<1326> 現代 山上ヶ岳 考
遠くより 法螺貝聞こゆ 夏の山 淋しきことも 友としてゆく
週末の山上ヶ岳は多くの登山者があった。中には山上の宿坊に泊まりがけの団体もあり、終日にぎやかだった。もちろん、女人禁制のため、行く先々はどこも男子ばかり。蔵王権現を祀る山上の大峯山寺が目的の信仰篤き登山者が大半で、男子の修行の場という感覚によるからだろうか、異様な感じは微塵もない。登山口から約七〇〇メートルの標高差は普通の人の脚力で二時間はかかる。お寺参りでこれほど厳しいところはなかろうと思われるが、これが山岳宗教の修験道の修行の道である。
大峯山寺の歴史は古く、七世紀末に修験道の祖役小角によって創建されたと伝えられ、吉野山の金峯山寺蔵王堂に対し、山上の蔵王堂とも言われ、信者には毎年一回はこの山上の蔵王権現にお参りするのが習わしであるという信者も多い。吉野から熊野に至る大峰山脈の尾根筋を辿る世界遺産の紀伊山地の霊場を結ぶもっとも厳しい大峯奥駈道の北嶺の中心の山、これが山上ヶ岳であり、前述のごとく、女子の入山を禁じている男子修行の山である。
千三百年の歩みの間、山上には盛衰もあったが、今も伝統は息づき、絶えることなくある。参詣道がユネスコの世界文化遺産に登録をみたのも諾なるかなである。平安時代には貴族も大いに登ったというからその歴史は並のものではない。
現代社会でも、ビル群の中にどっぷりと浸かって日々を送っている都市部の御仁にはこの山岳信仰の道は新鮮味があり、有益に思える。地味な山道であるが、この男子修行の領域にはまっている人は結構多い。
登山口に当たる天川村の洞川は山中の深いところにある集落ながらいつ訪れても活気が見られる。それは山上ヶ岳を目指す岳登りの人たちが訪れるからであるが、今、ブームになっている外国人観光客の姿は見受けない。これはどうしてなのだろうか。男子ならば誰でも自由に登れる。外国人だから駄目だということはない。PRが不足しているからか、信仰の山という関係からか、男子にとって魅力のある山だと思われるが、外国人までには及んでいないところがうかがえる。
しかし、地元はこれでよいのかも知れない。洞川は修験道という宗教の聖域エリアで、一つの日本文化が成り立っているところである。外国人が押しかけるようになって守られている伝統的秩序が乱される懸念が生じることをよしとは決して思わないから、そっとしてもらいたいという一面もあるのではないか。それにしても、山上ヶ岳の女人結界の男の道は魅力的である。外国人にもその魅力を味わってもらいたいものである。 写真は女性の入山を禁じる「従此女人結界」の石柱(左)とロープで吊るす行が行なわれる西の覗の断崖(右)。