真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「貝あはせ こすれ合ふ股ぐら」(2005『ハードレズビアン クイック&ディープ』の2008年旧作改題版/製作・配給:新東宝映画/監督:佐藤吏/脚本:高橋祐太/企画:福俵満/撮影:前井一作/編集:酒井正次/音楽:大場一魅/録音:シネキャビン/助監督:氏家とわ/監督助手:下垣外純・相馬真澄/車輌:広瀬寛巳・池内絵美/監督助手:松岡達也/スチール:AKIRA・GEN/現像:東映ラボ・テック/出演:夏目今日子・ナンシー・速水今日子・饗場圭一・小林まり子・原ひとみ・本多菊次朗・真実一路・田中康文・三浦麻貴・能登川弥生・稲内麻理・真戒三代・根木かおり・モンマタカシ・櫛引伸二郎・端道輝・清水加苗・田口智子・戸田宣和・瀧川英次・森下創る・劇団イキウメ・田中貴大・久保裕章・根本一豊・吉井淳・Johnny・長谷川卓也)。出演者中、田中康文以降は本篇クレジットのみ。深く拘泥する点ではないともいへるが、それにしても新題が酷い。佐藤吏の映画と、全く親和してゐない。
 通勤電車の車中、大河原満男(本多)に痴漢される須藤レイコ(夏目)は眉を歪める。吊革を握る二人の、向かひの座席に座る相沢たまき(ナンシー)はそれを見知りつつ、ひとまづは助けようともせずにニヤニヤ笑ひを浮かべレイコを見詰める。食品卸「高橋食品」に勤めるレイコは、縛つた後ろ髪を何とかせえよといはざるを得ない、同僚の向井明彦(饗場)と婚約してゐた。今作中、実は一番ポップな美人ゆゑ脱がないのが重ね重ね残念な小林まり子は、レイコ隣席の後輩・桐島彩。その夜のレイコ宅、夕食を支度するレイコの傍らビールを飲みながらバラエティ番組を見呆ける向井は、女装した芸人に笑ふ。洗濯物を畳むのもそこそこに、強引な向井の求めに応じ展開される濡れ場にて、さりげなくも明確に、伏線は落とされる。ここの段取りが、たとへば翌年の「姉妹 淫乱な密戯」(監督:榎本敏郎/主演:麻田真夕)に於いては欠けてゐた点。後日、再び大河原に痴漢されるレイコを、たまきは矢張り座席から見届ける。その日は駅の外まで二人を追つて来たたまきは、大河原に対しレイコに謝罪しろと詰め寄る。開き直つた大河原を、たまきは金的で悶絶させる。華奢な小娘の、上段のフェイントから片膝ついた体勢の下段突きでは、体も大きな本多菊次朗を圧倒するほどの有効打は、特段与へ得ないやうにも見えるのだが。出勤前といふので名刺を渡しその場は後にしたレイコを、たまきは会社まで迎へに行く。たまきに捕まつたレイコは、小早川真理(速水)がママのバーに連れて行かれる。そこは、女同士が公然と恋を交すことが許される場所であつた。交互に酔ひ潰れつつ、レイコはたまきを自室に連れ帰る。眠りこけるたまきに、レイコはフと唇を寄せようとして思ひ留まる。ただそれは、たまきの撒いた餌だつた。たまきはクロスカウンターでレイコの唇を奪ひ、二人は体を重ねる。本当に感じたレイコは事後、自らがレズビアンである旨を告白する。たまきと同棲を始め、輝き始めたレイコを、彩は向井との関係が順調なものかと勘違ひする。
 一言でいふならば、佐藤吏の愚直な「ノット・ゴナ・ゲット・アス」。ずつと秘かに求め続けてゐた関係を手に入れた真性の主人公が、依然周囲の目は気にしながらも、幸福になつて行く過程は充実し、中盤に於いて前倒されるクライマックスには、色褪せることない決定力が漲る。正直向井は疎かにし始めたレイコは、休日たまきと二人海岸にピクニックへと向かふ。帰宅したところ、部屋の電気が点いてゐる。レイコはたまきが消し忘れたものかと思つたが、部屋には娘に無断で、法事で出て来てゐた両親が、向井の合鍵で上がり込むと鍋を用意し待つてゐた。原ひとみと真実一路は、教育委員を務める母・とし江と、市会議員の父・慎一郎。たまきの存在に意外な顔をする三人に対し、レイコはとりあへずルームメイトと言ひ包める。レイコとたまきが上着も着たまゝ酒盃を取り席に着くのは、些か不自然だ。不意を突かれた二人は兎も角としても、少なくとも親といふ生き物は、平常そこには黙つてゐまい。炬燵の下では、たまきがレイコの秘裂に手を伸ばすスリリングな酒席の続く中、終にたまきはレイコの唇を三人の面前で奪ふと、部屋を飛び出して行く。レイコも、その場から逃げるやうにたまきを追ふ。
 レイコはたまきを捕まへる。レイコは、やつと手に入れた幸せを大事にしたかつた。そのために日蔭の身に甘んじようと、レイコには別に構はなかつた。ただたまきは、レイコの先を行つてゐた。レイコも勿論さうであるにせよ、たまきは更に積極的に、そもそも自らの性癖に不当な罪悪感など感じてはゐなかつた。罪でも悪でもないものを、隠す必要などない筈だ。それを隠さねばならないといふのなら、それは呑み込み難い不寛容であり、圧迫である。同性愛を認めない社会に対する対決姿勢、乃至は変革の意図すら裡に孕むたまきは、これまでも幾度か触れかけはしたレイコとの温度差に直面する。レイコの人生を壊してしまふと、たまきはレイコの前から姿を消す。ノーガードで真正面からふたつの立場が撃ち合ふ文字通りの相克は、強い緊張度を保ち胸打たれる。今にも泣き出しさうな表情で、レズビアンの正当性を訴へるたまきの姿には、ただ然しレイコは未だ辿り着き得ない強さが溢れる。たまき役のナンシーがどういふ人なのかは全く判らないが、畢生の名演技といへるのではなからうか。対して、一旦たまき退場後の以降の展開は、真理の視点を除いては、青臭いいはゆる自分探しが振り回されるばかりで弱くもある。ハチャメチャな、社内でレイコがカミングアウトする件は底が抜け、優しさと不甲斐なさとを履き違へた向井の無様な様には、惰弱さしか漂はない。肯定的に捉へるとだからこそ、対比として最後の夜のたまきとレイコの激突が一層際立つ、ともいへるのだが。良きにつけ悪しきにつけ、あるいはナンシーの放つ剛球と夏目今日子の放る棒球と、天晴な直球勝負ぶりが清々しい一作である。

 出演者中、田中康文以降二十人ばかり見られる本当に大勢は、主に高橋食品社内と、真理の店のその他客要員。と、二人がそれぞれの道を歩き始めたオーラスに登場する、たまきの新しいパートナー。正直、誰一人その人と識別叶はなかつた。因みに二度の電車痴漢シーンは、何れも実車輌内にて撮影。


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