山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

御宿かわせみのこと

2008-03-05 00:19:57 | 宵宵妄話

 現在、眠り薬として毎夜お世話になっているのが平岩弓枝先生の「御宿かわせみ」シリーズである。一昨日から読み始めた。これを読むのは、十数回目になると思う。 昨秋初めて福井の一乗谷を訪ねた時、「甦る戦国城下町」(天野幸弘著 朝日新聞社刊)というハードカバーの本を買って来たので、これを読んで眠り薬にしようとしたのだが、写真や図面などが掲載された立派な資料本は、どうも眠り薬にはならないようで、途中から切り替えたのである。

 平岩先生の本も、全部とは言わないけど、かなりたくさん読ませて頂いている。平岩先生は、現役でご活躍されており、時代小説のほかにも現代のテーマでたくさんの読み本があり、私の好きな作家のお一人である。現代小説にも幾つか感動的な作品があるが、私の場合は、やはり先生の時代物が好きだ。

 確か平岩先生は、敬愛する池波正太郎先生と同じ長谷川伸門下生のお一人ではなかったかと思う。長谷川伸といえば、「瞼の母」や「一本刀土俵入り」など股旅物や仇討ち物作品の大御所である。いわゆる大衆文学と呼ばれるジャンルであるが、私は本物の文学というのは大衆文学の中にあると信じているので、池波先生や平岩先生の師匠といえば、もう神様のような方であり、うっかり口に出すのは恐れ多いと思っている。

 平岩先生も池波先生も、その師匠の文学というよりも人間観というべき精神をしっかり受け継がれた方で、それは作品の中にみごとに現れていると思っている。大衆文学というのには、更に幾つものジャンルというかテーマというか、人間の情理の葛藤を扱う世界があり、本質的に情を重視しながら物語として表現してゆく文学なのだと思っている。長谷川大先生の世界の本質は人間の持つ情であり、それは平岩先生も池波先生も少しも変わっていない。余計な、知ったかぶり風なことを書いて叱られそうだ。

 さて、「御宿かわせみ」の初刊の文春文庫を買ったのは、昭和54年だった。ハードカバーの本がなかなか買えないので、文庫本が出るのを待っていたという事情がある。幕末近くの江戸の中流階層の人たちの暮らしぶりが、厳しい中にも心温かく伝わってくる。タイトルごとの読み切りの形で、それが大筋としては時系列的に何年もの長い時間をかけてつながった物語りとなっているのが素晴らしい。主人公の御宿かわせみの経営者のるいとその恋人神林東吾の出会い(といっても幼馴染だけど)から結婚、そして娘が生まれ成長する状況まで、様々のエピソード(といってもいわゆる捕り物に絡む事件が多いが)が、みごとに整理されて綴られている。

 物語は、八丁堀の与力だった父親を持つるいという女性と同じ八丁堀の与力を兄に持つ神林東吾という闊達な若者の二人の恋人関係から始まって、それに夫々の友人知人が絡まった日常的な暮らしの中の出来事を、事件と結びつけながら一話一話ずつ丁寧に書き述べているのだが、その中に人々の生き様の繊細な情理のやり取りがみごとに描かれている。

 平岩先生としては、江戸の武家社会の中で、八丁堀という大衆に近いところの世界で、父の失脚・死亡という試練を乗り越えて、武家を離れ小さな旅館経営という商売を選びながらも、往時の社会規律を守り毅然とした中にも情感溢れる生き方を忘れないるいという女性に相当に肩入れしながら書かれていらっしゃるのではないかと思う。神林東吾という人物の明るさもいい。このシリーズを読んでいると、今の時代にない人の心というか、情感のようなものをしみじみと感ずるのである。

 この物語に登場するのは、殆ど善人ばかりのような気がする。勿論極悪非道の盗賊のような人物も時には登場するが、決して主役級の働きはしないし、させない。庶民を安心させる筋書きが圧倒的に多い。そして時には人情に絡む事件も多く登場する。皆哀しく温かい。それらのストーリーを一々抜粋したりはしないが、眠り薬としては、池波先生の盗賊や仕事人などのように、思わず怒りがこみ上げてくるような興奮性が少ないので、安心して眠りの世界に入ることが出来るのである。

 平岩先生はご健在なのが嬉しい。御宿かわせみは今のところ自分の持っている文庫本では32巻までしかないけど、もしかしたら現在は更に新刊が発行されているのかも知れない。最近はあまり書店に行かないので、うっかり見過ごしている危険性がある。この先も、せめてるいさんにお孫さんが生まれる頃までのことを書き続けて頂きたいと願っている。

  

   文春文庫:御宿かわせみ(現在32巻保有)

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コメント (2)
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