村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

大晦日

2016-12-31 21:56:08 | Weblog
昨日届いた果物の中に
苺があった
あまおう だ
苺は早く食べるに限る
美味しいうちに食べよう
さっき
中落ちのおろし和えを作った
てんやの天ぷらとで
年越しそばを食べた



除夜の畳拭くやいのちのしみばかり 水巴

渡辺 水巴
わたなべ すいは
1882- 1946
東京出身の俳人。
父は渡辺省亭、
1900年内藤鳴雪を訪れ門下生となる
また同居した妹つゆ女も俳人であった。
1906年、高浜虚子に師事。
1945年、強制疎開で藤沢市鵠村に移り、
1946年に同地で没。享年65。

村上鬼城や飯田蛇笏などとともに
大正初期の「ホトトギス」中興を
支えた俳人の一人で、
江戸趣味を湛えつつ繊細で
唯美的な作風であった。
(ウィキペディアより抜粋)



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高階 貴子タカシナノキシ

2016-12-31 00:55:26 | 女房三十六歌仙
高階 貴子
たかしなの きし / たかこ、
生年不詳 - 996
平安時代の女流歌人。

女房三十六歌仙
別名 高内侍、儀同三司母。

高階成忠(923年 - 998年)の娘、

和歌を能くし、女ながらに詩文に長けた
円融朝に内侍として宮中に出仕し、
漢才を愛でられ
殿上の詩宴に招かれるほどであった。
藤原道隆(953年 - 995年)の妻となり、
内大臣伊周(974年 - 1010年)・
中納言隆家(979年 - 1044年)・
僧都隆円(980年 - 1015年)の兄弟及び
長女定子を含む三男四女を生んだ。

夫・道隆が永延3年(989年)に内大臣、
永祚2年(990年)5月に関白、
次いで摂政となり、
10月に定子が
一条天皇の中宮に立てられた



百人一首
54番   儀同三司母
忘しの行末まてはかたけれは
けふをかきりの命ともかな


いよいよ
今年もあと一日
年末の買い物に出かけたが
どこも混んでる
とても疲れた


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松籟庵様の歳晩茶事

2016-12-30 02:29:31 | 茶事 茶会 他会記
今日は松籟庵様の歳晩茶事
今年最後のお茶事だ
いつも年末は
想望庵様の除夜釜の茶事だったが
今年はない
とのことだった

歳末歳晩歳暮には
どこか茶会や茶事に行きたいもの
松濤庵さまは
いつもは新年の茶事を披かれたが
今年は年末にお招きいただく



申年の歳晩茶事
エフ先生もご参加になり
お客様は七名
初炭と懐石
濃茶 薄茶の
お茶事の時間はあっという間に過ぎ
帰りの時間になってしまった
来年も茶の年になりますようにと
祈りつつ
帰路につく


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八条院高倉ハチジョウインノタカクラ

2016-12-29 00:40:15 | 女房三十六歌仙
八条院高倉
はちじょうのいんのたかくら、
1176頃 - 1248以後 1251以前、

鎌倉時代初期に活躍した歌人である。
新三十六歌仙及び
女房三十六歌仙の一人。
藤原南家貞嗣流、
藤原通憲(信西)の孫で
安居院法印澄憲の娘。
1211出家、奈良法華寺に入り
空如と号した。
(ウィキペディアより)


今年もあと少し
申はもうすぐ
さることながら
酉はおっ とり 
やってくる


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師走の夕月夜

2016-12-28 00:49:23 | 茶道具、古美術、骨董
たび寐よし
宿は師走の
夕月夜   芭蕉


久しぶりの汐留
今日平日なので夕方はサラリーマンばかりだ

紅虎餃子房
汐留シティセンター店
高菜とレタスの炒飯
餃子と野菜と根菜の甘酢炒め
ゴマアイスを食べて完了


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晴誓庵席披き茶事

2016-12-27 00:45:48 | 茶事 茶会 他会記
昨日の日曜日は
サカチカさんちの新席披き
駅で凜さんと辛子さんと待ち合わせた
凜さん早く着いたので
連絡あり
珈琲屋で辛子さんを待つ
時間ピッタリ辛子さんの姿が見える
改札口の見える喫茶店があるなんて
自分の駅なのに知らなかった


今回お客様は社中とお客様の
9名様
本懐石なのだが
水屋は森金さんひとりで
大変だ
汁替えのときは頑張って
無駄な動きのないように
集中
正客はアイテラ氏
次客はケンケン
三客辛子さんと四客は想望庵様あとは社中が並ぶ
濃茶は二椀
お菓子はクリスマスツリーのような金団
薄茶も二服ずつ
干菓子はすり琥珀の雪と州浜の松
終わると
紅茶とフルーツケーキと
手土産のシュークリーム
ほんとに よく食べる
みんな元気だ
茶事は楽しい


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晴誓庵新席披き

2016-12-26 08:43:16 | 茶事 茶会 他会記
書こうと思っていたのに
スマホ持ったまま
寝てしまったらしい…
様子は
今夜


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メリークリスマス

2016-12-25 03:15:37 | Weblog
へろへろとワンタンすするクリスマス 
秋元不死男

年賀状をいつも私は
お正月に書くのだが
今年はどういう風のふきまわしか
今日 年の内に書いている
あと宛名を書いて投函すれば良いだけだ 
昨年は年賀状を書く気力がなく
1枚も出さなかった

年賀状が来なかったけど
どうしたのかと
ある先生からの葉書
年賀状は出した方が良さそうだ
その先生へ
3月の茶会の件で電話をすると
遊びにいらっしゃいとのことで
昨日伺った

先生は89才
私よりスタスタ元気に歩かれる
ポンカンと焼売の手土産に
焼売は嫌いなのとのご返事
中華料理大嫌いなのよと
じゃあ持ち帰りましょうか
でも置いといて
と収まった
言葉も声もしっかりしている
お話しの内容によっては
まだまだ痛烈な批判も飛び出す
曖昧な返事をしようものなら
すぐ指摘する声が
飛んでくるだろう
ちゃんとお話しを聞き
正しい相づちを打たねばならない
山菜おこわの
お昼をご馳走になったが
自分だけ
早く食べてはいけない
食べる速さを
先生と合わせなければ
駄目だ
いつもより沢山噛んで
ゆっくり動作した

11時から 
夕方五時過ぎまで
休まずたくさんのお喋りをした
刺激的で楽しい時間だった
帰リの挨拶のとき
思わず涙がこぼれる

またいらしてね
必ずよと先生
参ります必ず伺いますから
お元気でいらして下さい
返事や相槌のタイミングを
もっともっと精進しますからね
メリークリスマス



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大弐三位ダイニノサンミ

2016-12-24 00:05:20 | 女房三十六歌仙
大弐三位
だいにのさんみ
999-1082頃、
平安時代中期の女流歌人。
女房三十六歌仙の一人。
藤原宣孝の女、
母は紫式部。
本名は藤原賢子
ふじわら の かたいこ/けんし
藤三位(とうのさんみ)、
越後弁(えちごのべん)、
弁乳母(べんのめのと)とも呼ばれる。

長保3年(1001年)3歳ごろ父と死別。
長和6年(1017年)18歳ごろ、
母の後を継ぎ一条院の女院彰子に
女房として出仕。
この間、藤原頼宗、藤原定頼、源朝任らと
交際があったことが知られている。
その後、関白・藤原道兼の次男・兼隆と結婚、
一女をもうけた。
万寿2年(1025年)、親仁親王(後冷泉天皇)
の誕生に伴い、その乳母に任ぜられた。
長暦元年(1037年)までの間に
東宮権大進・高階成章と再婚、
同2年(1038年)高階為家を生む。
他に、一女をもうけている。
天喜2年(1054年)、後冷泉天皇の
即位とともに従三位に昇叙、
夫・成章も大宰大弐に就任した。

歌や実生活から、
母の紫式部と比べ、
恋愛の駆け引き上というイメージを
持たれることがある。
(ウィキペディアより)


58番
大弐三位
ありま山
ゐなの篠原風吹は
いてそよ人を
わすれやはする



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雲龍榛と初音椿

2016-12-23 00:04:55 | 茶の事
月に一度の茶の稽古
小習いの稽古いろいろ

貴人点
実際に御貴人様に
お茶を差し上げることは
殆どないし、
これからもないだろうが
もし
そういう方がいらしたら、
どうおもてなしをするかを
勉強するのだ
日ごろから
お客様は貴人様だ
と思いおもてなしをしよう
その時の
体の動きと
心のはたらきをちゃんと考え
勉強する点前なのだ



写真は雲龍榛ウンリュウハシバミと
初音という名前の椿


外は雨
音立てて雨が降る 
風も強い

武蔵野を横に降る也冬の雨 漱石



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冬至の日

2016-12-22 00:17:17 | 村雨庵 稽古 
今日は冬至
そして今年最後のお稽古
はじめから
お茶を飲むだけで帰ると言い張る
傘寿のカズ子さん
着付の行事が忙しくだいぶ
お疲れとのこと
しばしお客でいたのだが
そのうち今年最後だとの声に
それではと濃茶点前
たっぷりと濃茶を練る
背筋をのばし
呼吸を整え袱紗をさばく
ひと点前終えると
間違いなく
気持ちも体もすっきりするのだ
それに
一昨日植木屋のアオキさんが
年末の植木の剪定をし
狭い庭の落ち葉を綺麗に掃き清めてくれた
これも頗る すっきり気分
よぉし
来年のお稽古も頑張ろう!


野の中に土御門家や冬至の日 太祇

土御門家は先祖が安倍晴明
冬至に陰陽の何かがあるのだろう
野の中にとは
土御門家だけが残っている
難を除けていることか?
わかるひとには解るのだろうが…

炭太祇タンタイギとは
1709-1771
江戸時代中期の俳人。
別号,水語,宮商洞,三亭,不夜庵,徳母。
法号,道源。
水国,紀逸に師事,江戸座の宗匠となった。
宝暦初め京都に移り,仏門に帰依して大徳寺に住した。
宝暦4 (1754) 年一転して島原遊郭の中に不夜庵を結んで住み,
桔梗屋の主人呑獅 (どんし) をはじめ妓楼の主人や遊女に俳諧を教えた。
(コトバンクより)



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松月老人を覚えよう

2016-12-20 22:08:27 | 紫廼茶話会
紫兎先生の今年最後のお稽古
今日は奥伝である
お昼休みがのんびりしたせいか
稽古時間が長引き
終わったあとの珈琲タイムは時間切れで無し
ほんとはこの時間が楽しいのだが
来年もすぐそこ
楽しい時間はまた来る


掛け物は宙宝の一行
宙宝は
松月老人とも言う
今日の一行の落款も「松月老人」とあった

宙宝宗宇は知っておくべき禅僧のひとりだ
大徳寺418世の
松月老人を覚えよう


宙宝宗宇チュウホウソウウは
江戸後期の臨済宗の僧。
大徳寺四百十八世。京都生。
宙宝は道号、宗宇は諱、松月老人と号する。
大徳寺四百六世則道宗軌に就いてその法を嗣ぐ。
天保7年仁孝天皇より大光真照禅師の号を賜る。
天保9年(1838)寂、79才。

(美術人名辞典の解説より)


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竹生島

2016-12-20 02:28:13 | 
今日はお謡のお稽古
竹生島も今日で終わり
最後の部分は龍神が登場し
急の位で謡うのだが
上手く謡えない
まだまだだ


名こそさざ波や、
志賀の浦にお立ちあるは、都人が痛はしや。
お舟に召されて、浦々を眺め給へや。

所は海の上、所は海の上、國は近江の江に近き、山々の春なれや。
        
花はさながら白雪の、
降るか残るか時知らぬ、山は都の富士なれや。
        
なほ冴えかへる春の日に、比良の峰颪吹くとても、沖漕ぐ舟は      
よも尽きじ。

旅の慣らひの思はずも、
雲居のよそに見し人も、
同じ舟に馴れ衣、
浦を隔てて行くほどに、
竹生島も見えたりや。


緑樹影沈んで、
魚木に上る気色あり。
月海上に浮かんでは、
兎も波を走るか。
面白の浦の気色や。


とゆったりと春の様子を謡うのだ
美しいことばと
その節の調子の良さに
感心する

有名な
「月海上に浮かんで」の部分は
兎と波が描かれて
竹生島文様とも言うらしい
月があるので秋の文様と思ったが 
もともとは春なのか

謡の中に
知らない色々なことが
詰まっている
謡を習ってみよう!


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伊勢物語を読もう

2016-12-18 23:53:12 | 文の会
今日はいつものイタリアンで待ち合わせ
お昼のコースを予約済
ワインは赤白頼んだので
ちょっと酔った

今日は文の会
伊勢物語を読む

第六十九段 狩の使
第七十段 あまの釣舟
第七十一段 神のいがき
第七十二段 大淀の松
第七十三段 月のうちの桂
第七十四段 重なる山
第七十五段 海松(みる)
第七十六段 小塩の山

あとは来年



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「楽」

2016-12-17 22:58:55 | 紫廼茶話会
今日は紫兎先生のお稽古へ出かける

本席の掛け軸は
宙宝宗宇の
「楽」の一字
今年1年を楽しんだぞ
という気持ち


寄付は三好達治

詩集測量船より

太郎を眠らせ太郎の屋根に雪ふりつむ
次郎を眠らせ次郎の屋根に雪ふりつむ

三好達治は
詩人。大阪生。東大卒。
梶井基次郎らの同人誌『青空』に参加し
詩を発表する。
評論・翻訳等も盛んに発表し、
日本語の伝統を近代に生かした独自の詩風で、
昭和期における古典派の代表詩人と称せられた。
詩集『測量船』『春の岬』、
評論集『萩原朔太郎』等の著がある。
芸術院会員。
昭和39年(1964)歿、63才。
(コトバンクより)

お勉強になりました



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