レーヌスのさざめき

レーヌスとはライン河のラテン名。ドイツ文化とローマ史の好きな筆者が、マンガや歴史や読書などシュミ語りします。

小説『アントニウス』と凶行

2006-05-22 14:16:52 | Allan Massieのローマ史小説
  さて『Antony』。語り手はアントニウス本人と、そして語りを記録しているギリシア人秘書のクリティアスの二重構造です。もう最期も近いころからの回想(これは『カエサル』と同じ)で、その追憶はカエサル暗殺後に始まるので、その点『アウグストゥス』の前半と重なっってます。しかし、同じ事柄を語っているのにスレがある度合いはこの2冊(AuとAnt)がいちばん大きい。なんといってもオクタのキャラがすごい。可憐なまでの容姿と、臆病さと、粛清の冷酷さと、それでいて「少年のような魅力」で接してくる、媚態とすらいえる態度(ひえ~~)。クリティアスは、「本当に主を魅惑していたのは、クレオパトラではなくオクタヴィアヌスだった」と言い切ってます。そんなだから、「アウローラのように美しい」オクタヴィアが弟によく似ていることは「当惑」かつ「魅惑」と受けとめられるのです。登場する女たちの中で最も美しくて誠実なのは明らかにオクタヴィアです。 その妻を捨ててクレオパトラに(パルティア遠征の援助を求めるためと言ってますが)再びはしってしまい、決定的にオクタ(それまでにもなにかと悶着はあったけど)と決裂して言い訳するアントはまるで、浮気を重ねて離婚届け残して出て行った妻となんとかよりをもどそうと悪あがきする男のよう・・・

  さて、以前ここで『アウグストゥス』報告をしたとき、「一番驚いたこと」はここでは書けないと伏せていましたが、暴露します。『カエサル』で言及した「イスパニアでの凶行」とはーーアントニウスにオクタが襲われてます。最初に出てくるのはAuでのこと、BC23に大病で死にかかったことは史実ですが、うなされてる時にかつての悪夢が蘇るという文脈で。彼の天幕に酔ったアントニウスが乱入してきて、抵抗むなしく奪われたという事件がたいへんトラウマと化しております。いったいどういうつもりなんだアントニウスめ、と当然気になってきます。
次のTでは当然このことは出てきません。
Cでは、議論の席でオクタに負けて、カエサルもそれに同調したことでアントが腹を立てたことがきっかけのような感じでした。この犯行のあとでオクタは泣いてデキのことろに来るのですが、デキはそのまえにアントから、オクタがカエサルの愛人だと吹きこまれていていて疑惑と嫉妬にかられていたので冷たくあたります。かわいそう・・・と怒った私は、続く場面でローマに帰ったデキが妻の不貞現場にかちあうのがザマミロでした。
 そしてこの事件についてAntでは、こういう噂がある、と秘書がコメントしています。・・・知られていたのか。
 3作での描き方のくい違うところはあって、『Au』ではオクタの複雑な片想いのように見えて、『C』ではアントがいじめていて、『Ant』では逆にアントがまるでファム・ファタルのようなオクタに翻弄されています。想像を多少補えば、アントはオクタを意識していた、オクタはアントの馴れ馴れしい粗野な態度に反発と魅力を感じていた(知性は明らかに評価してないあたりが笑えるのですが)ということになりそうです。オクタの「カップリング」相手候補のうちで、しゃくにさわるけどアントが一番見栄えがするんですよね、絵になる組み合わせでしょう、こういう「カップリング」が「デフォルト」になるのはすごくイヤですけどね、なんといっても正統派は(自主規制)


  まっしーレポはこれで一区切りします。

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小説『カエサル』

2006-05-22 14:12:02 | Allan Massieのローマ史小説
  『カエサル』は、ルビコンから始まり、語り手はデキムス・ブルートゥス。当然ながら戦争とか政治談議とかありますが、そういう部分を私はけっこう飛ばしています、不届き者。ではなにを熱心に読んだかといえばもちろんオクタの描写です。ここでは「オクタヴィウス」と表記、そしてはっきりとカエサルの「甥」です。(すると、息子のないカエサルが彼を跡継ぎにというのはごくあたりまえのこととされている。)(『ティベリウス』の人物紹介でもカエサルをアウグストゥスの「おじ」としてあるけど、どうぜ直に登場しないからどうでもよい。ほかの本では大おじ) キケロ宅の晩餐会でデキはオクタに出逢います。、

「話していたのは、まだほとんど少年で、髭をあたったこともないような若者だった。華奢な、しかし均整のとれた体つきをしていた。明るい灰色の目、可愛らしい弓なりの唇。明色の髪が左目の上に垂れていた。」「少年は食事の間、長い睫毛の下で私に一、二度目を向けて、私を知っているように微笑した。」

そしてデキは彼に強烈にのめりこんでいきます。
美しく聡明な、そして情をかわすときにもどこか醒めたものを感じさせる少年としてオクタは描かれます。色香で男を悩殺(死語?)することもできれば、それに頼らず理性・知性で勝負もできるという。カエサルのイスパニア遠征に二人も同行しますが、そのまえに、もう子供ではないからという理由でオクタはデキと狭い意味では別れます。そしてイスパニアでおきた凶事(これについては後述)。ギリシアへ行ったオクタとデキは距離を置いた文通関係、そしてデキの周りは暗殺へと向かっていく、コトのあとでデキはオクタと手を組むことを申し出るが、デキよりもアントニウスよりもキケロよりもしたたかなオクタは当面はキケロやアントを味方につけておくので拒否。やがて孤立したデキは最後にまたオクタに手紙を認めてエンドマークです。
 これではまるで小説のテーマに沿ってないですが、私の説明では仕方ありません、あしからず。デキはほかにも、妻とかクロディアとかクレオパトラとかにもふりまわされていますが、公平に見てもオクタがいちばん印象が強いと思いますよ。「クロディアでさえ、恋する男を苦しめることで彼を凌がなかった」ときます。
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小説『ティベリウス』

2006-05-21 16:02:07 | Allan Massieのローマ史小説
  『ティベリウス』(Tと略)は、Auの次に書かれただけあって、内容上でかみあってます。同じ架空キャラも出てくるし。前半はロドスで、誰に見せるともなく書いている手記という設定で(ほかの小説と比べると、ここにもティベリウスの孤独さが反映していると言えるかも)、後半はアウさんの死後のこと。重なってる部分は多いけど、語り手の性格の反映か、色気率はやはり低いと言えます。登場人物の描写で美貌に触れることが少ない点が目につきました。はっきりそうと書いてあるのは母リウィア、マルケルス、ユリア、アントニア。アウさんの語りだと明らかに、他人の美貌にももっとこだわってますからね、人物描写で容姿チェックが欠かせないみたい。明らかなメンクイ度の違い。実は、継父のそれに触れていないことが私のささやかな不満だったりします、ははは。
 ユリアはかなりおませでコケティッシュ、もともとティベに気があります。ティベはウィプサニアにもユリアにもそれなりに愛を持ってます。ここではどうやらティベ&ドル兄弟は初めからオクタのもとにひきとられていたようで、幼いドルちゃんが継父のまわりをはいはいして、オクタがあやす光景はたいへん微笑ましいです。(かわいくてたまらなかったろうな~)

 特筆すべきは、オリキャラのジクムントの存在。ゲルマン人の部族長の子で、争いに巻きこまれて奴隷にされ、剣闘士試合で負けて殺されそうなところをティベが助けて、忠実に仕えるようになり、カプリにも同行します。セヤヌスを調べる際にも活躍(実はこいつに、卑劣な脅迫で慰み者にされたという過去があったりする)。カプリでギリシア人の美しい娘と恋におちて結婚。その父親はアウさんから別荘おくられていたりもする中々名士なので、本来ならば蛮族など婿に認めないところですが、皇帝のお気に入りとなると話は別だった。暗いティベリウスの晩年ですが、少なくともこうやって彼が幸せにしてやった存在があることに救いを感じます(この夫妻の子供がじゃれついてくるときに安らぎを感じていたりする)。 このジクムントはのちにキリスト教に帰依して、修道院で、彼にとっての「地上の主」ティベリウスの手記を保管しているという部分がエピローグのようについています。 ところで、もし語り手がアウさんならばこのジクムントが美貌であることを登場のしょっぱなから書くに違いないのですが、ティベの場合直接にそうしていません、上記のメンクイ度の差がはっきりと表れています。
 マエケナスがオクタを「本当に愛した唯一の人」と語っている点が私にはたいへん嬉しかったりします、はっはっは。「のんだくれが酒を求めるように」少年たちを必要としたり、妻を愛していたりしたけど「それらはただの代わり」だと語っています、それもティベリウス(マエケナスに好意持ってないとわかっている)相手にという点がいっそうすごい。ーーこうなったらこれもばらしてしまえ、オクタがデキと別れてアポロニア(という地名は出てきてませんけど)へ行ってる間、オクタはマエケナスに身をまかせてます・・・
コメント (2)
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小説『アウグストゥス』

2006-05-21 15:53:20 | Allan Massieのローマ史小説
英国の作家Allan Massie(以下、アラン・マッシーと表記。なんと発音するのかわかりません)には、ローマ皇帝とその周辺を扱った小説が数本あります。以下は、私が独訳で読んだ4冊について、他のサイトで報告したものから編集したものです。なお、タイトルを年代順に並べればこうです。
Augustus--The Memoirs of the Emperor (1986)
Tiberius The Memoirs of the Emperor (1990 )
Caesar (1993 )
Antony ( 1997 )
では、『アウグストゥス』から。

いやー面白かったです。第一部で私が一番盛り上がりを感じたのは、セクス・ポンとの戦いで苦戦中、敵軍に捕まりそうだと焦ったオクタが自害しそうになってて若い兵士セプティムスに慰め叱咤激励される場面ですね。(なんておいしい役どころなんだ~!)あるいは、顔を隠して兵士たちの雑談にまざってる(『ヘンリー5世』みたい)とことか。
2番目に驚いたことは、オクタのマルケルスへのひいきが、よからぬ噂をまねいていたという設定です。私の頭の中ではなにかとヨコシマモードの妄想が渦巻いていますが、こんなのは考えもしませんでしたよ・・・。リウィアに手紙で、「きれいな男の子を公然とかわいがるのは賢明ではありません。あなた自身、カエサルとのことを噂されたことを覚えているでしょう」なんて言われてるし、おまけにマエケナスがそれを言いふらしていたりする。(案外「眼福!」と思ってたのでは。)マルケルスとユリアの縁組について、オクタヴィアには「あの子があなた方夫婦の不和の種になるのは望みません」「あなたはあの子を甘やかしすぎ」とモンク言われ、リウィアにも「縁組で噂を否定するつもりなら無意味です、逆効果」と反対される。でもエジプトでのガルスの不始末・失脚にたいへんショックをうけて、あまりに落ち込んでいるので、リウィアが見かねて譲歩してくれた、とそういう展開になってました。(ルフスは、いつのまにかいなくなってます。)

では一番驚いたことは・・・後述します。第2部の第3章、重病で苦しんでいるときに意識に浮かんでくる衝撃の過去!(ちょっと眠い状況で読んでいたのが、意味を認識して目がさめてしまった)そして第6章の終わりごろではまたまた凄い告白! 思わずムンクポーズ。

マエケナスがのっけからアヤシイ人。「あなたはこんなにきれいな脚をしているのだから~」なんて言いながらオクタの脚を触りまくってて、アグがイヤな顔してる、そこへカエサル暗殺を知らせる手紙が来る、という回想の始まり。リウィアへのラブラブぶりは一貫してますな。こんなノロケをきかされた孫たちの心中って。
思いいれあって読んでると、孫たちにまつわりつかれてる至福のときも、ああこれも長くは続かないんだなぁと、特にアグリッパの死後はもうばたばたと死んでいくしで、切ないです。
 
ドイツ語でのタイトルは、Ich Augustus なので、ロバート・グレーヴスの小説を意識しているということがよりはっきりしています。
ふと思った:この小説のアントニウス、理代子さんの描いたポチョムキン、それも「天の涯まで」のを連想させます。傲岸不遜で魅力もあるという男。もっとも、ポチョムキンには賢さもあるけど、ははは。
スクリボニアには押し倒されたようなものです。リウィアを押し倒し・・・は 全然暴力ではないですね、お互いに盛り上がってるので。(「愛してる」なんて台詞がリウィアからオクタに言われるのを読んだのはこれが初めてです。)
序文で、「誰も予言できなかったし実際しなかった、このほっそりとした若者が、カエサルもポンペイウスもスッラもマリウスもできなかった、乱れた世界に平和と秩序を回復させるという偉業を成し遂げるとは」 ここでわざわざ、「ほっそりした」なんて語が使われているのがなにやら嬉しいです。
アグリッパの死後のユリアの再婚のこと。私はどうも、塩野さんの、「孫息子2,3人では不足と思った」を鵜呑みにしすぎていました。この小説ではアウさん、予想外にアグが先に死んでしまったので、自分の死後が心配になって、そのときユリアやその子たちを護れる男に託しておきたいと思ったという描き方になってますーーそのほうが自然だ。その相手が既婚のティベリウスというのが非常識なんですが。ウィプサニアの、アシニウス・ガルスとの再婚についてはこの作品では触れられていません。
ウェルギリウスもかなり得な訳です。悩みをかかえるオクタが、「愛している人々」4人に慰められる、その4人に含まれているくらいで。(あとはリウィア、アグ、マエケナス)
カエサルに対してけっこう愛がないです。暗殺の知らせのとき、私の脳内設定では、ふらっとしかけてアグの腕がさりげなくささえてる、という図なのですが、で、そんな感じの場面はあるんだけどその状況はアポロニアではなくて・・・。
「世界最古の職業」兼任、男娼で密偵なんてキャラのいる点もちょっとアヤシイ。

同じキャラが、視点の違いでどう見えるのか、特にアントニウスサイドからならどういう具合かは気になります。オクタはこいつを、魅力は認めてるけど知性はまるで評価してませんからね。先方ではどうなんだろうと。
スクさんとの最初の夜、彼女が3時間延々とタカビーで威圧的にしゃべりまくり、一時解放されたオクタをアグがワイン用意して待ってて、「これが必要だと思った」--明らかに気乗りしてない親友を、3時間なにを思って待っていたのか、考えるとちょっと笑えるかも。
そういえば(?)『男の肖像』で、アウさんのマルケルスへのひいきが「噂のたねになっていた」とちらっと書いてありました、私はアノ手のこととはぜんぜん思わなかったのですが。(であるとすれば)これにむっとするアグというのもけっこう意味深ではないですか。  この小説ではアグリッパははなはだアヤシくない人です。むしろ男色嫌いに見える。
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