、有効でありうるのか。講座名は「新劇の歴史と現在」であるが、氏は「新劇の未来をぜひ考えたい」と言われた。
 ここ10年近く、いわゆる小劇場界を彷徨する自分であるが、新劇の舞台をみると、「しっかりしなさい」と杉村春子先生に叱られたように情けなくも嬉しかったり、「自分はこちら側の人間だったのでは」と自問自答することもしばしば、背筋を伸ばして演劇に向き合おうと勇気を与えられる。
 自分にとっても新劇はなくてはならない大切なものだ。心を柔らかく6月後半までの講座に通いたい。

 さて今日は木下順二の戯曲『夕鶴』の読解である。自分にとっての本作は、中学校の文化祭で上級生たちが上演した舞台が心に強く刻みつけられている。その後山本安英が主人公の「つう」を演じた本家本元、坂東玉三郎と渡辺徹が共演した舞台もみたのだが、正直なところ明確な印象がないのである。

 『夕鶴』といえば、民話の「鶴の恩返し」がベースになった民話劇だという思いこみがあったが、本作を考えるとき、先の大戦が深く影を落としていることを忘れてはならないことを今日の講座で改めて学ぶ。木下は、1943年に執筆した『鶴女房』を戦後の1948年に『夕鶴』として書きなおした。「というより、“鶴女房”という民話を単なる素材と考えて一篇の現代劇を書いたので、だから『夕鶴』にだけは、民話劇という呼び名を私は使わない」(『夕鶴・彦市ばなし』巻末の「もう一度、あとがき」/新潮文庫)と記す。

 どこをどうみても昔の日本の様相で、つう以外の登場人物は場所の特定はできないものの、明らかに地方の方言を使う。芝居のつくり、表面的なところをみて「これは民話劇だ」と規定するのではなく、作品の根本、劇作家が作品をして何を訴えようとしたかを考えなければ、作品を的確に理解し、舞台をより深く味わうことができないのである。

 敗戦で自信を喪失した日本人にとって、美しい日本語で記された『夕鶴』は、芸術文化まで全否定されたどん底に差し込んだ一筋の光明であったという。宇野重吉は、当時雑誌に掲載された『夕鶴』を一気に読み、一人の平凡な人間が芸術作品と出会ったと歓喜した。この喜びに溢れる瑞々しい感慨を、自分は想像することすらできない。

 あらためて戯曲の魅力、そして舞台の魅力とは何だろうかと考えた。講座の前、予習のつもりで久しぶりにページをめくった戯曲の『夕鶴』からは、これといった印象は受けず、観劇の記憶を確認する程度であった。つうという女性についても、与ひょうに対して世間と交わることを許さず、ひたすら自分たちだけの世界で楽しく暮らすことを要求するエゴが強く感じられる。
 おそらく『夕鶴』は、目で戯曲を読んだ印象と、舞台をみて五感で感じ取った印象が人によっては微妙に、ときには大きく異なるタイプの作品ではないだろうか。

 たとえば戦争ができる国になろうとする勢力が次第に強くなりつつあり、努力しただけのことがじゅうぶんに報われず、将来が不透明ないまのこの国において、『夕鶴』はわたしたちにとってどのような有効性をもつのだろうか。そして鶴の化身つうを演じられる現代の女優は?

 このつぎに『夕鶴』を出会えるのがいつになるのかはわからない。しかし舞台と再会したとき、単なる舞台の記憶やノスタルジーではなく、今そしてこれからも生きていく作品として捉えることができるのではないかと考える。

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