大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2017年04月07日 | 植物

<1926> 大和の花 (186) シハイスミレ (紫背菫)                                スミレ科 スミレ属

               

 平地では見ないが、山間や丘陵、低山から深山に至る広い範囲に生える地上茎を有しないスミレで、落葉樹林帯や二次林帯に多く、山道では必ず出会うことが出来、山歩きを楽しくさせてくれるスミレである。草丈は8センチ前後、長卵形から披針形に至る葉の裏面が紫色を帯びるのが特徴で、この名がある。花期は3月から5月ごろで、淡紅紫色から濃紅紫色まで色彩的変化に富む花を咲かせ、山歩きをしていると、色彩の美しさに惹かれてよくカメラを向ける。芭蕉の「山路来て何やらゆかし菫草」はよく知られる句であるが、このスミレについて、如何なるスミレかと話題になったことがある。この句は『野ざらし紀行』に登場する句で、京から近江に向かう蓬坂山の峠に差しかかったとき、スミレに出会い、その花にゆかしさを感じて詠んだと言われる。

  この芭蕉のスミレに、現地踏査を試み、タチツボスミレと結論づけた人がいる一方、この結論に十分な納得がいかず、シハイスミレとする人もいるといった具合であるが、私には山路イコールシハイスミレという取り合わせの印象が強く、また、一箇所に固まって咲くことの多いタチツボスミレでは「ゆかし」という表現にそぐわない気がするので、点々と花を見せるシハイスミレの方が妥当と思われる次第である。果してどうだろうか。なお、シハイスミレ本州の中部以西、四国、九州に分布、国外では朝鮮半島南部、中国に見られ、西日本に多く、東日本には変種のマキノスミレが分布している。 写真はシハイスミレ。    山道に出会ふすみれの楽しさよ

<1927> 大和の花 (187) フモトスミレ (麓菫)                                         スミレ科 スミレ属

         

  シハイスミレに近いタイプのスミレで、小さな白い花がかわいらしく、ニョイスミレに似るところがあるが、フモトスミレは湿気のあるところを好んで生える地上茎を有するニョイスミレとは根本的な違いがあり、水はけのよい麓の向陽地や高原、または、落葉樹林下や林縁など、どちらかといえば、乾燥気味なところに生える地上茎を有しないスミレである。

  草丈は7センチ前後で、葉は基部が心形の卵形で、水平方向に開く傾向があり、表面が濃緑色、裏面が紫色を帯びるのが普通である。だが、他のスミレにも言えることであるが、白い斑が入るものや光沢のあるもの、裏面が紫色にならないものなど変異が見られ、紛らわしい点があって判別に注意を要するスミレの1つである。ニョイスミレに比べると、葉は硬い感触があり、シハイスミレに似る。

  花期は4月から5月ごろ。花は直径1センチほどで、花弁は白く、唇弁に濃紫色のすじ模様が入り、上弁が反り返る。側弁には基部に毛が生え、距は紅色を帯びるものが普通であるが、花にも変異が見られる。なお、自生の分布は本州の岩手県以南、四国、九州で、国外では朝鮮半島に見られるという。 写真はフモトスミレ。右端の写真は十津川村の半日陰の崖地で見かけたもので、葉に白班が入った亜種のヒメミヤマスミレに近いタイプのフイリフモトスミレと見た。長い花柄に濃い紅紫色の距が印象的なかわいらしい花だった。

  花そこここ痛くな降りそ春の雨

 

<1928> 大和の花 (188) アカネスミレ (茜菫)                                         スミレ科 スミレ属

           

  丘陵地や高原、低山帯の林縁、登山道の道端など日当たりのよいところに生える地上茎を有しないスミレで、草丈は10センチほどになる。花どきの明るい緑色の葉は丸みのある長三角形から長卵形で、先は尖らず、細かい鋸歯があり、変化に富む。

  花期は4月から5月ごろで、花は直径1.5センチほど。アカネ(茜)の名の通り、花は茜色(濃い赤色)を基調にしているが、濃紫色から紅紫色や淡紅紫色まで変化に富む。側弁の基部が閉まり、基部に口髭様の濃い白い毛が生え、花の中心部が隠れて見えづらい特徴がある。距が細長く伸びるのも特徴の1つであるが、他種との判別でもっとも有効なのは花柱の基部の子房や距が有毛であること。とにかく毛が多く、アカネスミレの中で側弁の基部以外に毛のないものはオカスミレ(丘菫)と名づけられている。

 北海道から屋久島まで分布し、国外では中国、朝鮮半島、シベリアに広く見られるが、大和(奈良県)では自生地が限られ、個体数も少ないため、レッドリストの絶滅危惧種にあげられている。 写真はアカネスミレ。アカネスミレとサクラスミレ(桜菫)とはよく似るが、サクラスミレについては次回に触れたいと思う。   ゆっくりと歩むのがよし春の山

<1929> 大和の花 (189) サクラスミレ (桜菫)                                              スミレ科 スミレ属

                    

  明るい落葉樹林の林床や高原の草原などに生える地上系を有しないスミレで、ほぼ全国的に分布し、分布の中心は中部地方以北とされる。西日本では「高所に点在する程度」(いがりまさし著『日本のスミレ』)とされ、大和では標高700メートルから1000メートル付近の草地に散見される。この状況によりレッドリストには絶滅危惧種としてあげられている。サクラスミレ(桜菫)の名は、花が大きく、サクラのように5つの花弁の先端がわずかに窪む特徴によると言われる。但し、生育環境によっては窪まない個体も見られる。なお、国外では東アジアの冷温帯に見られるという。

  草丈は15センチほどになり、葉は三角状長卵形で両面とも明るい緑色で、立ち上がるものが多い。花期は4月下旬から6月ごろで、花は2.5センチ前後と他種に比べると大きい。花の色は淡紅紫色から紅紫色で、側弁の基部に白い毛が密生し、花の奥がよく見えず、距は細長い。この花の大きさと美しさにより「スミレの女王」と言われるほどである。アカネスミレに似る個体も見られ、紛らわしいが、花がひと回り大きく、アカネスミレには全体に微毛が生えているのに対し、サクラスミレでは葉や花柄にほとんど毛がない違いが見られる。写真はサクラスミレ。淡紅紫色と紅紫色の花。 さまざまにありける雨に春の雨

<1930> 大和の花 (190) エイザンスミレ (叡山菫)                                      スミレ科 スミレ属

       

  エゾスミレ(蝦夷菫)の別名でも知られる地上茎を有しない複葉性の葉が裂けるタイプのスミレで、低山帯の日陰を好んで生えるところがある。また、風化が進んで砂地が少しずつ崩れるような場所にも見られる。草丈は15センチほどになり、裂ける葉が本種では3つに深裂するのが普通で、変形したものも見受けられる。

  花期は4月から5月ごろで、花は直径2センチから2.5センチ。花弁は淡紅紫色が基本であるが、白地に紅色のすじが入るものも見られる。側弁の基部にはわずかながら毛が生え、花には香りのよいものが多いとされる。ほかのスミレにも言えるが、花の後、葉が見違えるほど大きくなり、スミレの仲間とも思えない姿になる。

  本州、四国、九州に分布する日本の固有種で、殊に太平洋側でよく見られる。大和(奈良県)でも低山帯に見られ、私は金剛山と葛城山の山中で出会ったが、両個体とも花が純白に近いシロバナエゾスミレ(白花蝦夷菫)タイプだった。曽爾高原では葉の裂け方が細かく、ヒゴスミレ(肥後菫)と判別し難い個体に出会ったが、花が淡紅紫色の基本的な花には未だ出会えていない。なお、エイザン(叡山)は比叡山に因む。 

 写真左はシロバナエゾスミレタイプのエイザンスミレ。写真中は花の終わりころのエイザンスミレ。裂けた葉が大きく成長しているのがうかがえる。写真右はヒゴスミレタイプのエイザンスミレと見たが、エイザンスミレタイプのヒゴスミレとも言えるか。

   慈雨たれよ芽吹けるものに春の雨

 

<1931> 大和の花 (191) ヒゴスミレ (肥後菫)                                      スミレ科 スミレ属

              

 地上茎を有しない葉が裂けるタイプのスミレで、エイザンスミレ(叡山菫)より更に細かく裂け、完全に5つに深裂する違いがある。日陰を好むエイザンスミレに対し、ヒゴスミレは日当たりのよい高原の草原や落葉樹林域に生える。花どきの草丈は10センチ前後で、葉の展開とほぼ同時に花を開くことが多い。

 花期はエイザンスミレとほぼ同じで、4月から5月ごろ、直径2センチ前後の白い花をつける。中には花弁の裏側に紅紫色の模様が入る個体も見られる。側弁にはわずかながら毛が生えている。ヒゴ(肥後)の名は熊本県の旧国名による。本州(秋田県以南)、四国、九州(鹿児島県)に分布する日本の固有種で、北方型のエイザンスミレに対し、西日本に多い南方型のスミレとして知られ、大和(奈良県)では限定的に見られる。曽爾高原では山焼きの後の末黒(すぐろ)のススキの根方から生え出して花を咲かせる健気な姿が遊歩道脇などで見られる。

 春一番の白い花はキジムシロ(雉蓆)の黄色い花やほかのスミレとともに暖かな陽光の下で咲き出し、命の息吹を感じさせるところがある。この花の姿はススキが成長する前のほんの束の間の光景で、ヒゴスミレのような小さな草花たちにはこの束の間の時こそ大切なことが言える。 写真は高原の末黒の地に咲き出したヒゴスミレ。    末黒より命の証なるすみれ

 

 

 

 

 

 

 

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿