レーヌスのさざめき

レーヌスとはライン河のラテン名。ドイツ文化とローマ史の好きな筆者が、マンガや歴史や読書などシュミ語りします。

『詩人とその仲間』

2007-03-21 05:46:53 | ドイツ
 吉田国臣訳、沖積舎、3800円

 ドイツロマン派の詩人ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフは長編小説を2本残している。1815年発表の『予感と現在』と、1834年の『詩人とその仲間』。前者は『フリードリヒの遍歴』という題で集英社の文学全集に収められていた。後者はこれが初の邦訳である。
 『予感と現在』は、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』(主人公の成長を描く「教養小説」と呼ばれるジャンルの代表作)をロマンチックにしたような作品、という評価もある。そして、『詩人とその仲間』でもそれは言える。そもそも、ゲーテのこの作品で「マイスター」は主人公の姓であるが、「親方」「名人」の意味を持つ。ドイツの誇る職人制度の頭となる地位である。徒弟が、親方の下で修行を積み、そしてほうぼうをさすらってさらに修行を重ねる。『修行時代』の続編が『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』なのも、それとひっかけたシャレなのだ。そしてアイヒェンドルフの『詩人とその仲間』の原題は Dichter und ihre Gesellen 、「ゲゼレ」は、徒弟と親方の間
の存在であり、これもまた上記の作品との縁を匂わせている。同じ名前の登場人物もいるし。

 タイトルの通り、主要人物は詩人たちである。男爵フォルトゥナートは旅の途上(この作家のキャラたちはしじゅう旅をしている)、かつての学友のもとを訪問し、その近くに尊敬する詩人ヴィクトール伯爵の城があるときいて、一緒に訪ねていく。主は留守だが、管理人夫妻に迎えられる。彼らの甥のオットーが大学から帰省するので、華やかな出迎えがある(作者自身の体験だな)。オットーは法律の勉強そっちのけで詩の世界に耽溺していることを咎められて激昂するが、彼らの言い分の正しさがわかってもいる。この城を後にしたフォルトゥナートは、旅の芝居の一座と近づきになり、そこで風変わりな座付き作者ロターリオと出会う。
 このあとも、フォルトゥナートはローマで恋をして誤解からまた出ていって、紆余曲折の末に結ばれるとか、オットーは挫折を繰り返してついには故郷を見下ろしながら淋しく永遠の眠りにつくとか、ヴィクトール伯爵とロターリオと隠者ヴィターリスが同一人物だとか、キャラたちの転変は実に激しい。誤解や変装といった芝居のお約束はたびたび出てきて、少々ごちゃついた点はある。リリカルな中にも風刺の要素は混じっている。
 出番がすぐに終わるのに印象が強いのは、スペインの伯爵令嬢ユアンナ(スペインふうには「ファナ」)である。没落した貴族の家に生まれたユアンナは、この世を支配する男たちをうらやみ、その男たちを支配しようと願う。ゲリラを率いてフランス軍と闘う彼女は炎の中に姿を消しーーフォルトゥナートやロターリオの前に現れたのだった。
 アイヒェンドルフ作品には、女性キャラに、ヴェヌス型、ディアナ型、マリア型という3つの系列がはっきりとあり、猛々しいユアンナはディアナ型。たいていは黒髪巻き毛の美女で、しばしば騎馬姿で現れる。男たちを惑わすが、冷ややかに拒絶して破滅に追いやる。物語の上では必ずしも肯定的な役どころとは言えないが、たぶん読者にとっては、マリアタイプよりも魅力的ではなかろうか。
 このユアンナは 早々に退場するけどその鮮烈な面影はなお物語のそこここに反映し続ける。
 華やかで激しい美女に可憐な娘は、この詩人の毎度お馴染みパターンであるし、男性陣にもそれは言える。中心人物の一人であるフォルトゥナートは、どちらかといえば狂言回しに近い役どころである。晴れやかで落ち着いたこの詩人は、名が態を表しており、幸せになることはあらかじめわかっている。代表作(?)『のらくら者』の名無しの主人公に近い要素があるが、あのキャラを繊細でインテリにした感じである。最も行動的でヒロイックなロターリオ、本名ヴィクトールは、傲慢なまでの名誉心ゆえに危うさはあるが、最終的には葛藤を乗り切り、己に打ち勝つ。勝利」は名前でも約束されている。このタイプもまた繰り返し登場している。そして、彼らと違ってついには淋しい最期を迎えるオットー。もろく情緒不安定で、ポエジーへののめりこみで身を滅ぼす。こういう破滅型もまた、アイヒェンドルフ作品に重要な存在なのだ。
 そして、さすらい、故郷への想い、リアリティに欠けるが情感あふれる自然の背景、まさにアイヒェンドルフ調満載。これらリリカルな道具だてと、己の作品を含んだ同時代の文学への批評要素。クールな目も伴いながら、ドイツ・ロマン派への挽歌が奏でられている。
コメント (2)
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