真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「欲情牝 乱れしぶき」(2002/制作:セメントマッチ/配給:オーピー映画/監督:池島ゆたか/脚本:五代暁子/撮影:清水正二/編集:酒井正次/音楽:大場一魅/助監督:佐藤吏/監督助手:田中康文・笹木賢光/撮影助手:岡部雄二・星山裕紀/録音:シネキャビン/スチール:津田一郎/現像:東映化学/協力:小川隆史/出演:若宮弥咲・倉沢七海⦅新人⦆・渋谷千夏⦅新人⦆・佐藤広義・なかみつせいじ・浅井康博・樹かず・色華昇子・蓮花・神戸顕一・河村栞・水原香菜恵⦅声の出演⦆・池島ゆたか)。出演者中、二三番手の新人特記と、蓮花に水原香菜恵は本篇クレジットのみ。公開当時に書かれたm@stervision大哥のテクストを繙いてゐて、蓮花ちやんが、橋本杏子の娘さんであるとの記述にはこの期に及んで改めて驚いた。生まれたての、この御子こそ真の新人である。
 ブーケのついたお帽子を頭に載せた、赤いコートの女が電車に揺られる。まるで石井隆にでも気触れてみせたかのやうな、傾けた書体のタイトル・イン。“赤いコートの女”だけだと、すはソリッドな美人かと誤解を招くのかも知れないけれど、実際あるいは直截には、地雷ないし火薬の匂ひのする装飾過多な女である。重ねて恐ろしいのは、どうせその素頓狂な扮装が、主演女優の私物にさうゐない点。
 実家の弘前で家業の造り酒屋を両親と守りつつ、高校で国語教師をしてゐる筈の朝倉栄子(若宮)が突然上京。娘のナナコ(蓮花)も生まれたばかりの妹・鈴木真弓(倉沢)宅に、手紙の一通で寄越した“ちよつと疲れた”だなどと、情報不足か情緒不安定な方便で藪から棒に転がり込む。実は不仲の姉妹が会ふのは六年ぶりといふのはまあ兎も角、真弓がナナコの誕生も朝倉家に報せてゐなかつたとかいふ、音信不通も通り越しプチ絶縁に近い無造作な不自然さが実に五代暁子。真弓の夫で男性成人誌編集者の秀敏(佐藤)は、見てくれに違はずエクストリームに傍若無人な姻族二親等に憤慨し、要はも何も居候の分際で、昔と変らず剥き出しの優越感を振り下ろす姉に、妹も妹で密かに厭忌を再起動させる。仕事を尋ねられた秀敏が、初対面の栄子に脊髄で折り返す気軽さでエロ本を手渡す、ぞんざいかへべれけなシークエンスも実に池島ゆたか。
 配役残り、鈴木家での鍋パーティーに三人まとめて投入される樹かずと渋谷千夏になかみつせいじは、秀敏と仕事上の付き合ひもあるAV監督・高階と、色んなところにピアスを開けたAV女優のアリスに、元々秀敏とは出版社で同期であつた、現在区役所戸籍係の光永洋、愛称ミッチ。色華昇子は真弓が酒乱の秀敏と喧嘩する毎に、ナナコを連れ度々避難する夫婦共通の友人・ヒロミ。真弓とは女同士の仲、一応。高階がアリスとのハメ撮りを、スズキスタジオ(仮称)で撮影する現場。笹木賢光の面相は知らないが、佐藤吏ではなく田中康文でもないため、助監督は小川隆史かも、今何処。栄子の無防備なマウンティングに齟齬を感じた真弓が郷里の近況を訊く、電話越しの同級生・津島サツキの声は水原香菜恵。こゝは順番を前後して浅井康博は、栄子が関係を持つてゐた男々の一人にして、当時高校三年生の教へ子・佐久間克之、限りなく自殺に近い事故死を遂げる。栄子が佐久間君との逢瀬―ないし淫行―を想起する、ゴジラのフィギュアはおろか、そもそもゴジラや(店主:木澤雅博)自体一欠片たりとて導入の用を成してゐない、店主か店番が神戸顕一。例によつて店内には、鷹魚剛が流れてゐたりする。凄え、全部意味がない。一切の合理性も蓋然性もかなぐり捨て、偶さかな固執なり趣味性を邪気もなく放り込んで来る。池島ゆたかは裸映画のプロフェッショナルに徹してゐる―恐らく当人もさういふ自負―風に見せ、商業映画の他愛ない愛玩が不条理か前衛の領域に、グルッと一周しかねない。そして、もしくはそんな池島ゆたかと、河村栞は真弓が呼んだ、栄子を治療施設に連れて行く人。
 故福岡オークラ(2006年閉館)で観てゐて全然おかしくはない筈なのだが、全く記憶に残つてはゐなかつた池島ゆたか2002年第四作。よしんば粗筋ごとあらかた忘れてゐたとしても、純然たる初見でない限り、何処かしらワン・カットくらゐ覚えてゐるものなのに。
 田舎を捨てた真弓が真弓もAV女優であつた、藪の蛇を突く過去は木に竹を接ぎつつ、一方光永は白状する如く秀敏からミッチミッチ連呼される。触れずに済ますのが寧ろ無理も否み難い、「欲望といふ名の電車」(1951/米/監督:エリア・カザン)の、結構アグレッシブな翻案に関して当サイトは論ずる資質を持ち合はせないゆゑ、潔くか臆面もなく通り過ぎる。かんらかんら、開き直つてみせろ。
 裸映画的には二番手が夫婦生活で良質の煽情性を撃ち抜き、アダルトビデオ撮影中を愚直に具現化した結果、濡れ場自体は薄汚れたキネコであれ、三番手の始終への吸収も卒なくこなしてゐる。何故か一旦チョロ負かされる光永―と未だ物心のついてゐないナナちやん―以外、劇中全ての人間と観客・視聴者の癪に障るしか能のない造形ではあるものの、ビリング頭も背中は凄く綺麗。光永から求婚を受けた旨勝ち誇る栄子が、ついでに一番風呂を強奪した浴室でブチかます箍のトッ外れた自慰に、真弓が猜疑を半ば確信に変へる件も、女の裸と劇映画の進行を円滑に両立させた何気に秀逸な一幕。
 尤も総じては、既にそこかしこで触れてゐる通り池島ゆたかと五代暁子の各々が、各々であるところの所以で舗装された一言で片付けると甚だ粗雑な映画ながら、守つてゐた実家か囚はれてゐた郷里を事実上放逐された姉は、何時の間にか完全にブッ壊れてゐた。さういふいはば姉の悲劇を、幼少期から劣等感を拗らせてゐた妹が何気に言祝ぐ残酷は、揚々と帰途に踵を返す、愛娘を抱いた妻の背中を秀敏が半ば呆然と見送る、ラスト・カットの苦味にも加速され形になつてゐる。若宮弥咲の、明らかに板の上寄りと思しき資質が漸く且つ轟然と火を噴く、クライマックスをホラーに垂直落下させる「守つて下さいね」の一大連撃が、相撲でいふところの決まり手的なハイライト。恐らく、ビビアン・リーと若宮弥咲を下手に重ね合はせさへしなければ、案外満更でもないのではなからうか。


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