レーヌスのさざめき

レーヌスとはライン河のラテン名。ドイツ文化とローマ史の好きな筆者が、マンガや歴史や読書などシュミ語りします。

諏訪御前と淀殿

2007-03-05 15:01:09 | 歴史
 いまの大河ドラマ『風林火山』は、武田信玄の軍師山本勘助を主人公としている。原作は井上靖であるが、いまのところ全然原作とは無関係な展開。そもそも原作はそう長いものではなく、勘助が策略を用いて武田に仕えるあたりから始まるし、史実でもそれ以前のことは不明だということなので、目下のドラマの内容は相当に脚本オリジナルだ。
 さて、この話の「ヒロイン」は。ドラマでは、勘助が村の百姓娘と懇ろになって、それが晴信の父信虎に理不尽に手討ちにされたのでその復讐のため武田の敵にまわろうと動いていたが、それはいわば前座で、「ヒロイン」真打は諏訪御前だと言っていいだろう、少なくとも原作準拠ならば。
 武田とひとまず和議を結んだが、晴信にやはり討ち取られた諏訪頼重の娘。名前はわかっていないので作家によってまちまちだ。新田次郎は「湖衣」、井上は「由布」。美貌であったことは史実認定してよいのだろう。晴信がこの娘を側室にして、生まれたのが勝頼。井上『風林火山』は、人間嫌いの策士・勘助が、この美しい姫に献身する物語である。井上作品にしばしば見られる「美女信仰」の表れの一つと言える。
 この諏訪御前がヒロインとして描かれるのは新田次郎などほかにもあるだろう。
 ところで、敵の側室となり、息子を産み、その息子が跡継ぎとなりその代で家が滅ぶーーといえば、秀吉の側室、秀頼の母、淀殿(お茶々)とも重なる。淀殿は、劇的なヒロインとなる一方で、ヒステリックな悪女として描かれることも少なくない。
 幸か不幸か、諏訪は若死にした。もしも、信玄の死後も生きていて、跡を継いだ勝頼のそばで権力を持っていたりしたら、彼女もまた悪役にされていたかもしれない。夭折したから薄幸のヒロインで終われた。彼女自身はどちらがよかったかはもちろん後世の人間が知るよしもないが。
 私は別に、諏訪に悪意があるわけではないのだ。ただ、似たような境遇であっても、ちょっとしたことで、あるいは視点の違いで善玉悪玉は変わってくる(※)ということを言いたい。

※ 旧約聖書の、ユディトとデリラもそうだ。色香を武器に敵を陥れたということは同じなのに、ユダヤ人視点からは英雄と悪女にされてしまう。

 なお、いまの大河では、晴信の正室三条夫人は、いまのところ全然悪くない。正室をやたらと悪役にするのでないならば、側室をロマンチックに美化しても物語としては構わないのだが。やはり、ふつーの縁組よりも、敵対関係なんてあるほうがドラマチックだということは理解できるし。
コメント (4)
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