村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

石蕗 つわぶき

2018-11-12 23:26:13 | 古筆
石蕗ツワブキの日陰は寒し猫の鼻
  酒井抱一

つわぶきの名前は
”つや”のある葉から
 ”つやぶき”。
 それが変化して
「つわぶき」になった。
(季節の花300ヨリ)

つわぶきは
まだ柔らかい若葉を
天ぷらにしたことがある
塩ゆででも美味しいらしい

葉を火であぶり
腫れ物や湿疹に貼ると効くとも聞いたが
試した事はない

今日は古筆のお勉強
その内容は
頭を整理して
後日書くことに
コメント

深山路

2018-10-08 23:00:03 | 古筆
菓子の銘は深山路
美味しかった

今日は古筆の研究会
世尊寺流は入木道(書道)を家業・家学とし
鎌倉時代前期には
大嘗会などの重要な公事や
摂関の進退に関わる上表文の作成に際しては
世尊寺家の当主が
清書を行う故実が確立した
と(ウィキペディアより)
その
世尊寺流の歴代
1 藤原行成(972-1027)
2 藤原行経(1012-1050)
3 藤原伊房(1030-1096)
4 藤原定実(?-?)
5 藤原定信(1088-1156)
6 藤原伊行(1139?-1175?)
7 藤原伊経(?-1227)
8 世尊寺行能(1179-1255?)
9 世尊寺経朝(1215-1276)
10 世尊寺経尹(1247-?)
11 世尊寺行房(?-1337)
12 世尊寺行尹(1286-1350)
13 世尊寺行忠(1312-1381)
14 世尊寺行俊(?-1407)
15 世尊寺行豊(?-1453)
16 世尊寺行高(1412-1478)
17 世尊寺行季(1476-1532) - 正二位参議
コメント

山の秋風

2018-09-10 22:50:53 | 古筆
今日は旧暦の八朔
八月の朔日ツイタチ
お月様は朔で新月


今日は古筆の研究会
先月はお休みした
退院してはじめて
電車にのり
渋谷に出た
皆早足ですれ違う
荷物を持っているので
ぶつかったら怖い
なんとか無事にたどり着いた
今日のお勉強は
飛鳥井雅経

百人一首94番
み吉野の 山の秋風 さ夜ふけて
ふるさと寒く 衣うつなり
参議雅経

飛鳥井雅経は
鎌倉前期の公卿・歌人。
従三位参議。
姓は藤原。頼経の子。
歌鞠二道で知られる飛鳥井家の祖。
和歌を定家に学び、
将軍源頼朝・後鳥羽院に仕え、
『新古今集』を撰進。
家集に『明日井集』等がある。
承久2年(1220)歿、52才
(美術人名辞典ヨリ)


終わって
夕方の帰りは
ラッシュ時間に重なり
もっと混んできた
家を出てからの
時間も長かったので
足が疲れて痛い
帰りに寄り道せず
まっすぐ帰ったが
家に着いたらすぐゴロリ
横になった

来月は
もっと
元気になるはず
コメント

団扇もて

2018-07-09 22:47:18 | 古筆
団扇もてあふがん人のうしろむき 芭蕉

団扇で扇ぐ人は
あふがんは仰がんとも掛けて
尊敬する人物
木食僧のことらしい
お盆も近くなったが
今年は母の一周忌をするので
棚経にみえる近くのお坊様には
ご挨拶に伺い
今年はお断りをした

大したことはしないが
春秋の彼岸や盂蘭盆など
仏教の行事を
祖父母や父母は当たり前に
こなしていた
お墓参りも家族で出かける
こと必死であり
自分勝手は許されなかった

揃ってどこかへ出かける
ことが
結果は皆の楽しみでもあったのだ

仏前の香炉に
伽羅でも焚こう


今日はお勉強
古筆のお勉強だが
掛軸を箱から出して
床の間に掛ける
それを
外し巻いて
箱に仕舞う
今日は二幅だったが
先生の軸を扱うこと
それはそれは気を使うのだ
内容はほとんど上の空
今日も無事で良かった
これで少し痩せたかも
コメント

古筆とは

2018-05-14 23:55:50 | 古筆
今日は古筆のお勉強
古筆って何か

古筆とは
平安時代から鎌倉時代にかけて書かれた
和様の名筆をさしていう。
時にはもっと範囲を狭くして
その名筆中でも特に「かな書」をさす。
単に古代の筆跡という意味ではない。
また、僧による名筆は墨跡と呼ばれ区別される
(ウィキペディアより)


安土桃山時代に入り、
やや平和な世の中になると、
知識者階級において、
「美しい筆跡を手習の手本にしたい」、
「鑑賞のために手に入れたい」
という願望がおきてきた。
さらに、天文24年(1555年)10月の茶会で、
武野紹鷗が藤原定家の『小倉色紙』を
茶室の床掛けとして用いて以来、
古筆が茶人達にも愛好されるようになった。
やがて古筆愛好の風潮は民間にも波及し、
古筆は珍重されるようになった。
(ウィキペディアより)

茶事や茶会でも掛かることがあり
そのための勉強をしてないと
何も受け答えが出来ない
自習はしていたが成果は出ない
そう思っていたところ
東京道場のゼミナールにて
講師をされた先生にじかに申し込み
教えて頂けることになった
それから十年位経ったが
未だに五里霧中
でも
勉強は楽しい
気の合った友人たちと顔を合わす
先生と直接ご指導受ける
どれも楽しい
習ったことを忘れないと良いのだが
ドアを閉めるとスッカリ忘れる
コメント

○○研究会の○○とは

2018-02-12 23:06:27 | 古筆
今日は
月に一度の○○研究会
○○は
漢字で二文字
古筆である
何ですか古筆って

古筆とは
こひつ【古筆】
① 昔の人の筆跡。
特に、平安時代から鎌倉時代にかけてのすぐれた筆跡。
主に和様書道の草仮名のものにいう。
② 「古筆見み」の略。
(大辞林ヨリ)

研究会で勉強するのは
殆ど
平安時代の書である
勉強をはじめてまだ十年くらいか
それでも良くはわからない
薄ボンヤリしている
ホントに難しいのだが
古筆の勉強は楽しい
先生は
古筆研究家として高名な
エフダ先生である


さて今日のお勉強
何度も習ったのだが
ツーカーとはいかない
十巻本歌合
ジッカンボンウタアワセ

それは
平安中期に編纂された
最初の歌合集成
仁和年間から天喜4年に至る約170年間の
46度の歌合を収める
企画は藤原頼通で
源経信が編纂に関わったか
云々
(ウィキペディアより)

この年で新しいことを覚えるのは難しい

新鮮でもある
わからなくでも
いつか
わかるかも
わかる勉強のコツは
やめないことだ



茶の湯・茶道ランキング
コメント

古筆歌切番付 小結

2017-05-13 02:38:08 | 古筆
古筆歌切番付 
東小結 行成「伊予切」
西小結 公任「堺色紙」


行成「伊予切」とは
伝藤原行成。
和漢朗詠集の断簡。
料紙は鳥の子紙飛雲。
装丁は粘葉装冊子本


公任「堺色紙」とは
伝藤原公任。
「古今和歌集」の断簡。
薄藍斐紙、銀泥下絵。
装丁は巻子本とす。


東横綱・貫之「高野切」
西横綱・道風「継色紙」
東張出横綱・貫之「寸松庵色紙」

東大関・貫之「名家集切」
西大関・行成「関戸本古今集」

東関脇・行成「升色紙」
西関脇・道風「本阿弥切」


※東横綱・貫之「高野切」
「古今和歌集」の断簡。
古今集の最古の写本。
仮名書の名品。
三体の書風。
料紙は斐紙、雲母砂子。
装丁は巻子本とす。
高野山に伝来

※西横綱道風「継色紙」は
「万葉集」「古今和歌集」の
私撰集の断簡
呼称は方形の料紙二枚を
つなぐ所から
料紙は斐紙。
装丁は粘葉装冊子本とす。

※東張出横綱・貫之「寸松庵色紙」 
「古今和歌集」巻七の断簡。
三十三葉の色紙が現存する。
堺南宗寺から烏丸光広が入手、さらに
その一部を佐久間将監が譲り受けた。
平安の三色紙
(寸松庵色紙、継色紙、升色紙)
中の白眉。
料紙は唐紙、装丁は粘葉装冊子本とする。


東大関・貫之「名家集切」
西大関・行成「関戸本古今集」

※東大関・紀貫之「名家集切・名家歌集切」
清原深養父・坂上是則らの歌集と断簡
料紙は飛雲紙
装丁は胡蝶装冊子本

※西大関・行成「関戸本古今集」は
名古屋の素封家関戸家に伝来
伝藤原行成
古今和歌集の断簡
料紙は斐紙の色紙
装丁は胡蝶装冊子本

東関脇・行成「升色紙」
西関脇・道風「本阿弥切」

※東関脇・行成「升色紙」
「深養父集」の断簡。
呼称は料紙が升形であることに
由来する。
料紙は白色・打曇・薄藍色紙・
雲母砂子・装丁は冊子本とする。

※西関脇・道風「本阿弥切」
古今和歌集の断簡
呼称は本阿弥光悦所蔵に由来する。
料紙は布目打ちのある唐紙、
装丁は巻子本とする。



写真はソラマメ
アイテラ氏の庭から朝
取り入れてくれたとのこと
昨日の稽古の時たくさん
持ってきてくれた
今日塩茹でしてた
少し塩強めにしておくと
美味しい


茶の湯・茶道ランキング
コメント

古筆歌切番付 関脇

2017-05-05 01:17:28 | 古筆
東の関脇は 行成の升色紙
西の関脇は 道風の本阿弥切

東の関脇 行成の升色紙
「深養父集」の断簡。
呼称は料紙が升形であることに由来する。
料紙は白色・打曇・薄藍色紙・雲母砂子・装丁は冊子本とする。

西の関脇 道風の本阿弥切
「古今和歌集」の断簡
呼称は本阿弥光悦所蔵に由来する。
料紙は布目打ちのある唐紙、
装丁は巻子本とする。


升色紙は三色紙のひとつ
他に寸松庵色紙と継色紙がある



茶の湯・茶道ランキング
コメント

古筆歌切番付 大関

2017-04-22 03:53:05 | 古筆
書くことがない時には
お勉強中の古筆を
少しずつ覚えようと
美術手帳の
名家古筆歌切番付

東の横綱は高野切
西の横綱は継色紙

東の大関は
貫之の名家集切
西の大関は
行成の関戸本古今集

必携茶湯便利帳によると
名家集切・名家歌集切
伝紀貫之
清原深養父・坂上是則らの歌集と断簡
料紙は飛雲紙
装丁は胡蝶装冊子本

関戸本古今集は
名古屋の素封家関戸家に伝来
伝藤原行成
古今和歌集の断簡
料紙は斐紙の色紙
装丁は胡蝶装冊子本

斐紙がわからず調べてみた
雁皮紙のことらしい

雁皮紙
古代では斐紙や肥紙と呼ばれ、
その美しさと風格から
紙の王と
評される事もある。

繊維は細く短いので
緻密で緊密な紙となり、
紙肌は滑らかで、
赤クリームの自然色(鳥の子色)と
独特の好ましい光沢を有している。
丈夫で虫の害にも強いので、
古来、貴重な文書や金札に用いられた。
(ウィキペディアより)





茶の湯・茶道ランキング

コメント

ちりぬる風のなごりには

2017-04-11 02:18:03 | 古筆
さくら花ちりぬる風のなごりには
水なきそらに浪ぞたちける 貫之(古今集)


外出すると
普段は見過ごしていた桜が
目に飛び込んでくる
きれいだなあと眺めていたが
満開の桜のあまりの美しさに
引き込まれ
圧倒されて
思わず写真を撮った


美術手帳に
古筆歌切番付を見つけた
香合の型物香合番付は有名だが
何でも番付にする事が流行した

東横綱は
貫之「高野切」
西横綱は
道風「継色紙」

高野切は
古今集の歌を書いたもので
もとは巻子本
高野山に伝来した
貫之ではない三名の筆者が
書き
一種二種三種にわかれる

継色紙は
色鳥の子紙
もと粘葉冊
歌は万葉集、古今集、
どこにもない歌もある
三色紙のひとつ

東に張出横綱もあった 
貫之の寸松庵色紙
「古今和歌集」巻七の断簡。
三十三葉の色紙が現存する。
堺南宗寺から烏丸光広が入手、さらに
その一部を佐久間将監が譲り受けた。
平安の
三色紙(寸松庵色紙、継色紙、升色紙)
中の白眉。
料紙は唐紙、装丁は粘葉装冊子本とする。




いずれも平安時代のもの
美術館博物館の所蔵もあり
拝見する機会はある


茶の湯・茶道ランキング

コメント