山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

博物館へ行く

2008-03-20 00:46:25 | 宵宵妄話

 家から10kmほど離れた坂東市に茨城県立自然博物館というのがある。ミュージアムパークとも呼ばれているが、古い利根川の流れが取り残された感じの、菅生沼(すごうぬま)と呼ばれる沼地の直ぐ傍にあって、周辺の自然を取り込んだかなりスケールの大きな施設である。

  

  茨城県自然博物館。本館入り口の様子。立っているのは誰でしょう?

 この施設が大変気に入っており、守谷に越してきて直ぐに友の会の家族会員に入会した。時々出かけては企画展の見学をしたり、広大な公園の中を歩き回ったりしている。特に孫たちが来た時には、天気さえよければ必ず連れてゆく場所の一つでもある。自然博物館という名のとおり、大自然の不思議を理解できるように巧みな展示が用意されており、大人から子供たちまで興味津々(きょうみしんしん)で楽しむことができる。茨城県としても全国に誇れる施設の一つではないかと思っている。今日は、その様子をちょっぴり紹介したい。

 この博物館には、本館の中に次のようなテーマでの展示がなされている。①進化する宇宙②地球の生いたち③自然のしくみ④生命のしくみ⑤人間と環境⑥ディスカバリープレイス(茨城県の自然)。いずれもかなりのスペースを割いて様々の工夫された展示物や映像などが用意されており、何度訪問しても飽きることはない。

 実は私はその昔の学生時代、どういうわけか地学という学問に興味を持ち、専門の経済とは何の関係もないのに、相当力を入れて学んだことがある。今でもその興味関心は消えてはいないのだが、長いこと仕事に振り回されて、天体や地球の生い立ちなどの関連資料などを読むことを忘れていたのだった。それが、この博物館に来ると、実に解りやすく復習することが出来るのである。復習だけでなく、新しく学ぶことも多い。真にありがたく嬉しい施設なのだ。

 この博物館のシンボルとして展示されているのが、松花江マンモスとヌオエロサウルス、それに植物のメタセコイアである。松花江マンモスは世界最大級のマンモスで、中国内蒙古自治区で産出されたもの。ヌオエロサウルスというのは、これ又中国内蒙古自治区で産出された世界最大級の植物食恐竜で、なんと体長が26mもあるという。又メタセコイアは生きた化石として名高い、別名アケボノ杉と呼ばれる植物である。恐竜の化石レプリカは、2Fの天井近くまで届く巨大なもので、これほど大きな化石レプリカの展示物はそれほど多くはないと思う。いつか勝山市にある福井県立恐竜博物館を訪ねたいと考えているが、そこは恐竜専門の施設だから、もっとスケールの大きなものが見られるのかもしれない。今から楽しみにしている。

  

  シンボル展示:松花江マンモス。入り口にあり、来館者を迎えてくれます。

  

  シンボル展示:ヌオエロサウルス。1、2階吹き抜けにあるけど、大きすぎて写真には撮りきれません。

 今日は「化石はたのしい」という企画展が開催されていた。わが国では初公開という化石が幾つか展示されていたが、残念ながらその化石がどのような意味を持つのかの知識がないため、ただ「なるほどなあ」「はあ、」と観るだけだった。個々の化石が何を語っているかについては殆ど何も知らないのだが、地球の46億年という歴史の物差しでそれらを見ていると、凝縮された時間を通して往時の生きものたちの姿かたちや生き様の不思議を垣間見ることが出来るような気がした。

 今回の企画展は、単に珍しい化石を見せてくれるだけではなく、化石を通して地球の未来を予測することにも触れていることが興味を引いた。化石が未来を語るという視点は初めて気づかされたものだったので、一瞬ドキリとした。我々は化石といえば、過去の想像を絶する太古の世界をイメージするばかりなのだが、その視点を未来に転じた時に、化石が語る様々な情報をつないで行った結果は、驚くべき地球の姿を映し出していた。プレートに乗って移動する大陸は、現在とは全く違う地球のレイアウトをイメージさせ、温暖化の成れの果てに、やがて今度は氷河期が訪れ、新たな進化のもとに適応を果たした何種類かの動物が生き残るのだが、もはやその時には人類は消え果てて存在しないという。SFの世界をさえ超えてしまうような地球の姿が予測されるという。何ともはや恐ろしいというか、ぞっとするようなCG(コンピュータグラフィック)だった。

約200万年をかけて、人類は今日60億を超える人数となった。それが100億を超えるのに、あと100年もかからないという。人類を養い得る地球の資源(食料・エネルギー)は100億人分しかないとも言われている。あと100年経ったら、人類は一体どのような生き方を求めるのだろうか。未来のことは誰も分らないけど、今のままでは悲観的な予測しか出来ない感じがする。

46億年の地球の歴史の中で、人類が地上に現れ、今日のような地球を壊すのではないかと危惧されるような活動を始めてから、僅かに瞬きをする程度の時間しか経っていないのである。今のままのペースで行けば、人類は化石にも成り得ないまま地球の歴史から抹殺されてしまうのではないか。100万年単位の生存生物などは、地球の過去の歴史においても全く痕跡を残さぬまま消滅したものが幾つもあったに違いないし、これからも同じことが繰り返されるに違いないからである。

企画展にショックを受けながら外に出ると、空はすっかり雨降りモードとなっていた。花粉のことを考えると、少しでも早く雨が降ってほしい。雨引き観音様にも参詣したことだし、今日は早めに雨が降り出すに違いない。地球の未来のことは早く忘れて、残り少なくなってきている、生きている今を大事にしなければならないと、改めて思いながら、珍しく今日は家内の運転で帰宅したのだった。

コメント
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