村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

ひな祭り

2015-02-28 23:19:24 | 紫廼茶話会
今日は七事式の稽古だ

仙遊之式
茶通箱付花月
四畳半花月
みっちり稽古した

床は立ち雛の軸
寄付には蓮月の短冊
飾り付けも愛らしい




雛祭り(ひなまつり)は
女子のすこやかな成長を祈る
節句の年中行事。
ひいなあそびともいう。

ひな人形(「男雛」と「女雛」を中心とする人形)を飾り、
桃の花を飾って、白酒や寿司などの
飲食を楽しむ節句祭り。
雛あられや菱餅を供える。
《ウィキペディアより》

ひな壇はお
内裏様、三人官女、五人囃子、随身、仕丁などのほかに
三歌人(柿本人麻呂、小野小町、菅原道真)
能の鶴亀
稚児2名
三賢女(紫式部、清少納言、小野小町)
など飾ることもあるようだ



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いせ

2015-02-27 23:04:42 | 三十六歌仙
玄関のベルがピンポンと鳴る
お向かいの奥さんだ
今月の俳句の兼題が「椿」だそうで
近所を探していたら
灯台下暗し、ここにたくさん咲いているから
見せてね
との事
お友達と狭い庭へとご案内すると
それぞれ違う色や形に感動していた
お年は七十代後半だろうが
少女のようだった
感性は年を取らないのだ




三十六歌仙の今日は 伊勢

伊勢 (いせ、872年(貞観14年)頃 - 938年(天慶元年)頃)
平安時代の日本の女性歌人。
三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。
藤原北家真夏流、伊勢守藤原継蔭の娘。
伊勢の御(いせのご)、伊勢の御息所とも呼ばれた。

はじめ宇多天皇の中宮温子に女房として仕え、
藤原仲平・時平兄弟や平貞文と交際の後、
宇多天皇の寵愛を受けその皇子を生んだが早世した。
その後は宇多天皇の皇子敦慶親王と結婚して中務を生む。

情熱的な恋歌で知られ、
『古今和歌集』(22首)以下の勅撰和歌集に176首が入集し、
『古今和歌集』・『後撰和歌集』(65首)・『拾遺和歌集』(25首)では女流歌人として最も多く採録されている。
また、小倉百人一首にも歌が採られている。
家集に『伊勢集』がある。
《ウィキペディアより》

小倉百人一首 19番
難波潟 みじかき芦の ふしのまも あはでこの世を 過ぐしてよとや







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初午茶会

2015-02-26 23:26:42 | 茶事 茶会 他会記
朝から雨が降っている
着物を着 雨コートをはおり
雨用の草履を履く

雨の中茶会へ行く
毎年参加する初午の茶会
寄付例年どおり稲荷大明神
御前に綺麗にお供えが飾ってある

初午にちなむ道具の取り合わせ
濃茶と薄茶
そのあとに三友居の点心




雨の日でも茶会は楽し



稲荷神(いなりのかみ、いなりしん)は、
日本における神の1つ。
稲荷大明神(いなりだいみょうじん)、
お稲荷様・お稲荷さんともいい、
貴狐天皇(ダキニ天)、ミケツ(三狐・御食津)、
野狐、狐、飯綱とも呼ばれる。
稲荷系の神社では、玉藻の前(九尾の狐・殺生石)が祭られていることもある。

稲荷神社の総本社は伏見稲荷大社とされている。
元々は京都一帯の豪族・秦氏の氏神で、
現存する旧社家は大西家である
《ウィキペディアより》




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西王母

2015-02-25 23:22:47 | 村雨庵 稽古 
水曜稽古
釣り釜に紹鷗棚
もう一つの炉は台目棚に置水指
そろそろ茶会の準備だ

今日届いた主菓子は「西王母」
西王母は中国の仙女
椿の銘にもあるが

西王母 という能がある


『西王母』(せいおうぼ、さいおうぼ)は能の演目の一つ。
女神物の脇能物。
周の穆王ボクオウの元に美しい貴女が、
帝の威徳によって咲いたという
三千年に一度開花結実する桃の花の枝を
献上しに現れる。
この女は西王母の化身であり、
桃の実を持って来るために
一度天上へ帰って行く。
帝が管弦を奏させて
西王母の来臨を待っていると
極楽の鳥である孔雀と鳳凰と迦陵頻伽が
飛び交う中から西王母が降りて来る。
桃を捧げた西王母は美しく舞いながら天上へ帰って行く。
《ウィキペディアより》




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みぶのただみね

2015-02-24 20:41:44 | 三十六歌仙
百人一首30番
有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし(古今・恋三・625)
壬生 忠岑


壬生 忠岑 みぶのただみね
貞観2年(860年)頃 - 延喜20年(920年)頃)は、平安時代前期の歌人。
三十六歌仙の一人。
身分の低い下級武官であったが、
歌人としては一流と賞されており、
『古今和歌集』の撰者として抜擢された。

(中略)
また、『大和物語』によると藤原定国の随身であったという。

後世、藤原定家、藤原家隆から
『古今和歌集』の和歌の中でも秀逸であると
作風を評価されている。
藤原公任の著した『和歌九品』では、
上品上という最高位の例歌として
忠岑の歌があげられている。

『拾遺和歌集』の巻頭歌にも撰ばれ、
通常は天皇や皇族の歌を置いて
儀礼的意義を高める勅撰集の巻頭歌に
忠岑の歌が撰ばれたのは、
彼の評価がそれだけ高かったからと言える。

また、歌学書として『和歌十種』を著したとされるが、
近時は10世紀後半以降、
『拾遺和歌集』成立の頃に忠岑に仮託されて
作られたものとみる説が有力である。
『古今和歌集』(34首)以下の
勅撰和歌集に81首が入首。
家集『忠岑集』を残している。
《ウィキペディアより》

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二月は逃げる

2015-02-24 00:09:11 | 茶の事
奥歯が痛いので
歯医者の予約をした
面倒だが 出かけよう
木戸を開けると
わがやの椿が花盛り
おもわず写真を撮った






きさらぎや廿四日の月の梅 荷兮


荷兮は カケイとよむ
 
山本荷兮やまもと‐かけい
[1648~1716]江戸前・中期の俳人・医師。
名古屋の人。名は周知。
芭蕉門下で、俳諧七部集のうち「冬の日」「春の日」「曠野(あらの)」を編む。
のち蕉風を離れ、晩年は連歌に転じた。《コトバンクより》

明日は24日
1月は行く、2月は逃げる、3月は去る
駆け足で時は過ぎ行く


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体力・知力

2015-02-23 00:19:35 | 茶の事
料理教室のよていだったが
取りやめ
三月末の茶事の支度をすることにした

濃茶は台目席
置水指の点前

薄茶席は広間で棚を使用する
紹�貎棚を使うことに決め
そろそろの道具の準備もせねば
点前の稽古も始めよう

紹鷗棚は大棚で
炉のときのみ使用可能である
雰囲気が良さそうなので
使うことにした
塗師は茶平一斎
箪笥のような立派な桐箱に入っている
とても私一人では持ち運びできないからと
手伝いに来てくれたサカチカさんと二人で
えっちらおっちら
掛け声かけつつ
ようやく奥から取り出した

お茶をしてますと言うと
お淑やかで優雅な事ばかりかと思うが
とんでもない
今日は
体力勝負の大道具係りと
どこに仕舞ってあるかの知力が勝負の小道具係り

道具を揃えるまで大変くろうする
年を重ねていくほどに
なにぶん力が衰えて
だんだん勝負ができなくなる


にがにがしいつまで嵐ふきの塔 山崎宗鑑



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わからない事 面白い

2015-02-22 01:07:11 | お勉強
昨日の「源氏の会」の時
源氏物語を書いた巻物を最近買ったので
お二人にご覧に入れた
時代もわからないし筆者も不明だが
長々と最後まで開いたことは無い
源氏の会であるからと広げてみていたが
最後に何か書いていないのと松風さまが
仰る
何も書いてないのよと言いつつも
最終まで広げて見ていると
なんと松風様のいう通り何か書いてある
鉛筆の文字が出てきた
写真がそうだ

実陰さんの筆と言はれてる由
昭和35年10月14日実篤

と書いてある
昭和35年は55年前
実篤は武者小路実篤か不明だが

実陰を調べると
武者小路実陰ムシャノコウジサネカゲ
江戸中期の歌人・公卿。京都生。
武者小路公種の養子。
参議を経て、従一位権大納言に至る。
霊元天皇より古今伝授を受け、
中御門・桜町両天皇の和歌師範を務めた。
歌論『初学考鑑』・家集『芳雲和歌集』があり、
堂上歌壇の中心的存在であった。元文3年(1738)歿、78才。
《Weblio美術人名辞典より》


こうして
不明な事柄を調べる事が
面白く
楽しい作業だ

元文三年とは
277年前
長く年を経た
道具を見ると 
つくづく
人の命は短いと思う
短い命を
大切に
味わって生きよう



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さくやこのはな

2015-02-20 23:10:04 | お勉強
毎月一度
源氏の会
源氏物語を原文で読む
一度完読してよくわからないから
もう一度やりなおしている

会員は紫兎先生と松風さん
お二人とも先日の大炉の茶事にお越し頂いた
その話の続きで寄付に掛けた難波津の歌
源氏物語の「若紫」の帖に出ていますよと先生がおっしゃる
松風様とぽかんとしていた
本も出ているので早速見ると


「まだ『難波津』をだに、
はかばかしう続けはべらざめれば、
かひなくなむ。」

……まだ
初心者が書き始める「
難波津の歌」を
続けて書くこともできませんので
とある


難波津の歌は『古今集』仮名序の
「難波津に咲くやこの花冬ごもりいまを春べと咲くやこの花」
また習字の初歩練習用の歌でもある

千年前の物語にもある
歌の力に
感動



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なごりの雨

2015-02-20 00:03:03 | 村雨庵 稽古 
月に一度の茶の稽古
今日は大炉の稽古
初炭・濃茶・後炭・薄茶
あとは逆勝手の平花月
終わるやいなや
木曜稽古があるので急いで帰る

今日の花を頂戴した
椿は
「江戸絞り」という銘



ねこやなぎ名残りの雨に日の通る 蛇笏




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梅便り

2015-02-18 23:58:33 | 村雨庵 稽古 
今日は水曜稽古
午前中から寒く
冷たい雨が降っている
お稽古は二か所の炉をひらき
大炉と台目を稽古


掛物は

紅梅に御所人形
色づかいも綺麗だが
詳細は不明

それに短冊が貼ってある


天地のよろづの神も善し悪しの
かわるは人の心のみかわ 高尚




今日届いたお菓子は「紅梅」
あちらこちらに梅の道具が多く出る

梅便りの二月だ







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池田炭

2015-02-17 23:43:59 | 紫廼茶話会
寒い
家を出ると霙が降っていた

今日の予定は二か所ある
久しぶりのダブルヘッダーだ

昼間はお茶の稽古
夜はお料理
お腹は温かくなったが
外は寒く
冷たい雨が降っている
明日も寒いらしい
炭のぬくぬくする温かさが
恋しい

池田より炭くれし春の寒さ哉 蕪村



いけだ‐ずみ【池田炭】
兵庫県川西市の一庫(ひとくら)付近で作り、
大阪府池田に出荷したクヌギの木炭。
一庫炭ヒトクラスミ。
《コトバンクより》






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難波津に咲くや此の花

2015-02-16 22:59:27 | 村雨庵 茶事茶会
茶事の待合
障子を閉め明るさを調整した
お客様は
日中の明るい外から入る
少し暗めの部屋で
目が慣れない時もあろうが
煙草盆があるので気を付けて進もう
置いてある場所が悪いと
思わず蹴飛ばしてしまう場合もある

掛物は茶事の先導役
如月の茶事は
冷泉為村筆
和歌二首
難波津に咲くやこの花冬ごもり
今は春べと咲くや此の花

あさか山かげさへ見ゆる山の井に
浅くは人を思うものかは
宝暦8年11月12日授為村

古今集仮名序
宝暦8年とは1758年
いまから257年前

冷泉為村は冷泉家15代
江戸中期の公卿 歌人

寄付きには新井勝利の梅の図
公達のやさしい面立ちに
癒される







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村雨庵如月茶会

2015-02-16 00:15:34 | 村雨庵 茶事茶会
村雨庵如月
今日も茶事
昨日と同じ取り合わせ
本席の掛物は
近衛稙家の一行
南無天満大自在天神

近衛 稙家 コノエタネイエ
文亀2年(1502年)12月- 永禄9年7月10日(1566年7月26日))は、
戦国時代の公家・関白。
藤原北家摂家近衛家第15代当主。

父は近衛尚通。母は徳大寺実淳の娘維子。
妻は久我通言の養女慶子(細川高基の娘)。
妹の慶寿院は室町幕府第12代将軍足利義晴室として
第13代将軍義輝・第15代将軍義昭兄弟を生んだ。
子に関白太政大臣近衛前久、
娘(足利義輝室)などがいる。
また、斎藤正義も稙家の子(庶子)といわれる。
《ウィキペディアより》

稙家は
近衛信尹の祖父でもある
細い軸だが
すらすらと書いた文字から
内包する力が溢れている
落款は藤原朝臣梅とある



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如月南無天神の正午茶事

2015-02-14 22:30:57 | 村雨庵 茶事茶会
鶯の逢ふて帰るや冬の梅
           蕪村

茶事当日 
今朝は寒い
水屋が3名それに亭主と半東
お客様は紫兎先生はじめ
いつものお仲間
六名様

今回は2月
干菓子は
味噌煎餅とすり琥珀 

二の字煎餅
今回は
二の字と雷を書いた
すり琥珀は 牛

天神様に因んでの
取り合わせ

干菓子はもう一つ
取り寄せた
菓子屋はかぎや政秋製
「ときわ木」
中々美味しい


主菓子は
練切の宝珠

明日も茶事だ









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