レーヌスのさざめき

レーヌスとはライン河のラテン名。ドイツ文化とローマ史の好きな筆者が、マンガや歴史や読書などシュミ語りします。

『幕末時代劇、「主役」たちの真実』

2010-05-30 04:58:29 | 新選組
 一坂太郎著、副題は「ヒーローはこうやって作られた!」、講談社+α新書。

 わりに最近出た本。
 見たものもあるし、本で評判だけは知っている作品も多いし、懐かしさも感じる。

 いまでは幕末一の人気者である龍馬は、明治初年には知られていなかったが、土佐の自由民権の論客坂崎某(ほんとは「しらん」、紫に、さんずいに「関」の旧字を組み合わせた字だけど変換できない)が明治16年から新聞に連載した小説でヒーローにアレンジして、それが人気を得たという。
 坂本龍馬が日露戦争のときに皇后の夢に現れて激励したという話が喧伝されて有名になったことは、まえにも司馬遼太郎の本で読んだことがあったけど、その前段階については初めて知った。

「歴史上の人物が国民的ヒーローにまで成長するのに必要なのは、その人物が生前に残した業績だけではない。その業績を脚色し、講談や小説、映画、演劇などにして広める宣伝マンが必要なのだ。この点、埋もれていた龍馬は、坂崎をいう名宣伝マンを得たことになる。」
 永井路子さんが「ペンのスポンサー」と呼んだ役目だな。
 人気とは業績と一致するものではなく、偉いことをしたわけでなくてもスターという人はいくらでもいるということはたびたび痛感することだ。逆に、功績があるけど人気はないとか、「なにをした」人かは明らかでも「どんな人」のイメージが持たれていない人もいる。

 この本では新選組ものにももちろんページを割いている。
「しかしなんといっても新選組モノといえば、NET・東映の「新選組血風録」(昭和40年)をはずすわけにはゆかない。司馬遼太郎の同名小説を、結束信二が脚本化した。舟橋元が近藤勇、栗塚旭が土方歳三、島田順司が沖田総司に扮する。 (略)
 これらのドラマに熱狂した世代にとり、土方イコール栗塚になるほどの強烈な印象を残した」
  リアルタイムの世代でなくてもそういうファンはいるぞ、はーっはっはっは(いばることでもないが)

 今日はたぶん例によって、専称寺で「総司忌」があるのだろうな。慶応4年は4月が2度あったので、5月30日はいまの7月19日だとされている、さぞ暑かったことだろう。
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定期購読、読者プレゼント

2010-05-27 05:17:03 | 
 私が出版社のPR冊子を店頭でもらってくることが好きだという話はたびたび書いている。中には、単に宣伝情報というよりはすでに小説雑誌に近いものも多い。小学館の「きらら」は「物語を楽しむプチマガジン」、ポプラ社の「asta」は「夢中が待っているストーリー&エッセイマガジン」とコピーまたは肩書きがついている。読むようになってからこれまで欠かさずに入手できていると、これからもという気になるものだ。(面白くなくてやめたものもあるけど) 徳間書店の「本とも」は地元駅の書店にあるし、幻冬舎の「星星峡」は駅近くの店にある。「asta」もかつては私の行く範囲の店2軒で置いていたのだけど、どうもこのごろ来なくなった(店側から決めるのではなくて出版社のほうから持ってくるものであるらしい)ようだ。それでこの際(?)と思って、手に入れていない過去のぶんから1年申し込んでしまった。 マンガ家に読書の思い出を描かせる企画がいまはないのが残念なところである。  「きらら」は、これまでにも何号か抜けているのである意味諦めがつけやすい。それに、地元書店ではないとはいえ、たまにみかけるのだ。気になってる連載は単行本化を待てばいいか、ということで運にまかせている。

 中公文庫の「だっち君」プレゼントが、来月いっぱいで終わる。中公文庫はたくさん買うことがないし、景品で特別欲しいものがあるのではないし、ミニハンドタオルなどの実用品を何度かもらった。最後に5枚ぶんで、またミニタオルを申し込んだ。
 角川文庫の「ハッケン君」は、ブックカバーはもう2種類とももらってしまった。
 新潮文庫の「YONDA?」は、数年間でかなりたまっているけど、いまのデザインが好みでなくて応募していない。--次に変更されるときにはもっと気乗りする品がありますように。
 講談社文庫が(一部の書店でしか見かけないけど)、特定の100冊のうち2冊の応募券で「ムーミン」バッグをプレゼントとしている。来月まで。買うのに気乗りするものが若干はあるので、気分にまかせよう。
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朝の一曲

2010-05-24 05:31:52 | 雑記
ふだんは日曜の朝にふだんよりも寝ているのだけど、きのうはそれができなかったので今日する予定で目覚ましは7時にセットしていた(7時半過ぎごろに柴犬の散歩に会う習慣があるので)。しかし4時半ごろに目が覚めた。まだ寝ようとしたけど眠気がおりてこないのでもう起きることにした。ま、明日は5時起きだからいいけど。
 起きたらまず、目覚めの1曲。このごろは『ヘタリア』からなにか元気な歌、『まるかいて地球』か、ドイツやアメリカのテーマソングが多い。ただいまはクラシックのアンソロ「快適な目覚めのクラシック」がBGM。グリーグの『朝』、パッヘルベルの『カノン』などが入っている。
 「朝だ夜明けだ 潮の息吹」の『月月火水木金金』なんてのも朝にはぴったりなんだが。これ、『はだしのゲン』でパロっていた、「朝だ五時半だ 弁当箱さげて (略)月月かいかいノミがいる」と。読者にはどれくらいわかったのだろう。
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実は生きてた話

2010-05-20 05:18:46 | 歴史
「磨羯宮(まかつきゅう)」のブログで新しい雑誌「ジャンプSQ.19」での連載、内水融「アグリッパ-AGRIPPA-」の流れで、日本の義経や秀頼みたいに、西洋の歴史で「実は生きてた」という説はないんだろうか?という話が出た。
 大河ドラマ『時宗』で、北条時宗の兄が死んだはずなのに生きていて、赤いマフラーのようなものをしていたことから、2ch用語で、実際には死んだ人が生きていた設定になることを「赤マフラー」と呼ぶようになったという。
 フィクションではしばしばあることで、やってみたいのは理解できる、しかし、同じ作家があんまり繰り返すと読者のほうで白けてくるということを某コバルト作家で体験した。

 西洋史で思い当たるのは、
・フリードリヒ・バルバロッサ   キフホイザーの山で眠っていて、カラスが飛ばなくなると復活して再びドイツに繁栄をもたらすことになっている。
・ホルガーダンスク デンマークのエルシノア城の地下にある救国の伝説の英雄像、デンマークの危機には目覚めることになっている。
 これらは、大衆の同情からというよりはむしろ、まだまだ頼りにしたいという気持ち、彼らのツワモノとしての性格が反映されていそうなので、義経や秀頼とはだいぶ趣が違う。
 
 時代はだいぶ近くなるけど、ハプスブルクの異端児ヨハン・サルヴァトール大公は、一族を離れて市民ヨハン・オルトとなり、船乗りとして出港して行方不明(長年のつきあいだった踊り子ミリ・シュトゥーベルと結婚したが彼女は遭難まえに船を下りている)になった。しかしその後も世界のあちこちで目撃者が現れているそうだ。 これは、型破りな貴公子に対する関心と共感なのだろう。
 その点ネロの偽者が現れたなんて話はどうなんだろう?やはり、それなりの人気?
 ぜんぜんぱっとしないピョートル3世だって、乱を起こしたプガチョフが僭称したことがあるな。
 マリー・アントワネットの息子ルイ・シャルルに生存説があったというのは、ふつうに考えて同情だろう。
 あ、皇女アナスタシアという有名どころがいたか。

 歴史家ではないミーハーのたわごととして、あれこれ想像するのは楽しい。
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かたづけましょう

2010-05-16 07:09:17 | 雑記
 幼稚園時代、帰り近い時間になると、「か~たづけましょう かたづけましょう~ (中略) みんないっしょにかたづけましょう かたづけましょう」 という歌が流されていた。長いこと聞かされていたけと、私にはいっこうに効いていない。
 半年ごとに、火災報知機の点検がまわってくる。今週中。だから部屋のカオスを徐々に整理中である。

 かなり昔の樋口恵子さんの、たぶん教育論の本で読んだことを思い出す。ある幼稚園を訪問して、一日の最後に、女の子たちには片付けを、男の子たちは外へ出るように先生が指示するので、これは交代でそうしているのか尋ねたら、いつものことだという。「男の子は外へ外へ」が好ましいのだと。--殴ってやりたくなった。片付けなんて女もたいていは好きじゃないだろう、必要だからしているんだろうが、男だからってしなくていい理由なんかあるか! いわゆる「男の料理」、父親が気まぐれに腕をふるうような場合、往々にして、後始末までは含まれておらず、ひどい有様の台所の後始末で妻はかえってめんどくさい、ということがあり、私はむかっとするのである。
 
 私だってかたづけものなんてキライだっ!
 そりゃ、すっきりしてきもちいいのもわかるけどさ。その都度していれば整理整頓なんて難しいものではないんだと理屈ではわかるけどさ。いつのまにかごちゃついているんだ。

 あのセンスのかけらもない「かたづけましょう」の歌は、いまでも幼稚園で使われているのだろうか。ないならないで淋しく思う。幼稚園の歌なんてダサくてかまわんのだ、そこがほほえましいのだ。
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戸川、聖おに、ヘタ、黒田パトラ

2010-05-13 15:49:05 | マンガ
 もう長いこと西洋コスプレものを描いている戸川視友の『海の綺士団』がこのまえ終わり(来月あたり最終巻?)、次号から新連載。予告だけ見たがローマものではなさそうだ。「今は昔、大国に挟まれた小国で若き王が即位した」とか書いてある。架空の世界なのか、実在世界に架空の国なのか、双方実在なのか不明、洋物なのは確か。1回目だけ買うかもしれない。

 21日に『聖おにいさん』5巻、『ヘタリア』3巻が発売。しばしば並べて語られるこの2本が一緒に出るのも偶然であろうけどちょっと愉快だ。

 黒田かすみの代表作『Vice』が文庫で出ている。前編の収録された『L.A.Heat』も。併録に『クレオパトラ』があると知って少々複雑な気分であったのだけど、あとがきも一緒なのでだいぶ気が晴れた。私は原則として、作家は作品に関してやたらと語るべきではない(そして読者も、ウラ事情に気をまわしすぎるのは邪道だ)と思っているけど、歴史ものについては裏話ページが大好きである、ときには本編以上に楽しみだったりする。--あまりに史実から飛んでいて、そうそうそれを説明しておいてくれなきゃ困る(?)んだよっ!ということも。

 まえにここで書いた「トカゲ」、山下さんがナチものの連載を始めた雑誌、次に行ったときにまだあれば買おうと思っていたが、もうなくなっていた。
 気になる連載をひとつの雑誌にまとめてしまえたらどんなにいいだろう。
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ロードとリングとナイトと「個」と「通」

2010-05-09 06:12:19 |   ことばや名前
 最近ポプラ文庫から出た『三四郎はそれから門を出た』by三浦しをん は、タイトルからいくらか想像がつくように、主として本に関するエッセイである。
 『指輪物語』に絡んだ部分からの引用、
「それで私は、原題が、「THE LORD OF THE RINGS」であることをようやく知った。この原題を『指輪物語』と訳したのは、内容が「指輪」をめぐる「物語」なことには間違いないので、まあ妥当な線だと思う。しかし、映画の日本公開タイトル『ロード・オブ・ザ・リング』は、冠詞を複数形を中途半端に略したために、まったくわけのわからない代物になっているといえよう。私は映画を見る前に散々考えたあげく、「指輪の道」という意味なのだろうと自分を納得させていたぞ」
 ふつうそうだろう、「ロード」でまず思うのは「卿」ではなく「道」だろう。上記映画邦題に関して、プロレス?という反応もあったが。そちらの「リング」はまた珍しい発想。

 そういえば。90年代、リチャード・ギア主演でランスロット、ショーン・コネリーがアーサー王という映画があった。「歴史ロマンDX」で便乗企画もあり、英国歴史ものを描いていた蒲生総さんが担当。映画は、アーサー王物語の要素がほとんどなくて、アーサーものと思えば腹が立つ、恋愛ものとして見ると面白い、という感想に私もあとで見て同感だった。
 さてその映画、前宣伝の段階では『ファースト・ナイト』で、封切られたら『トゥルー・ナイト』になっていた。英文学者である友達の情報によると、「ナイト」でまず思うのは「騎士」でなく「夜」、「初夜」になってしまうから変更したという事情だったらしい。(第一の騎士、の意味で使われていた) ・・・・・・だったらもっと頭使ってかっこいい日本語の題をつければいいだろう、よりにもよって「とぅるー」なんて言いにくい語を選ぶことないだろう。「ナイト」で「騎士」とわからなければ「真実の夜」でこれもわけわからんぞ。なにゆえ「騎士」という日本語を使わんのだ!?

 上記のしをん本で紹介されていた、『本当はちがうんだ日記』by穂村弘 、集英社文庫を書店で発見したので購入。
 高校時代にモテる友達がいて、三年間に通学バスでラブレターを何通もらったかきいてみたら、「え、わかんない、二十個くらい?」と言われて、「がーん(やっぱり)」という反応を筆者は示す。
「勿論、私は一通も貰ったことはなかった。ラブレターを「個」で数えるような奴が二十個も貰えて、ちゃんと「通」で数えられる俺は0通。」
 このツッコミ所がさすが後の物書きである。
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『カルーソーという悲劇』

2010-05-06 05:25:35 | 
 先日、書店で某コミックスを買う際に、もう1冊なにかないかと棚を物色していて目にはいったのがこれ、創元推理文庫。新刊というわけではなくて2007年に出ている。著者名「アンネ・シャプレ」に、ドイツ人かと手に取った。実際そうだったので購入。
 都会フランクフルトから小さい村に移り住んだ元コピーライターの男パウル、村で続いて起きる馬殺しと放火事件、おまけに農場主の別れた夫が殺害される。二人は東ドイツの出身だった。
 都会の危険性と、田舎の排他性、外国人への偏見、東の悪名高き「シュタージ」の影。

 作者は政治評論家が本職だそうで、社会問題絡みのミステリーを多く書いて売れていると解説には書いてあるが、いまのところこれしか邦訳が出ていないのは残念である。同じキャラたちの出てくる他の作品も、日本誤ならば読みたい。パウルの友達である大女のクールな検事、妻とすれ違い気味の警部、なかなか味のある面々なのだ。
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頭のいい機械、悪い機械

2010-05-02 14:47:19 | 雑記
 先日、行きつけサイトのブログコメントを投稿しようとしたら「スパム認定」されてできなかった。カレン・エセックスの小説『クレオパトラ』に言及したところ、作者名 エ セックス  がひっかかったそうである。
 ・・・・・・人間がするならばありえない処置なのだけど、機械の融通のきかなさのせいだ。こんなんでいちいちエセッ●クスなどと伏字にするのも実に愚劣な眺めである。

 駅で乗り換えするときに、回数券を2枚自動改札に入れると、用済みぶんが回収されて、これから使うぶんは穴あき状態で出てくる、ああいうときには毎度、頭のいい機械をつくってるものだと感心せずにはいられない。
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