因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

デス電所『夕景殺伐メロウ』

2006-12-04 | 舞台
*芝居流通センター デス電所第15回公演 竹内佑作・演出 下北沢 駅前劇場 5日まで 公式サイトはこちら
 隔離された場所で「先生」からの指示により、太陽の接近を観察したり、アニメキャラクターが「萌」か「萎」かを議論したり、ボーイズラブについて考察している『粒子』のメンバーがいる。そのひとりハナ(山村涼子)は、リーダーと呼ばれる男性に恋をしている。ハナの妹カナ(奥田ワレタ クロムモリブデン)は舞台中央の額縁の中に座っていて、どうやら既に死んでいるらしい。

 激しい音楽に乗って開幕(舞台音楽の作曲をした和田俊輔による生演奏付)、歌には出演メンバーの紹介も盛り込まれており、これは劇団のテーマ音楽なのかもしれない。狭いステージで元気いっぱい歌って踊る俳優たちからは大変な熱気が発せられていて、「おお、下北沢で小劇場をみている!」という空気が場内を濃密にする。だが、残念ながら舞台に集中することができず、不完全燃焼の印象が残った。

 人物ひとりひとりのキャラクターはおもしろい。学力コンプレックスのメンバー(お顔が異常にきれい・・・)が「オフィシャル」という言葉に困惑するやりとりや、新感線ばりの効果音付き殺陣の場面もよかったと思う。ほかにも小ネタ的におもしろいところはたくさんあった。だが物語の骨格というか、この舞台で何を伝えようとしたのかが自分には掴めなかった。終幕はハナがメンバー全員を殺し、自分も命を断つ(でしたか?実は自信がない)。額縁の中にいる妹は姉の魂の救済を祈り、肉体の滅んだ姉と妹が手をつないで額縁の中に並んで座る。肩に寄りかかった姉の頭を優しく撫でる妹の姿は優しく切ない。この場面と、そこに至るまでのいろいろを演劇的に繋げることができないのである。歌やダンスや殺陣があるのは全然構わないが、仮にそれらがすべてない状態でこの舞台をみたとき、何を感じ取ることができるだろうか。装飾を取り去って、ありのままの裸形は何だろう?それは戯曲であったり、作者の思い、俳優の魅力である場合もあるだろう。それを見たい、感じ取りたいのである。

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