*山本タカ作・演出 須貝英執筆サポート 公式サイトはこちら 第34回下北沢演劇祭参加作品 下北沢 OFF OFF劇場 27日終了 山本タカ作品のblog記事(2013年まで→1,2,3,4,5,6,7,8,9)(2014年以降→1,2,3,4,5,6,7,8,9)
公演チラシや当日リーフレットにある通り、本作は2018年の仙台の演劇フェスティバルで初演され、東京でも上演した約40分の短編である(東京初演は「くちびるの展会」における短編3本立ての最後の作品)。2020年再演の予定がコロナ禍で中止となり、4年後の2024年2月、1時間40分の長編作品としてお目見得となったという経緯がある。初演のblog記事を改めて読み返すと、2年半ぶりのくちびるの会観劇でもあり、山本タカが劇作家として大きく変容しようとしていること、まさかの「ワニ」登場に、「ほんとうにこれを出すのか」と度肝を抜かれた記憶が鮮明に蘇った。
開演前に観客へ諸注意などのアナウンスがあるのはどこの公演でも変わりない。また劇中に大声や暴力的な台詞やショッキングな場面があるなど、あらかじめSNSで告知されることも増えており、ほんの数年前に比べると、配慮が行き届いているとは言え、随分窮屈になった印象は否めない。
さて今回の公演では主宰の山本タカ自らが諸注意のアナウンスを行った。内容は大きなブザーの音がすること、照明が激しく点滅することの2点なのだが、開演から何分後、この台詞のあとなど具体的な説明がされ、さらに「こんな感じです」と山本が台詞を発し、実演までされたのである。ブザーも照明も、あくまで自分にとってはであるが、この程度ならわざわざ断らなくてもよいのではと思われるものである。しかし観客への注意喚起と見せて、山本の軽快で達者な前説として成立しており、これから始まる舞台への興味が俄然掻き立てられた。
渡良瀬川を臨む物流倉庫で働く非正規雇用の男性たちの日々をリアルに描きながら、町の人々が次々とワニになっていくという怪奇的な展開がどこへ収まるのか楽しみつつも、最悪の結果にはなってほしくないと思うのは、どの人物も面倒くさかったり奇妙であったりはするが、どこかに共感を抱ける造形であるためだろう。初演の様子全てを正確に記憶してはいないが、人物それぞれの背景、互いの関係性の変化などがより深まり、見応えのある一編となった。
中西/小西役の倉島聡が体調を崩して降板、佐藤銀平が急遽出演するなどの困難はあったが、佐藤はくちびるの会の舞台に違和感なく溶け込み、達者だが嫌味の無い演技を見せて安定感がある。腰を患い、「LINE」を頭にアクセントを置いて発語するなど、中年のもたもた感が全身からにじみ出る大貫役の薄平広樹、今回新しい人物として登場し、自称ミュージシャンを恋人に持つ宅配便ドライバー相川役の北澤小枝子、二人に振り回されながら、自分が次第に「ワニ」化していく恐怖と闘う小須田役の菅宮我玖はじめ、俳優陣は大量の台詞や微妙な間やタイミングや呼吸など、入念な稽古を伺わせる好演だ。
駒のひとつとして使い捨てられる非正規労働者、彼らを支配しているようで、さらに上からの支配に縛られる中間管理職、両者のあいだを要領よく立ち回る者も、それぞれ家庭に問題を抱えている。それが「ワニ」になることでしがらみから解き放たれ、嫌い合っていた同士が仲良くなったりなどのシュールで大胆な設定や展開に客席は大いに沸く。しかし現実の労働の現場ははるかに厳しく、人はワニになることもできない。折しも先週来人身事故による電車遅延が多発したことを思い出し、暗澹たる心持になるのである。
長編となった『猛獣のくちづけ』のキーワードは「友だち」ではないだろうか。年を重ねるごとに、特に職場で友だちと言える関係性を持てることは少なくなる。仕事の要件だけを手短に伝え合うだけでは「友だち」とは言えない。大貫は宅配便ドライバーの相川さんに「友だちになってください」と唐突に懇願する。めちゃくちゃな言動である。しかしそれが後半、ワニになった相川の彼氏探し、小須田の救いへと繋がってゆく。ささやかだが、決して悪くない終幕である。
出会ったときの山本タカは、古今東西の小説や戯曲を読み込み、読み解き、換骨奪胎し、自分と仲間たちの文法で新しい物語を構築する劇作家で、粗削りと老練が同居する作風が魅力的であったが、いつのまにか自分のことばで新しい劇世界を展開する劇作家になっていた。すでに粗削りの時期は終わっているが、ここから先をどのように進んでいくのかは予想がつかず、「ワニと人間の街」になってしまったあの場所で、大貫たちがどうなっているのかも知りたい。友だちが増えていなくてもいいから、もっとお互いに話ができるようになっていてほしいのだが。
この日のアフタートークゲストは
山本タカの恩師である明治大学文学部井上優教授。
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