真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「背徳同窓会 熟女数珠つなぎ」(2001『三十路同窓会 ハメをはずせ!』の2010年旧作改題版/製作:シネマアーク/提供:Xces Film/監督:中村和愛/企画:稲山悌二/制作:奥田幸一/撮影:小山田勝治/編集:酒井正次/写真:佐藤初太郎/録音:シネキャビン/現像:東映化学/監督助手:根本強史・ピューロ飯田/撮影助手:長谷川卓也・新家子美穂・赤池登志貴/協力:《有》ファントムラインジャパン・深井洋志・マザーグース・《資》ブリッジビルダー/出演:逢崎みゆ・星野瑠海・樹かず・平賀勘一・真央はじめ・千葉尚之・深井順子・佐々木基子)。脚本も中村和愛自身による筈なのだが、何故か本篇クレジットは監督のみ。即ち、今作からは脚本家のクレジットが抜け落ちてゐる。
 三十にして二度の離婚暦を誇れないエッセイストの西原理恵(逢崎)は、現在の年下の彼氏・川口憲史(真央)との情事を恐縮しながらも愉しみつつ、親友の純子(星野)が夫婦で営む店で開かれた同窓会に、純子が何時の間にか理恵の最初の元夫・本宮伸行(樹)と結婚してゐた青天の霹靂や、同じく親友の入江紀香(佐々木)は若いツバメに入れ揚げてゐるらしきことはとりあへずさて措き、理恵・純子・紀香の、何時もの三人の面子しか集まらなかつた点に関して、「これぢや単なる飲み会ぢやない!」と呆れ果てる。流れるやうにここまで、エクセス主演女優にしては奇跡的ともいへるレベルで素晴らしい逢崎みゆのコメディエンヌとして絶品な台詞の間と、三女優を向かうに回し、元妻との再会に接客も放棄し不機嫌さを露にする二枚目バーテンダーを綺麗に快演する樹かず。そしてそれら全てが中村和愛の柔軟にして入念な演出に束ねられ、開巻からワクワクさせられるほどに面白い。千葉尚之は、事実上殆どヒモに近い紀香のツバメ・福本浩史。平賀勘一は、二年前に別れた理恵の前夫・水島鋭二。名前が載るのは本篇クレジットのみの深井順子は、手書きに固執しなほかつ筆の遅い理恵に、苛立ちを隠さうともしない担当編集・牧村。牧村は“時代の要請”と称するPCの導入を頑なに拒む理恵が、川口からの携帯電話の着信には「あ、“時代の要請”が呼んでる」と仕事の手を止め出てみたりするカットも、実にスマート。
 理恵は川口の子供を宿し、後に明かされる無体な理由により、純子がよろめいた出張ホストが選りにも選つて浩史であつた劇中世間の狭さから、三人の三十路女の日々は大きく動き始める。純子は浩史と家を出、妻の不在に頭を抱へる本宮の店に、真相は露知らぬまゝ矢張り浩史を失つた喪失感に打ちひしがれる紀香と、騒動を耳にした理恵も駆けつける。そこにぼんやりと純子が戻つて来たところから発生する、リアルタイム当時m@stervision大哥が絶賛された、女三人による夜の路上にて繰り広げられる大修羅場の長回しも確かに凄いが、敢てさういふ大掛かりなガジェットではなく、より今作のハイライトとして推したいのは、中村和愛らしい細やかな心情描写。妊娠を報告した上、「ここは流れでしとかないと」、「暫く出来なくなるんだし」と超絶に軽やかな導入で突入した濡れ場明け。ポップに喜んで呉れる川口の姿に幸福な満足感に包まれかけはするものの、どうやら専業主婦として仕事を止め一切家庭に入るのを当然の前提と望んでゐるらしき男の姿に、空気を看て取つた理恵が静かに、然し確実に顔色を変へるショットには映画的な緊張感が、さりげなくも狙ひ澄まされて漲る。ヒロイン達相手に限らず、中村和愛の慎ましやかな必殺は随所で火を噴く。元妻からの―間違ひなく自分の種ではない―妊娠の報せに、あはよくば復縁を考へぬでもなかつた水島は、おとなしく引き下がらざるを得なく落胆する。台詞によつて提示される情報量は最小限に止めた上で、演出の力を頼りになほ一層の強度を以て登場人物の心象を表現する。素晴らしく映画で、且つ中村和愛だ。劇中殆ど唯一の頓珍漢は、純子と浩史の逢瀬。自身が蒔いた種に困惑も禁じ得ない純子に対し、浩史は人の行動には全て理由があるだとか何だとか聞いた風な口を叩きながら、いざ純子が当の理由を口にしようとした途端、自分は金で買はれた男なので、理由なんて必要ないとほざいてのける。何だそりや、ほんなら初めから理由だの何だの小理屈振り回すなよ小僧。もうひとつの転じられなくもない禍(わざはひ)は、三人の中では、といつた限定を設けずとも普通に演技力に大穴の開く星野瑠海が、体は一番綺麗―首から上は、篠原さゆりに憧れるニューハーフといつた風情だが―といふ逆説的なジャスティス。とまれ、高々一時間の裸映画を決して忽せに済ますことなく、丹念に丹念に積み上げた一つ一つのシークエンスを成就させた果ての着地点は、実は登場人物が一人も幸せになつてはゐないまゝに、それでも精一杯爽やかに、前だけは向いた気持ちで物語を畳んでみせる。実のところは、とかくまゝならぬ人生といふ奴からさういふ形であるべきものであるやも知れず、さう思へば、束の間の尺を越えてより染み入る一作である。

 今作は現時点に於いての、中村和愛暫定最終作となる。何時もの“Welcome to the Waai Nakamura world.”ではなく全て大文字で“WELCOME TO THE NAKAMURA WAAI WORLD.”と幕を開け、最後も“Thank you for your having seen this Film.”ではなく、“THANK YOU FOR YOUR HAVING SEEN THIS FILM.”と幕を閉ぢる。理恵・純子・紀香は純子を要に棹兄弟ならぬ蛤姉妹といつた状態に陥るとはいへ、新題からあるいは連想されるやうな、乱交で物理的に連結されるといつたエクストリームは別に用意されない。


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