真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「若妻と熟女妻 絶頂のあへぎ声」(2011/製作:OKプロモーション/提供:オーピー映画/監督:小川欽也/脚本:水谷一二三/撮影:吉田剛毅/照明:大川涼風/音楽:OK企画/編集:有馬潜/助監督:加藤義一/撮影助手:古橋長良/照明助手:竹洞哲也/監督助手:江尻大/録音:シネキャビン/スチール:津田一郎/効果:東京スクリーンサービス/現像:東映ラボ・テック/出演:夏川亜咲・倖田李梨・佐倉萌・竹本泰志・津田篤・姿良三・井尻鯉)。黄門様と助さん角さんよろしく、加藤義一と竹洞哲也を左右に従へたかのやうな小川欽也、凄い布陣だ。
 サラリーマンのアフター5、先輩後輩の志田敦夫(竹本)と戸森慎二(津田)が、連れ立つて帰途に着く。志田の妻は十一歳年下で、対する戸森は姉さん女房を貰つてゐた。銘々帰宅、戸森の妻・なつみ(倖田)はその日が排卵日だとかで、早くも子作り機運全開で夫を待ち受ける。一方、志田の妻・つかさ(夏川)は、受け取つた夫の上着から出て来た、本当に接待で使つた熟女パブの名刺に脊髄反射で完全に臍を曲げる。志田が気を取り直さうとした夜の営みの求めを、「ダメ!」とつかさが子供のやうに拒絶したタイミングでタイトル・イン。
 タイトル明け、倖田李梨と津田篤のシッポリした絡みで序盤を整へながら、つかさの機嫌は何時までも直らない。さういふ状況下、まさかの形で飛び込んで来る姿良三(=水谷一二三=小川欽也)は、共働きで看護婦といふ設定のつかさが、介護する身寄りのない老人・小林。お預けを喰らはされ続ける志田の薮蛇なイマジンの中で、挿入までには至らぬ形ではあれつかさと絡む。木に竹を接ぐ素振りさへ最早窺へぬ清々しい役得ぶりに関しては、この際天衣無縫とすら称へるべきではあるまいか。生半可な映画作家としての意識が邪魔すれば、凡そ撮り得ないシークエンスといへよう。小川欽也―や小林悟や新田栄なり関根和美・・・・以下略―の毒が、いよいよ小生の元々貧しい脳髄にまで達して来たやうであるが、この期に及んでさういふ細かいことは気にしない。
 そんな折、伊豆でペンションを営む志田の叔父から、志田の両親も交へた四人で遊びに来ないかといふ誘ひの電話が入る。電話越しの声の主は不明、とかいふ以前に、小川欽也の天真爛漫、より直截にいへば無頓着は短い電話の遣り取りにあつても妥協知らず、頼むから覚えて呉れ。叔父氏が志田の父親のことを、“親爺さん”と呼称するのはどう考へてもおかしいだらう、アンタにとつては兄貴だ。話を戻して、話は進むが土壇場で志田父が体調を崩したため、志田は伊豆に戸森夫婦を誘ふ。戸森も即答で快諾、志田にしてみればつかさとの仲直りがてら、二組の夫婦は志田の車で一泊二日の伊豆旅行へと向かふ。後述する中間は一旦端折りつつ、伊豆でペンションといへば勿論、四人が到着したのは水上荘と並ぶピンクスの聖地こと、御馴染み花宴。結果論としては終に姿を見せぬ、叔父氏に代り一行を歓迎する井尻鯛は、ペンションなのに番頭。当然、番頭と来れば法被着用。小川欽也は、ペンションを旅館の英訳か同義と認識してゐるにさうゐない、何処までフリーダムなのだ。ところで幾分肥えたのか、元来の丸顔が丸々と更に丸くなつた井尻鯛(=江尻大)には、戯れの直感でピンク映画界のマシ・オカの称号を冠したい。通された部屋で一息つき、切らしたラーク・マイルド・メンソールを買ひに出ようとした志田は、階段で擦れ違つた佐倉萌に気をとられる。
 ネタバレだ何だと心を砕く要も特にない以降は、頑なに登場せぬまゝ叔父氏が番頭経由でつかさに寄こした、支那起源を謳ふ俗流セックス指南書『女悦交悦』―しかも御丁寧にも正・続二冊―に素直に発奮した、つかさとなつみ発で各々の夫婦生活が展開される合間に、一人で一風呂浴びようかと洒落込んだ志田は浴場にて、それぞれ別の相手と結婚したのちこちらは現在バツイチで子持ち―息子か娘か知らんが、何処に置いて来たんだ?まだ小さからうに―の元カノ・生田真奈美(佐倉)と、それは驚くに決まつてゐる衝撃の再会を果たす。風呂ゆゑ互ひに既に全裸につき、論を俟たず一戦交へた上で、翌日今度は戸森の運転で四人は東京に戻る。即ち、伊豆に来て、伊豆から帰る、だけの映画。挙句に、東京を出て花宴に辿り着くまでの一頻りには、あちらこちらで望遠鏡を覗き、名物に舌鼓を打ち、足湯に浸かり、皆で記念撮影を撮る。一応撮影は十全であるものの、夏川亜咲と倖田李梨と竹本泰志と津田篤の単なる伊豆観光ショットが、妙な、といふか通常の劇映画にしては明らかに異常なボリュームで、結構な尺を費やし連ねられる。皆さんが素面で楽しげな様子を眺めてゐるのは、これが然程退屈でもないのは意外である。実は堅実な、編集の成果でもあるのか。兎も角といふか兎に角といふか、凶悪な監禁陵辱犯が、終盤の山場―なるものは要は存在しないのだが―まで溜めもせず開口一番動機を割つてしまふ、腰砕けエロティック・サスペンスの問題作「拉致ストーカー 監禁SEX漬け」(2003/主演:三上翔子)の、更に先だか後だかあるいは明後日に突き詰めた、ピンク映画・娯楽映画・商業映画・etc.etc.・・・・既存のありとあらゆる映画ジャンルを超越するかもしくはそれらから逸脱する、正にワン・アンド・オンリーの伊豆映画とでもしか評しやうのない、そして何はともあれその完成形ともいふべき一作。まんじりともせずに始終を観通せたのが、寧ろ不思議なくらゐ。良くも悪くも小川欽也にしか為し得ない仕事であらうことは、ひとまづ断言出来る。その是非なんぞ、この期に及んでは取るに足らない瑣末、とでもいふことにしてしまへ、日本も印度だ。

 尤も、花宴を発ち際の夫と真奈美との間に流れる如何にも訳アリな風情に、矢張り熟女が好きなのかとつかさが車中で暴れだし、戸森が運転するワン・ボックスがポップに蛇行する愉快なラスト・シーンは、開巻を綺麗に回収した、全く磐石の着地感を誇る。花宴に四人が足を踏み入れる件に際しても、子供のやうにチョコマカする夏川亜咲を、竹本泰志がフードを無造作に掴み回れ左で方向転換させるカットが狂ほしいまでに可愛らしい。これが演出であつたならば、小川欽也は紛ふことなき天才であるのではないか。無我の境地に到達した感のある老熟に、正方向に感服する。前代未聞の甚だしい勘違ひであつたとて、別に構ひはしない。


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