真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「濡れた唇 しなやかに熱く」(昭和55/製作:幻児プロダクション/配給:ミリオンフィルム/監督:中村幻児/脚本:水越啓二/撮影:久我剛/出演:小川恵・楠正道・立川ぽるの・国分二郎・笹木ルミ・武藤樹一郎・豪田路世留・竜谷誠・市村譲、ほか)。衝撃的なのが何時まで経つても入つて来ない、タイトルはもう最後に入れるのかなあ、と大人しく見進めてゐたところ。結局タイトル・インはおろか、クレジットさへスッ飛ばす配信動画の豪快仕様。破壊ないし、破戒スペックともいふ。頭を抱へがてら軽く調べてみると、どうやら円盤も配信と尺は変らない模様、さうなるとフィジカルでも入つてゐない予感、それとも悪寒。とまれそのため、スタッフ僅かに久我剛まではjmdbに頼り、俳優部に関してはまづ主役の二人を頭に置いた上で、以降は判別出来ただけ、仕方ないので登場順に並べてみた。
 「俺と一緒にゐて、幸せか?」、「あたしが邪魔ぢやない?」。「邪魔になつたら何時でも」、「俺が嫌になつたら何時でも」。安アパートの狭い寝床、小川恵と楠正道が煮詰まり倒した会話を拗らせる。一転晴れやかに、「ギネスに挑戦!キッスマラソン大会」、司会者の立川ぽるのが朗らかに大登場。既に唇を離した一組が見守る中、OLの小森レイコ(小川)と脚本家志望の平野ミチヲ(楠)以下、五組のカップルが微動だにせず長時間キスを続ける。こゝで立川ぽるのといふのは、御存知二代目快楽亭ブラックの正式な改名にカウントされてゐない、順番的には六番目の立川カメレオンと、7th・レーガンの隙間に入る変名。あくまで、仮に今回が最初の使用であつた場合。ついでといつては何だが、この御仁の当サイトが確認し得る最初の量産型裸映画出演は、稲生実(=深町章)昭和53年第七作「痴漢各駅停車 おつさん何するんや」(脚本:福永二郎/主演:久保新二・野上正義)の、一ヶ月前に公開された山本晋也同年第五作、買取系ロマポの「ポルノ チャンチャカチャン」(主演:原悦子)、この時は4thの桂サンQ。恐らく最後は、快楽亭ブラック名義で2000年辺りの多呂プロ作。
 微に入り細を穿つも決して神など宿しはしない、閑話休題。「三月の初め頃だつたかなあ、あいつと初めて会つたのは」、ミチヲがレイコとの来し方を振り返る。半年足らず前、シナリオ公募の締切間近で郵便局に急ぐミチヲと、レイコが曲り角の出合頭で衝突。弾みでミチヲの手から飛び、バケツの水に浸かつた原稿用紙を茶店で一緒に書き直したのが、二人の出会ひだつた。この辺り中村幻児の、アクロバットなミーツに傾けた謎の熱量を感じる。
 配役残り、堅気のホワイトカラー役が清々しく似合はない国分二郎は、レイコの上司、兼ギリ社内恋愛相手のニシオ。尤も結婚の決まつたニシオが、手切れ金代りにネックレスを渡さうとする類の関係ではある。笹木ルミはミチヲが助監督として参加―居眠りしてゐて馘になる―する、ピンク映画撮影現場の女優部、ミチヲとは男と女の仲。おでんの屋台でミチヲと約二年ぶりに再会する武藤樹一郎が、当時同人誌を出してゐた仲間の谷村。そして竜谷誠が谷村の脚本が採用されるドラマ番組「木曜劇場」のプロデューサーで、竜谷誠に抱かれる豪田路世留は、谷村の恋人でミチヲもその存在を知るミユキ。即ち、その手のありがちな浪花節。最後に市村譲も市村譲でレイコが身を任せる、東洋テレビのP。但し、ホテルの表に谷村が迎へに来るミユキとは異なり、レイコは正真正銘の独断で動く。再びこゝで、市村譲の来歴を大どころか超雑把に振り返ると。昭和40年代前半に俳優部でキャリアをスタートさせた市村譲は、今作封切りの二日後に「女高生 いたづら」で監督デビュー。早速五本発表しつつ、この年は俳優部も並行する。翌年から演出部に専念、1995年まで百を優に超える本数粗製濫造してのけた、といつた次第。話を戻すとキスマラのその他参加者五組十名を始め、レイコの勤務先と、ピンクの現場。劇中ミチヲとレイコの二人がチョイチョイ使ふ飲食店に、総勢で三十人前後の結構な頭数投入される。その中でも比較的大きな役は、高田宝重みたいな風貌でオカマ造形の監督と、恰幅がよく座つてゐると大きく見えるけれど、立つてみれば案外背の低い同人仲間もう一人。
 『PG』誌が主催してゐたピンク大賞(1989~2019/1994年までは『NEW ZOOM-UP』誌)の前身、ズームアップ映画祭(昭和55~昭和63)の第二回で、ズームアップ映画賞といへばいゝのか映画祭作品賞が正解なのか。正確な用語が判らないが、要はピンク映画ベストテンの一位なりピンク大賞に相当する栄誉に輝いた、中村幻児昭和55年第二作。個人部門に於いても中村幻児が監督賞、豪田路世留と国分二郎は助演女優賞男優賞を貰つてゐる。
 往時大いに評価された、にしては。放送されたドラマを見てみれば、平野が実際に書いた脚本から大幅に手が加へられてゐた。それを―転がり込んだレイコの部屋で見た―ミチヲがまんまと称賛する間の抜けた粗忽も兎も角、正体不明の絶望に陥つた平野とミユキが、脊髄で踵を返す速さでガス自殺する無体な最期を知つてなほ。レイコがみすみすミユキ―と平野―の轍を踏む、一本調子か手数を欠いたドラマツルギーが兎に角顕著なアキレス腱。最後の区切りか記念感覚でキスマラに参加したレイコとミチヲが、世界新記録を達成したのち、「さよなら」、「うん、さよなら」。思ひのほかアッサリと別れの挨拶を交す、抑制されたラストはスマートな輝きを確かに放つともいへ、決定的な印象は必ずしも受けなかつた。女の裸的にも、不用意な距離から頑なに寄らうとしない―傾向の目立つ―濡れ場には、カッコつけるなよといふ底の浅いレイジを禁じ難い。
 全体的な物語の完成度はさて措き、当サイトの惰弱な琴線を激弾きしたのは、尺のちやうど折返し間際。レイコが帰宅すると、初春のコンクールに結局落ちたミチヲが、ドラスティックに狭隘な廊下で座り込んでゐた。「俺もうダメだよ」的に、どうしやうもなく燻る面倒臭くしかないミチヲに対し、レイコは「あたし何にもしてあげられないけど」、「慰めてあげようか」。ゐないよ!そんな優しい女、現実で起こり得ないよ!そんな都合のいゝシークエンス。それがどうした、半世紀も生きてゐれば、ピンクスでもそのくらゐの実も蓋もない経験則には否応なく達する。世界は素晴らしくなんてないし、人生は美しくなどない。なればこそ、映画が必要なんだらう。せめて薄汚れた小屋のションベン臭い暗がりの中にくらゐ、やさぐれた魂を穏やかに浸す、さゝやかな慰撫を求めて何が悪い。狂ほしく火を噴く、壮絶に麗しいフィクションの大嘘が一撃必殺、千古不磨のエモーション。たとへどれだけそれが、怠惰で情けないものであつたとて。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 痴漢バス い... 喪服妻 湿恥... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。