因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団文化座公演167『紙ノ旗』

2024-10-21 | 舞台
*内藤裕子作・演出 公式サイトはこちら 26日まで 北区田端/文化座アトリエ 
 内藤裕子、さとうゆいの演劇ユニット「green flowers」(以下グリフラ)で2015年11月初演の作品(その時のblog記事)が文化座のアトリエで蘇った(2019年の東京芸術座の上演(劇団公式サイト)は未見)。硬質な題材をテンポ良く軽快に描く内藤戯曲に、文化座の俳優陣がどう取り組むのか。東京新聞WEBに記事あり(内藤裕子関連のblog記事→『かっぽれ!』シリーズ4作含むgreen flowers公演の記録、劇団内外作・演出および演出 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14)。

 グリフラの初演から、もう10年近く経過しているとは。自分の観劇ファイルには、初演のチラシや当日リーフレットの他に、「議会を育休で休む」、「『男性議会』変える道筋は」のほか、「国会議員の育休取得は勘違い」(読者の投書)などの新聞記事の切り抜きも出てきた。当時問題視されていた事項は、いまだに解決されていない。グリフラ公演の紹介記事に、本作のタイトルの由来が記されており、「資料がデジタル化されず数十枚もの紙で配られ、固有のルールを『錦の御旗』のように掲げる議員らの時代錯誤な姿への驚きを込めた」とのこと。

 初演はおそらくグリフラ出演俳優へ当て書きされたものと想像する。それを違う座組が上演する場合、演技へのアプローチには難しい面があるだろう。またグリフラの舞台に自然に醸し出されていた「軽み」が、新劇の老舗劇団の場合どうなるか。

 観劇前の懸念のさまざまは、舞台と満席の客席の熱気に溶けゆき、全て杞憂であった。内藤裕子作品のなかでも情報量が飛び切り多いだけでなく、その内容は耳なじみのない政治用語、お役所言葉などなどだが、舞台ではそれらが怒号とともに飛び交い、客席は笑いに包まれる1時間50分であった。

 ある地方議会が物語の舞台である。育児との両立に悩みながらも奮闘する新人議員の石川陽子(深沢樹)、彼女の指導的立場の議員で気鋭の相田透(井田雄大)、落選後はタクシー運転手をしながら議員に返り咲いた苦労人の鈴木和則(津田二朗)。これに対するのが、大御所的な斉藤康彦(鳴海宏明)、議長の岡野義明(青木和宣)、亡くなった夫の地盤を引き継いだ宮崎いく子(瀧澤まどか)のベテラン勢と、次は県議に推薦される勢いの矢島博信(藤原章寛)。ここに議会事務局長の駒井茂(沖永正志)、職員の星野伸一(早苗翔太郎)、神谷あかね(若林築未)の事務方三人集、さらに記者の萩原智子(神﨑七重)が加わる賑やかな座組だ。

 若手、中堅、ベテラン適材適所の配役である。劇団文化座には重厚で長大な舞台のイメージが強いのだが、噛み合わない議論を延々と続けたり、大物政治家が時代劇の悪代官、事務局長は越後屋的のごとく影のやりとりを交わしたり、議員に振り回される事務局の右往左往、多数決の逆転劇のあっけなさや虚しさ、そこからの微かな希望等々、確かな台詞術でテンポよく見せる。俳優方それぞれ、こんな表情を見せるのかと嬉しくなる場面多々あって、劇団の新しい魅力を知ることができた。

 衆院選の投票日が日曜に迫った。その喧騒のなかで本作が上演される意義は小さくないだろう。力が強いこと、数が多いことがすなわち優勢な政治の世界にあってこそ、数字に置き換えられず、金で買えない誠実、地道、勇気、根気、そして愛情が何より大切であることを『紙ノ旗』の人々は身をもって教えてくれたのだから。
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