馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

2016年度の結腸捻転

2023-03-17 | 急性腹症

たしか・・2018年度の全国公営競馬獣医師協会の事例業績集に書いた文章なのだが、自分でも書いたのを忘れていた。

自分の備忘録として、そして公獣協事例業績集を読むことがない方のためにここに転載しておく。

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2016年度の三石家畜診療センターでの結腸捻転・変位症例について

家畜高度医療センター

 大結腸の捻転や変位は馬の疝痛の重大な原因であり、死因のかなりを占めている。外科的治療を必要とする疝痛の17%を占めるとも報告されている(Fischer and Meagher 1986)。
最初に用語を整理しておくなら、volvulus とは「腸間膜の長軸についての腸管の一部の回転」とされており(McIlwraith and Turner 1987)、torsion とは腸管の長軸についての捻じれを言う(Allen and Tyler 1990)。この点でわれわれが遭遇する多くは大結腸のtorsion (捻転)と表現されるべきものである。絞扼があるかどうかで病名や病態を区分している報告もあるが、それは捻じれ方や変位の仕方だけでなく、膨満の程度にもよるので、多くは「大結腸捻転 large colon torsion」とまとめて扱われるべきものと考える。
 一方、結腸の変位にはさまざまな方向や程度のものがある。よく知られているのは結腸左背側変位であり、左側結腸が背側へ変位する。ついには脾臓と腎臓の間に陥入することから、腎脾陥入 renosplenic entrapmentとも呼ばれる。
 また、大結腸右背側変位も変位の一つのパターンとして定義されているが、その程度により大結腸の位置は大きく異なり、とくに骨盤曲は頭側へ変位していたり(White 1990, in Equine Acute Abdomen )、尾側にある症例もあることが図示されている(Hackett 2002, in Manual of Equine Gastroenterology)。
今回は、長軸についての明瞭な捻転 torsionがなく、大結腸が正常な位置にないことで通過障害を起こしている病態を「結腸変位」としてまとめた。

 日本には馬が約8万頭飼養されている。サラブレッド生産地日高地方の2016年のサラブレッド生産頭数は4,909頭であった。それを産んだ繁殖雌馬、前年に生まれた1歳馬、調教・育成を受けている2歳馬、競馬場からの休養馬、種雄馬、その他の馬(乗馬、重種馬、乳母馬、ポニーなど)も飼養されているので、約2万頭が日高地方には飼養されている。すなわち日本の馬の約1/4がわれわれの地域に居て、それが三石家畜診療センターへ疝痛で来院する母集団であると考えている。
 三石家畜診療センターでの腸管手術件数は年による変動はあるものの全般には増加を続け、この10年は80~100頭前後となっている。致命的な疝痛馬が牧場での内科治療だけで放置されることはほとんどなくなっており、とくに痛みが激しい結腸捻転では多くの馬が二次診療施設へ搬入され診断と開腹手術を受けている。
 それらの状況を踏まえて、年間の症例の整理がついている最新の2016年(平成28年)4月から2017年3月までの大結腸の捻転と変位症例について内容をまとめ、考察したい。

調査
 2016年度の診療記録から「結腸捻転」「結腸変位」にあたる症例を抽出した。

結果
 2016年度の大結腸捻転・変位症例は、のべ44頭であった。短期間に2回開腹を受けていた症例が1頭いた。4月が9頭、5月が4頭、6月が7頭、7月が2頭、8月が1頭、9月が4頭、10月が1頭、11月が1頭、12月が4頭、1月が1頭、2月が8頭、3月が2頭であった。
 年齢は、0~20歳で、平均8.4歳(標準偏差5.4、中央値8歳)であった。雄雌は、0~3歳の12頭のうち雄が9頭であった。6歳以上はすべてが繁殖雌馬であった。
 44頭すべてで開腹手術を行った。結腸捻転が33頭、翌日再開腹した例が1頭、結腸左背側変位が7頭、その他の結腸変位が3頭であった。
 手術は手術台上で仰臥位とし、臍の頭側を約40cm切開。膨満した大結腸をガス抜きしたのち、尾側へ引出し、結腸骨盤曲を切開して内容を排泄させる。結腸基部までできるだけ空にしたのち、捻転や変位の整復を確実にし、正常な位置へ戻した。


 手術中に安楽殺した症例が4頭で、これらは大結腸の虚血性損傷が重度であったためで、うち2頭は操作中に大結腸が破裂した。1頭は大結腸の虚血性損傷がひどく、温存しては回復が望めないため大結腸亜全摘を行った。手術後、大腿骨骨折が判明し、起立不能のまま覚醒室で安楽殺した症例が1頭いた。この馬は、術前も重度の跛行をしており、手術台に載せてからX線撮影したが大腿骨骨折は確認できなかった。おそらく、亀裂骨折していたのが覚醒中に粉砕骨折へと悪化したのであろう。1頭は術後経過中に小腸捻転を起こし予後不良となった。退院し、手術から12日後に死亡した例が1頭、翌年再発し、結腸破裂で死亡した例が1頭あった。25頭では再発防止のために大結腸固定術を行った。従来、開腹手術創をめくりあげ、術創の頭よりの腹膜に大結腸頭側紐を40cmにわたって連続縫合する方法で結腸固定を行ってきたが、特に妊娠末期に疝痛を繰り返す症例が散発していた。本来の位置より尾側に固定された大結腸が、妊娠末期の子宮に圧迫されて通過障害を起こすためだと考えている。そのため、近年は大結腸胸骨曲を本来の胸骨柄近くに固定するために、胸骨近くの4-6か所を切皮し、縫合糸を体外から腹腔へ通し、大結腸頭側紐を2回ひろった後、腹腔内から体外へ糸を出して結紮する、これをほとんどの症例では4か所行って結腸固定している。結腸を固定する部分の腹膜は、メスで切開するか、長い鉗子で破るなどして裂いて結腸の癒合を確実にしている。
 43頭中36頭が生存したので、全体での救命率は83.7%であった。手術中の安楽殺を除けば、最後まで手術を終えた症例39頭のうち1ヵ月以上生存したのは36頭であったので、術後の生存率は92.3%であった。
 手術は獣医師Hが21頭、Sが11頭、Iが10頭、Gが2頭執刀していた。疝痛発見から来院までの時間は、平均5.8時間(標準偏差6.1時間、中央値6時間)、術前のPCV値は平均46.4%(標準偏差8.6%、範囲27-60%)、術前の乳酸値は平均3.5mmol/l(標準偏差2.5mmol/l)(4頭は測定限界0.8mmol/l未満)、手術翌日の白血球数は6675/μl(標準偏差3140/μl)であった。

考察
 N.A.Whiteは大結腸捻転の危険因子について、高齢馬であることと、分娩前後の時期を上げている(White 1990, in Equine Acute Abdomen )。J.Hardyは大結腸捻転の発生について、繁殖雌馬に濃厚飼料を与える地域で増加すること、そして危険因子について最近の分娩、最近の飼料変更、急成長する青草を食べること、を挙げている(Hardy 2008,
in Equine Acute Abdomen )。われわれの診療センターはサラブレッド生産地にあり、まさしく大結腸捻転の発生要因をすべて抱えていると言える。以前は6~8月の青草採食量が増える季節の結腸捻転が多かった(Higuchi 2006 )。しかし近年、6~8月の結腸捻転発生は減少した。著者は昼夜放牧の普及が夏季の結腸捻転発生を減らしたと考えている。放牧地での青草摂取量が増えることと反するようにも思われるが、昼夜放牧では長時間運動すること、長時間にわたって安定して採食すること、そして意外に昼夜放牧では放牧地が傷むため青草摂取量は増えていないのかもしれない。2016年度も結腸捻転の発生は4月が最も多かった。症例馬の年齢は平均8.4歳、中央値8歳であった。1歳馬にも結腸捻転を認め、特に高齢馬に多い傾向は認めなかった。


 結腸左背側変位の危険因子についてN.A.Whiteは、すべての年齢、雄雌に等しく発生するとしている(White 1990, in Equine Acute Abdomen )。発生機序については、結腸内にガスが貯留することで左側結腸が背側へ変位し、脾臓にひっかかることが唱えられて来た(Hardy 2008, in Equine Acute Abdomen )。しかし、著者は、一度に大量の濃厚飼料を採食することで胃が重くなり、左側結腸を押しのけて腹底へ沈み込む。脾臓は胃に固定されているので、左側結腸は胃と脾臓の背側に乗る。というのがわれわれが診る結腸左背側変位の発生機序であると考えている。今回の7頭の結腸左背側変位のうち、4頭は1歳秋から2歳の調教を受けていた馬で、1頭は3歳の休養中の現役競走馬であった。また、うち2頭は同じ育成牧場で飼養されていた馬で、濃厚飼料の多給、特に一度にまとめて採食することが明確な危険因子であると思われる。過去に、結腸左背側変位が多発した牧場で、一度に2kg以上の濃厚飼料を与えないこと、粗飼料を与えてから濃厚飼料を与えること、などの飼料給与の改善を行い、結腸左背側変位が激減した事例を経験している。


 結腸捻転で、結腸の虚血性損傷が重度になると救命は極めて困難となる。最大の消化管が壊死することで全身状態が急激に悪化することと、結腸亜全摘を行っても切除可能なのは70%にすぎず、切除できない部分が残るためである。それゆえに早期の開腹手術が望まれる。今回調査した44症例では、25頭は疝痛発見から3時間以内に来院していた。往診している獣医師を呼びやすく、365日24時間運営されている二次診療施設まで60km圏内に多くの牧場がある日高でさえ3時間以内に疝痛馬を到着させようとすると、初診で判断して二次診療施設へ依頼しないと難しい。今回調査した疝痛馬でも、当初は疝痛や一般状態はひどくなく、輸送途中や経過中に悪化したとされる症例も多かった。軽度の疝痛でも結腸の捻転や変位を類症鑑別に入れて、手遅れにすることがないように初診を行う獣医師には診断力が必要とされる。発症から最も時間が経っていたのは結腸左背側変位の1例で、疝痛を示してから6日目に来院した。開腹手術したが結腸は壊死しており、術中安楽殺となった。


 術前のPCV値は平均46%で、50%以上を示している例も多く、結腸捻転・変位の病態の重篤さを示している。一方で、PCV値が30代の馬も散見され、血液検査所見だけで本症を否定することはできない。さらに手術後は、白血球数が減少する。4000/μl以下と明瞭な白血球減少を示す症例も少なくなく、広範に粘膜が虚血性損傷を受けると、脱水のみならずショックやSIRS(全身性炎症反応症候群)と呼ばれる病態に陥っていることを示している。エンドトキシンが血中に証明できることも少なくなく(樋口;未発表データ)、大結腸の虚血性損傷が重度の症例では結腸切除に踏み切ることや、輸液をはじめとする術後治療の重要性があらためて示された。


 大結腸切除、大結腸固定術については、より長期にわたる調査で症例数を増やして現在分析中である。
 かつては、大結腸捻転の致死率は72.3%、大結腸変位の手術による致死率は19.4%とされていた(White 1986 in AAEP proceedings)。しかし、馬の開腹手術が普及することで救命率は上昇し、馬の密度が高いKentuckyでは90%とする報告もある(Embertson)。今回の調査でわれわれの2016年度の結腸捻転・変位の救命率は、全症例を含めて84%。手術を終えることができた症例では92%であった。この30年を思うと感慨深いものがある。今後は馬の密度が低い地域でも、馬医療の恩恵が馬と関係者に届くようになっていくことが課題であろうと思う。
 

 

平成29年(2017)年3月、日高地区農業共済組合は、北海道の南地域で広域合併し、みなみ北海道農業共済組合となった。この合併に伴って、三石家畜診療センターは家畜高度医療センターと名称変更された。引き続き、あるいはこれまで以上にサラブレッド生産地の馬病院としての役割を果たしていきたい。

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最後の一文は余計なようだが、私には思うところもあるのだ。

2016年は三石家畜診療センターとしての最後の年でもあったから。

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馬の疝痛colic は悲惨な病気だ。

健康だった馬が突然、死に瀕してしまう。

有効な対処を迅速にしないと、馬は苦悶の中で死んでしまう。

馬主、飼い主、子馬は、突然たいせつな馬を失くしてしまう。

生産地では外科的介入が必要な馬の疝痛の半数は結腸の捻転・変位だ。

私が獣医師になったころ、成馬の腸管手術はほとんど行われていなかった。

開腹手術しても結腸がすでに壊死していることがほとんどで予後が悪かったからだ。

疝痛馬が早く来院するようになり、結腸の内容を抜いて整復して助けられるようになってきたのが、この30年だった。

私がやってきた仕事、診療のかなりの部分だったと言ってもいいかもしれない。

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2021年度、家畜高度医療センターへ来院した結腸捻転・変位の馬は84頭だった。

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この3月もかなりのペースで結腸捻転が来院している。

おとつい、分娩5日目の繁殖。

きのう、分娩1ヶ月前の繁殖。

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ヒヨドリ

大きい分スズメより強いらしい

 

 

 

 



2 コメント

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Unknown (はとぽっけ)
2023-03-17 06:40:28
 歩かせる。浣腸する。ひまし油飲ませる。からすごい進歩。
 競走馬の治療の進歩は馬全体の治療や牛の治療の進歩につながっていることもうれしい。
 エンドトキシンや臓器の機能低下への介入も進んでいるように思います。

 ヒヨドリが来るとほかの鳥はいなくなりますね。
 春彼岸のころ、フクジュソウやスノードロップに雪はめずらしくはないけど、ちょっと油断しがちかな?
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>はとぽっけさん (hig)
2023-03-18 04:42:19
開腹手術という選択肢ができたのですから、手遅れにならないように早く診断して連れてきてもらいたいものです。
術後の輸液のHow toも救命率向上の要因でした。今は年間数トン輸液しているでしょう。

ヒ~ヨヒヨと鳴くようですが、結構乱暴者のようですね。きのうわずかに名残雪が舞いました。
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