村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

春を待つ

2016-01-31 23:15:50 | Weblog
春を待つ商人犬を愛しけり 普羅

前田 普羅
まえだ ふら
1884- 1954
俳人
高浜虚子に師事

早稲田大学英文科中退。
横浜裁判所勤務、
時事新報社を経て
報知新聞社横浜支局の記者となる。

石鼎、飯田蛇笏、村上鬼城らとともに
大正初期の「ホトトギス」代表作家として評価される


日曜日の夜
NHKのEテレにて
古典芸能への招待を見ている
松風さんがメールをくれた
青のボタンを押すと
副音声で解説がきこえる
出し物は
夜討曽我と砧
衣装が美しく
謡も心地よい

わからないことばかりだ 

若い頃三十代半ば頃だったか
国立能楽堂の定期能を毎月のように観ていた
なんの意味もわからず
唯々美しい時間が流れていることを感じていた
のだが

今年から
松風さんと
謡を習うことにした
初稽古は二月の末だから
まだ先のことだが
どうだろう
どんな感じだろう
茶道と能とは切って切れないもの
それが何かを
知りたい



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いずみ しきぶ

2016-01-30 23:02:30 | 中古三十六歌仙
中古三十六歌仙の一人

和泉 式部
いずみ しきぶ
978頃 - 没年不詳

父は大江雅致
母は平保衡

和泉守・橘道貞の妻
道貞との子は歌人の小式部内侍

冷泉天皇の第三皇子・為尊親王と
その同母弟・敦道親王の恋愛が有名

一条天皇の中宮・藤原彰子に女房として出仕

恋愛か遍歴が多く、
道長から「浮かれ女」と評され
歌の才能は同時代の大歌人・藤原公任にも賞賛された

小倉百人一首56番
「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」

今日は一日のんびり 
することはあるのだが
のんびりゴロゴロ
寝たり寝たり
どうも少し
風邪気味のようだ

写真は
ゆり根しんじょ
人参の羽子板と
柚の羽根
思わず誰もが微笑む



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冬の梅

2016-01-29 22:29:48 | Weblog
鶯の逢ふて帰るや冬の梅 蕪村


椿は羽衣と
枝は伊予水木

月に一度の茶の稽古も
今日は初釜

寄付は一行
本席は懐紙
瀬戸の肩付茶入に
嶋台茶碗
はなびら餅に干菓子は
紅白梅に松葉と鶴の三種盛り

今年も貴重なる
この時間を
今以上に精進
集中して茶道に向きあおう


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寒椿

2016-01-29 00:15:13 | 村雨庵 稽古 
折り取つて日向に赤し寒椿 水巴

渡辺 水巴
わたなべ すいは
1882 - 1946
東京出身の俳人。
父は渡辺省亭

村上鬼城や飯田蛇笏などとともに
大正初期の「ホトトギス」中興を支えた俳人のひとり


今日は木曜日稽古
写真はその菓子
餡に干し柿の味がした

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寒の水

2016-01-27 23:55:17 | 村雨庵 稽古 
見てさへや
惣身にひびく
寒の水 
一茶

今日から少し寒さもゆるむとの
天気予報

炉中を清め
種火を入れ
釜を掛ける
まだまだ水は冷たい
眠気が覚める冷たさだ


水曜稽古
朝からメールが二つ入る
今日はお休みしますと
今日は遅れますと
じゃあ
午前中はのんびり出来るかと
釜をかけるまで支度をし
玄関の鍵を掛けておいた
するとお昼頃ピンポンがなって
お弟子様がお見えだ
「今日はお休みですか」

いやいやまだ誰も見えていないから
だけで
普通は鍵を掛けているのだ

お稽古ありますよ
今日は水曜日



写真は訶梨勒(かりろく)
魔除けだ

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むらさきしきぶ

2016-01-27 00:04:00 | 中古三十六歌仙
中古三十六歌仙の一人
ご存じ
紫式部
むらさきしきぶ

生没年不詳
平安時代中期の女性作家
・歌人

藤原為時の娘
母は藤原為信女

藤原宣孝に嫁ぎ、
一女を産んだ(大弐三位)

夫の死後、一条天皇の中宮・藤原彰子に仕える


藤原定方、藤原兼輔は
ともに
父方の曽祖父

『源氏物語』、
『紫式部日記』
『紫式部集』


今日は用事があり
松風さんと12時に待ち合わせ
ところが渋谷に着き時計を見ると 
なななんと
ちょうど12時

時間調整のため
今日でなくとも良い郵便局へ行き
電車を乗り過ごしては
戻ったりしていた
ただ思い込みで
時計を見なかったのが
いけない

時間の計算を間違えることが
多いので
最近は携帯に
起きる時間
支度する時間
家を出る時間
約束の時間と4つを
セットすることにしたのだが
今日は12時だから
気にしなかった
あぁあ
トホホだ


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晴天・某所・初釜

2016-01-25 21:05:17 | 茶事 茶会 他会記
紫兎先生のお誘いで
某所の初釜に参加させて頂く

床は神の字一字
蓬莱山飾りの小梅と結び昆布を肴に一献
そのあと
初炭から懐石
写真はその八寸
伊勢海老とクワイだ
箸を落とし
花びら餅を頂戴すると中立だ
ドラの音に後入
濃茶と薄茶で一会は終わった

おのおのが用意した福引きを持ち寄り
札をひいて
福を分けあった


神かけて祈る恋なし宇佐の春 漱石


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寒餅

2016-01-24 23:10:06 | Weblog
今年はお餅を買わなかった
お菓子屋さんからと
辛子さんから頂いたお餅で足りた

秋田の従姉妹が寒餅を食べたいと言っていたので
ネットでさがして
送った
そのついでに
家の分も頼んだ
それが
今朝一番で届いた

なまこの
海苔と胡麻と黒豆
のし餅の
きび餅

夕方に切りはじめたが
ベタベタ包丁についてしまう
それを拭いたり洗ったりしたが
だんだん
最後のほうになって
そのままでも
上手に切れるようになったが
もうおしまい
餅はない

大寒のただ中にある身の廻り 風生

富安風生
とみやす ふうせい、
1885- 1979
愛知県出身の俳人
高浜虚子に師事
逓信省に勤めながら
俳誌「若葉」温和な作風で知られた。

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出光美術館 書の流儀

2016-01-24 01:11:32 | 美術館・博物館
茶道具屋で茶会の水屋道具を買い
そのあと
出光美術館へ
ロビーで偶然ヒロコ様に会った
今週の日曜日には
我が家で一緒に文の会をしたばかり
ヒロコ様はお習字の先生だから
この展覧会は必見なのだろう
会ったばかりでも
嬉しかった


出光美術館の展覧会
(文字の力・書のチカラU+2162 書の流儀)
2016年1月9日(土)~2月14日(日)
2009年よりスタートしたシリーズ企画
「文字の力・書のチカラ」の第三弾
今回のテーマは「流儀」


筑後切 伏見天皇 
鎌倉時代 重要美術品

第92代天皇
伏見天皇とは

名筆として知られた伏見天皇(1265‐1317)は
平安時代の書に習熟し,
復古的な流麗さをもって著名で,
その皇子尊円親王は
世尊寺流に宋風を加味した尊円流を創めた。
青蓮院(しようれんいん)流とも呼び,
後世の御家流(おいえりゆう)の基礎となった。
(コトバンクより)

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うまのないし

2016-01-22 23:09:16 | 中古三十六歌仙
中古三十六歌仙の一人

馬内侍
うまのないし
生没年不詳

平安時代中期の女流歌人。源時明の娘、実父は時明の兄致明(むねあきら)と考えられている。

斎宮女御徽子女王(村上天皇女御)、
円融天皇中宮媓子、
賀茂斎院選子内親王、
東三条院詮子(円融天皇女御)、
一条天皇皇后定子
に仕えた。

藤原朝光・
藤原伊尹・
藤原道隆・
藤原道兼など

権門の公家と恋愛関係があり、
華やかな宮廷生活を送った。

「拾遺和歌集」以下の勅撰和歌集に入集。
家集に「馬内侍集」がある。
(ウィキペディアより)

 
我が恋に
くらべてしがな
雨ふれば
庭のうたかた
数をかぞへて(馬内侍集)


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大寒

2016-01-22 01:58:37 | Weblog
今日は木曜稽古
だが
お弟子様達 誰も来ない
だからと
ごろごろ
寝たり起きたり
寝たり食べたり

夕ご飯を済ませ
プレバトを見ていると
ピンポンが鳴った
声は
お弟子様の森金さん
そうだった
すっかり忘れていた

夜の部のお稽古
以前は混み合い
座る所も詰めるほどだったが
最近は少なくなり
森金さんと他におひとり位である
それも仕事が忙しく
今年に入ってまだ一度も来ていない
で森金さん
この木曜には来ると先日聞いていたが
忘れてた

茶室は暗く寒い
茶室の灯りとエアコンをつけ
種火をつぎ 釜をかける

今日の点前は
台子の初炭
行の行台子に台子の薄茶
稽古はすみやかに終わり
時計を見ると夜11時過ぎている
遅くなったが
充実している

お茶の点前は
いくら頭で考えていても身につかない
自宅でできるならそれでも良いが
案外一人ではしないもの
足や体調で出来なくなったりもする
だからお弟子様
ひとりでも遠慮をしないで
稽古に来て点前をしよう
頭と身体に良く
心にも良い


今日は大寒
森金さんの家まで
自転車で10分くらいだが
寒いし夜も遅い
無事到着メールを受信し
安心した

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二十日正月

2016-01-20 23:03:30 | Weblog
今日は一月二十日
この日を二十日正月ともいうようだ

二十日正月
はつかしょうがつとは、
1月20日のことを指し、
この日を正月の終りとなる節目の日とする
土地も多い。

かつては正月の祝い納めとして
仕事を休む
物忌みの日であった。
この日をもって正月の行事は終了する。

京阪神地方では、
正月に用いた鰤の骨や頭を酒粕・野菜・大豆などと一緒に煮て食べることから
骨正月・頭正月とも言う。

他の地方でも、
乞食正月(石川県)、
棚探し(群馬県)、
フセ正月(岐阜県)などと言って、
正月の御馳走や餅などを食べ尽くす風習がある。
(ウィキペディアより)


水曜稽古だが
朝からとても
寒い
あらかじめエアコンを暖房にして
朝食を食べる間
しばらく置いておき
少し空気が暖まってから
種火を炉に入れ炭をつぎ
釜をかけておく

朝九時半
お菓子屋さんがお菓子を届けてくれた
今日は浮島製の銘は
若竹
それと金箔ののっている
鹿の子

いずれも
新年の雰囲気がある

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和漢朗詠 早春

2016-01-19 23:23:53 | 紫廼茶話会
紫兎先生のお稽古
お菓子は
福寿草
鶴屋吉信だとか

白抜きの染付の器に良く映える


和漢朗詠の「早春」
漢詩は

氷消田地蘆錐短。春入枝条柳眼低。
氷 田地デンチに消えて蘆錐ロスイ短く
春は枝条シジョウに入りて柳眼低し

先遣和風報消息。続教啼鳥説来由
先マズ和風をして消息を報ぜしめ
続いて啼鳥テイチョウをして来由ライユを
説トかしむ、
白居易

東岸西岸之柳。遅速不同。南枝北枝之梅。開落已異。
東岸西岸トウガンセイガンの柳、
遅速チソク同じからず、
南枝北枝ナンシホクシの梅、
開落カイラク已スデに異コトなり
慶滋保胤


紫塵嫩蕨人拳手。碧玉寒蘆錐脱嚢
紫塵シヂンの嫩ワカき蕨ワラビ人手を拳ニギり、
碧玉ヘキギョクの寒き蘆錐嚢アシキリフクロを脱す。
小野篁

気霽風梳新柳髪。氷消波洗旧苔鬚。
気キ霽ハれては風カゼ新柳シンリュウの髪を梳クシケヅり、
氷消えては波ナミ旧苔キュウタイの鬚ヒゲを洗ふ。
都良香

庭増気色晴沙緑。林変容輝宿雪紅。
庭ニワ気色キショクを増せば晴沙セイシャ緑なり、
林に容輝ヨウキを変ずれば宿雪シュクセツ紅なり。
紀長谷雄


和歌は
いはそそぐたるひのうへのさわらびの
もえいづるはるになりにけるかな
志貴皇子 古今和歌集



やまかぜにとくるこほりのひまごとに
うちいづるなみやはるのはつはな
源正澄 古今和歌集


みはたせばひらのたかねにゆききえて
わかなつむべくのはなりにけり
平兼盛 続後撰和歌集


見わたせばやなぎさくらをこきまぜて
都ぞ春のにしきなりける
素性法師 古今和歌集

むーん
難しい




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どうみょう

2016-01-18 23:27:57 | 中古三十六歌仙
雪が降る
との天気予報
やけに冷え込んで来た
と思ったら
雨音がしきりとする
強風が吹いて
ガタガタ音がした
朝方 雪が降った
そしてそのあとに雨

整形外科の帰りは喫茶店
ホットサンドと珈琲を
おやつにひと休み
これでは 痩せない


中古三十六歌仙の一人

道命
どうみょう
974- 1020
平安時代中期の僧・歌人

父は藤原道綱
母は源近広の娘
阿闍梨、天王寺別当

若くして出家、
天台座主・良源の弟子
長和5年(1016年)天王寺別当。

花山上皇と親しく、上皇の死を悼む歌が残されている。
『宇治拾遺物語』などには、和泉式部と親しかったという説話がある。
『後拾遺和歌集』(16首)以下の勅撰和歌集に57首が入集。
家集に『道命阿闍梨集』がある。
読経の声に優れていたという。
との(ウィキペディア)にあった
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竹取物語

2016-01-17 21:46:12 | お勉強
今日は文の会
会員は3名であるが
新年会のつもりで近くの
イタリアンキッチンにてランチ
お年賀に
バイ様から便箋セット
ヒロコ様からソックスを頂いた
私は富士山模様の手ぬぐいハンカチ

昨年中3人で読んでいた竹取物語は
ようやく今月で完読
かぐや姫が月へ帰るとき
不死の薬を残していったが
天に近い山の頂上で燃やすことになった
その時その旨を受けた
「つきのいわかさ」と言う人物が
たくさんの士ツワモノを引き連れて山に登った
そのことから
その山を
「士に富む山」で「富士の山」と名付けた
だから未だに
不死の薬を焼く煙が上っているのだと
竹取物語の最後の段にあった

富士山は
ツワモノがたくさん
と言う意味だとはネ
そして平安時代は冨士山から煙が出ていたのだとはネ
勉強になりました

次回からは
伊勢物語
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