村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

緑の早苗サナエ里毎サトゴトに

2022-06-30 23:49:13 | 村雨庵 稽古 

 藤原定家
うゑくらす
緑の早苗さとごとに
民の草葉のかずも見えけり

今日は木曜稽古
掛物は朝顔の絵を寄付に
本席は
社頭水とある短歌
阪正臣筆

阪正臣 バンマサオミ
安政2年3月23日(1855年5月9日) ~昭和6年(1931年)8月25日)
歌人、書家、古筆研究家、宮内省御歌所寄人。
現在の愛知県名古屋市生まれ。
正四位勲三等。
本名は坂 正臣。
幼名、政之介、
字は従叟、
号は茅田、観石、桃坪など、
居を樅屋と称す。
和歌を富樫広厚に学ぶ。
鶴岡八幡宮、伊勢神宮などに奉仕。
宮内省御歌所に入り、
宮廷歌人として皇族たちに和歌や書を教えた。
華族女学校教授、御歌所寄人・主事、等を歴任。
懐紙 穏健な親しみやすい仮名で、
女子用書道教科書の手本を書いたため、
その書風が流行した。
石碑の書も手がけ、
現在全国に25基ほどの石碑を確認できる。
御歌所長である高崎正風や、大口周魚等が
結成した難波津会(上代様の仮名書道研究会)に所属。

人物の経歴など忘れなければ良いのだがね

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樹陰泉コカゲノイズミ

2022-06-29 23:33:55 | 村雨庵 稽古 

  樹陰泉
  遠山英一
ゆくと しも見えぬ木陰の岩清水
崖のしずくのたまるなりけり 

 遠山英一トオヤマエイイチ
文久3年(1863)生~昭和30年(1955)歿 94才
歌人。御歌所寄人。
長野県生。
号に篁堂・虚心園。
はじめ小出粲コイデツバラ、のち高崎正風に師事。
新聞雑誌に携わる傍、和歌の研究に従事した。
明治28年御歌所に入り、
御歌所録事より累進して
大正9年御歌所寄人となる。
能書家で知られ、
伊那国風会その他、
郷土旧派歌人の指導に貢献した。

今日は水曜稽古
掛物は
遠山英一の懐紙
お菓子は
千草庵の紫陽花金団
梅雨が早くにあけて
紫陽花ももう終わり
こうこうと日光に照らされ
わが庭の植物はつらそうだ
今朝は早起きして水を撒いたが
焼け石に水かも



 

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さ月の空はあはれなるかな

2022-06-28 23:12:28 | 食事会

 藤原俊成
郭公
鳴くやとおもへば
鳴かぬ夜も
さ月の空は
あはれなるかな

写真は
MOA 美術館から撮ったもの
実際はもっともっと
綺麗
今日は
新幹線にて熱海へ

MOAの
現在の展覧会は
所蔵 冨嶽三十六景と東海道五十三次
後期展示 6月17日(金)〜7月18日(月)

国宝 仁清の藤花文茶壺
光明子の五月一日経など。拝見

五月一日経(ごがつついたちきょう)とは、
藤原安宿媛(光明子、光明皇后)が
父 藤原不比等、母県犬養橘三千代の
菩提供養のために 
発願した一切経のことである。
光明皇后願経とも呼ばれる。
現在に伝わっている経巻が多く、
奈良時代の写経の代表作である。

美術館のアートに触れ
そして美味しいものを食べる
これ以上の事があろうか

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相見しもまた見ぬ恋も郭公

2022-06-27 23:40:51 | 村雨庵 稽古 

 よみ人しらず
あひみしも
またみぬこひも
郭公
月になくよぞ
よににざりける

今日は特別稽古日
炭手前をして
お点前するのだが
その前に
 ○聞香の香炉を作ろう
1.香炭団に火をつけておく。
2.香炉の灰を火箸でぐるぐるして空気をいれる。
3.灰を平らにならして真ん中にTを書く。
4.火のおきた香炭団をTにいれ表面と同じ高さに揃える。
5.香箸で灰をかきあげる。
6.灰押さえで灰を押さえる。
 羽でまわりの灰をぐるりとして、
 もう一度灰押さえで押す。
7.一本足の位置に火箸で聞筋キキスジをいれる。
8..真ん中に火穴をあける。
9.聞筋キキスジを正面にする。

私はつくる

炭手前のあとに
聞香をしよう

写真は浜離宮

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なにかは露をたまとあざむく

2022-06-26 22:39:28 | 植物・茶花

僧正遍昭
蓮葉の 
にごりにしまぬ
心もて 
なにかは露を
たまとあざむく

今日は文の会
いつものイタリアンでランチ
お昼は予約で満席
昨日予約しておいて良かった
パスタ2種類とワインとおつまみ
サラダがついてくる
支払いは二人で五千五百円位
お昼のワイン飲むは
すこぶる良し

文の会は
伊勢物語をちょっとだけ読むことにした

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柏木に葉守の神は坐イマすとも

2022-06-25 22:26:53 | 茶事 茶会 

柏木に葉守の神は坐イマすとも
人馴らすべき宿の梢か
 源氏物語 柏木ヨリ

今日は茶事
香の茶事に私一人参加
香の茶事
汲出を頂戴し
露地にて迎付を受けていざ席入となったが
手がかりが開いてない
さてと 思ったが
普通に開けて席入
後で知った
席中で名香がたかれているので
一人一人席入したら戸を締めること
だったらしい
学んだ

主客挨拶が終わると
床の間に飾ってある香炉をお尋ねする
その四方盆の香炉と重香合は
ご亭主のもとへ運ばれるや
ゆったりと袱紗で香炉を浄め
それから正客へ香炉が回る
香を聞いて香銘など伺い
香炉はご連客へ次々送られ
またご亭主へともどる

久しぶりに香を聞くが
皆様の香聞く姿の美しいこと
伽羅の香りのなんと
豪華なこと
空間が色ずくようなことも
すっかり忘れていた

香炉が一周すると次は
持参の香あれば香炉が回る
私は伽羅 銘武蔵野を持参
志野袋から常のように香木をたく
試し聞きをして
その香炉はまずご亭主へ
それからご連客様へと回り
最後に自分にもどる
また次ぎに
香炉はほかのご連客様のところ
伝来の伽羅がたかれて
その大きなことに驚くが
香木を三チュウ
それも伽羅を聞けて 嬉しい

香のあと懐石
そのあと初炭
香合の中には先程の香のすがれがあり
炭をつがれ後に たかれた
すぐさま香りたつ
至福のときが広がる

あとは
菓子がでて中立
ドラで後入となる

コロナ禍では
香の会もなかったから
聞くチャンスもない
香の茶事は
香を扱う分の時間がかかるが
王朝の雅を五感で味わい
想像以上に癒される
幸せなひとときを過ごした

写真は昨日の浜松町ホームから
上りの新幹線が止まって動かない
何かあったか

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久松切ヒサマツギレ

2022-06-24 23:53:53 | 覚えたい古筆

ひらひらと挙コゾるあふぎや雲の峰 芭蕉

 覚えたい古筆
 久松切ヒサマツギレとは
伊予国松山の久松家に伝来した
和漢朗詠集
元は巻子本で上下二巻
時代は平安時代 12世紀
伝承筆者は藤原行成筆
料紙は
金銀の砂子に飛雲
上巻は断簡となり美術館や個人蔵
下巻は巻子で出光美術館蔵

今日は銀座で茶会
道具が素晴らしく
眼が喜ぶ
薄茶二服頂戴し
喉も喜び
ついつい にやける

写真は銀座の角
ちょっと通りすぎたが
戻って撮った

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三色紙とは

2022-06-23 23:57:02 | 村雨庵 稽古 

古来、三色紙は
古筆中でも最高のものといわれ、
色紙の三絶
と称されている。

三色紙とは、
平安時代屈指の
「かな書」の名筆(古筆)である、
『継色紙』、
『寸松庵色紙』、
『升色紙』の総称である。

「三色紙」の語が定着したのは
昭和初期頃と推測される。
もとは冊子本で、
それが分割されて色紙形になった。

伝称筆者は、
『継色紙』が小野道風、
『寸松庵色紙』が紀貫之、
『升色紙』が藤原行成とされてきたが、
今日では否定され、筆者は不明である。
書写年も未詳であるが、
『継色紙』が
10世紀半ばから11世紀前半、
『寸松庵色紙』と『升色紙』が
11世紀後半とされている。

10世紀半ばは、
かなが草仮名から女手へ発展する頃で、
『継色紙』では草仮名が使われている。
それから、藤原行成や藤原道長の時代に
「かな書」は全盛期を迎え、
『高野切』などが生まれた。
『寸松庵色紙』と『升色紙』はそれより少し後の
院政期を迎えるころのものである。
(ウィキペディアより)

木曜はお茶のお稽古。
寝ぼけてアップしたつもり、
しないで寝てしまった。
最近よくある。
したつもり。
けして忘れないのは食べること。
そのそれさえも忘れてしまうかと
心配。

写真は新橋駅

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五月雨に鶴の

2022-06-22 23:57:36 | 村雨庵 稽古 

五月雨に鶴の足みじかくなれり 芭蕉

今日は水曜稽古
朝いつもより15分遅れて起きたところ
何かと忙しい
新聞を取りに行って
帰りに庭の花を切ってくる
花を入れるのは雪さんに頼んだ
花台にのせて花を入れてみよう

花台の綴じ目は
丸前角向こうだから
四角はむこうにして
水で濡らしそれを清めて
花を花台の左側に置き
右側向こうに
花水次に茶巾を添えて
左側手前に花刀を置く
これに
霧吹きと
布巾も持ち出し
花を入れて
そのあと必ず霧をふく

水屋の花溜めの花を使って
稽古の後先の時間に
花を入れてみよう
そして茶花の名前を覚えよう

写真は御弟子様からのお菓子

美味、包装も綺麗だ

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鮎くれて

2022-06-21 22:09:24 | お習字

鮎くれてよらで過行スギユク夜半ヨワの門 蕪村

今日は書道部の日
十時から十六時
お習字の前にちょっと銀行
月毎届く野菜ジュース代と
同じく森永のお肌に良いドリンクなど支払い
銀行で下ろしてコンビニにて支払い
偶然お弟子様のさわわ様に会った
あらっと手を振って嬉しい気分で家に戻る
木戸の紅葉がやけに繁ってる
今日は書道部でお習字をする日なのだが
麦わら帽子にタオルを首に巻いて準備完了
お弟子様に頂いた長柄挟みを手に
紅葉の伸びた枝を切る
切るわ切るわ
切り始めたら止められない
気がつくと
枝がほとんどなくなって坊主 
後悔した
次は白木蓮
天へと真っ直ぐ伸び上がる枝を
いくつも切る
此方は柔らかいので
さくりさくりと気持ち良く切る
つづいて隣のニッサという木も
さくりさくり
足元には枝が山のようになった
陽が照っているわけではないが
あせびっしょり
切った長い枝はまだゴミ袋に入れず
取り敢えずまとめて
枯れたら小さくなるのでそれから捨てる
その他の短いものはゴミ袋にまとめて
三袋
シャワーを浴びお昼を食べ
お習字の机の前にやっと
座って
お習字よりまだすることあり
来週MOA 美術館に出かける時間の電車を探す
ともう3時過ぎてしまった
残り時間は集中あるのみ
三枚ずつ書いて
仮名と高野切れの臨書完成
結構充実した一日
我ながら元気だ

お習字をみっちりすべきな事はわかるのだが
銀行の雑用と植木の手入れ
外出の手配など
その他の用事をいくつも見つけて
そちらを優先してしまう
よくあること

 

 

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夏至夕べ

2022-06-20 23:48:35 | 食事会

空にふと蛾を追ふ雀夏至夕べ 皆吉爽雨

皆吉 爽雨 ミナヨシソウウ
福井県出身の俳人。
本名・大太郎。
福井市上宝永町に生まれ
1919年、住友電気工業に入社。
「ホトトギス」に投句し
高浜虚子に師事する。
1922年、「山茶花」創刊に参加。
1936年、「山茶花」選者。
(ウィキペディアより)


今日は
インターコンチネンタル
東京ベイへ
いつもの三人で誕生日祝のランチ
予約を入れたのが
私ではないので
行ったことあるような感じだったが
来てみると
やはり以前来たことあるお店
帰りは竹芝から
ゆりかもめにのって
汐留で降り
浜離宮恩賜庭園 へ
中島の御茶屋で
お抹茶とお菓子で癒される
心地よい風が吹くいて
爽快だった

明日は夏至

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五月雨のそらもとどろに郭公

2022-06-19 23:52:04 | 茶事 茶会 

 紀貫之
五月雨の
そらもとどろに郭公
なにをうしとか
夜ただなくらむ


今日は
サカチカさんの茶事
私は水屋を担当
近いが歩いてはいけない距離
タクシーを呼んで行くのだが
その前に
庭の花を切って持っていくことになってる
うちのと言ってもたいしてない
糸すすき
しもつけ
未央柳
水引
半化粧を持っていった
「半夏生」(はんげしょう)とも書き
葉の半分ほどが
  白くなることから。
「片白草」(かたしろぐさ)とも言う


「半夏生」(はんげしょう)とは
夏至から数えて11日目頃
(もしくはその日からの5日間)を
「半夏生」と呼ぶが、
  その頃に花が咲くことから。
その名がついた

「半夏生」=「1年の真ん中」
   1/1~12/31の1年の、真ん中。
   「7月2日」のことが多い。
   「7月1日」のこともある。そうだ
   
写真はその花
花入は唐物
半化粧は使われなかったようだが
山紫陽花と白の京鹿子
未央柳に水引と下野シモツケ
可愛らしい

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短夜のふけゆくままに

2022-06-18 22:21:25 | 食事会

 藤原兼輔 フジワラノカネスケ
短夜の 
ふけゆくままに 
白妙の 
峰の松風 
ふくかとぞきく

 藤原 兼輔 フジワラノカネスケ
元慶元年(877年) ~ 承平3年2月18日(933年3月16日))
平安時代中期の公家・歌人。
藤原北家、右中将・藤原利基の六男。
賀茂川堤に邸宅があったことから
堤中納言と号した。
小倉百人一首では
中納言兼輔。、三十六歌仙の一人。


今日のNHKテレビのブラタモリでは
京都の鴨川がテーマ
貴船川が鞍馬川と名を変え
それから賀茂川となり
やがて高野川と合流すると鴨川になるとか

写真は賀茂なす
その賀茂氏でできた野菜
ふくもとに予約して
今日はバイ様と食事会
煮物椀の
あまりの美味しさに
生き返った

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しづ心なく見ゆる早乙女

2022-06-17 23:26:10 | お勉強

 藤原顕季
たねまきし 
早苗の稲の 
おひぬらむ 
しづ心なく 
見ゆる早乙女

 藤原 顕季フジワラノアキスエ
平安時代後期の貴族・歌人。
藤原北家魚名流、正四位下美濃守・藤原隆経の次男。
官位は正三位・修理大夫。
六条修理大夫と号した。
歌道家の流派の一つ 六条藤家の祖。
善勝寺流初代。
(ウィキペディアより)


今日は午前中
病院に行く
ガンの再発の検査だが
毎回緊張する
今回も何とか無事だったが
次回もそうだとは言えない
次の検査は半年先 
それまでは取り敢えず
普段通りに生活できるだろう
勿体ないから怠けずに
自分を楽しもう

午後は朝日カルチャ-へ
楽茶碗のお勉強
楽家の土は
先代のを使うことになっているようだ
反対に釉薬は自分で作った使うとか
四代一入の黒茶碗は土見せになっていた
「この土が聚楽土」
「了入の時に京都に大火があり、
次ぎの代の土がなくなってしまった。
そのあとは伏見の土になり、
土は白くなった。」とのことだ
今日習ったこと全て
忘れなければ良いのだが

写真は
まだまだ整理されてない渋谷

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山のゆふべに雨晴れぬ

2022-06-16 23:59:46 | 村雨庵 稽古 

 若山牧水
六月の 
山のゆふべに 
雨晴れぬ 
木の間にかなし 
日のながれたる

六月は水無月とも言う
神無月が「神の月」であるように
水無月は「水の月」
田植が終わって
田んぼに水を張る必要のある月
「水張月(みずはりづき)」
「水月(みなづき)」
であるとする説もあるらしい

今日は木曜稽古
六月も半分過ぎて
令和四年ももうすぐ半分過ぎようとしてる
過ぎ去る時間の早いこと
脅威だ

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