村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

風になりたや

2016-05-31 23:20:10 | 
写真は
原宿のホーム端っこ
代々木寄りの椅子から
パチリ

今日はお謡の稽古
松風さんは休みなので
一人で行く
時間が早いので10分ほどここで
時間つぶし

ホームの自動販売機で
ポンジュースを買い
グビグビ飲む
まだホームは静かで
乗降客もすくない
どこか田舎の駅のようだが
駅前の喧噪を感じつつ
森林浴だ

目の前は明治神宮の100年の森
緑の香りがワッと身を包む
フィトンチッドの香り
思わず深呼吸
もう夏だね


かぜとなりたや 
はつなつの

かぜとなりたや 
かのひとの

まえにはだかり 
かのひとの

うしろよりふく 
はつなつの

はつなつの 
かぜとなりたや
     川上澄生


お謡は
声がか細く小さい
そんな声で謡わない
もっと大きな声を
出しなさい
鼻歌みたいだ
もっと力を入れて声を出せ
などなど
毎回
注意される
大きな声って
出ないのだ
やめなければ
いつか出るのだろうか


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桐の花

2016-05-31 00:40:15 | Weblog

木木の
梢にどよみ
桐の木に
花さく
いまは
なにをか
いたまん  
    宮沢賢治  


今日は月に一度の
研究会
電車に乗ると外人さんの隣の席が空いている
迷わず座った
今日も車中はお謡の勉強
レコーダーでお謡を聞いての
勉強中だったが
自然な感じで
隣の女性が話しかけてきた
お顔だちはフランスの方のようだが
英語である
私に英語はしゃべれるかと聞かれた
いえ駄目ですと日本語で答える
メモを持っている
覗くと
うえのと読める
上野に行くのですかと
勿論日本語で尋ねた
そうだとのことらしい
ご自分をフランス人だと
言っている気がした 
私はわかっていたわ
何て風に答えたが
通じてないかも
上野のどこと聞くと
ミュージアムとのこと
それはいいわね 
グッド
などと私は調子よく言った
少しして
上野まで何分かかるかと
聞かれた ようなので
スマホの乗換案内で調べて
その画面を見せた

そう言えば
NHKの日曜美術館で見た
「黄金のアフガニスタン-守りぬかれたシルクロードの秘宝-」
2016年4月12日(火) ~ 2016年6月19日(日)
やっているはずと
スマホで見てみたら
今日は月曜日で休み
休館日と日本語で書いてある
その画面を見せたが
意味は分からない様子
ジェスチャーで何度も
バツをしてみせると
何とか通じた
残念がっているが
仕方ない
すると次は
築地へ行くのだとのこと
築地で魚を見てみたいらしい
またも乗換案内で調べて
メモに書いて渡した

東京から丸ノ内線銀座へ
日比谷線に乗換
築地へ

東京駅で一緒に降りて
私は中央線に乗る
そこから
丸ノ内線まで
とてもジェスチャーでは説明出来ない

途中までついて行くことにした
一緒に行きましょうと
地下へ降りる
東京駅の総武線横須賀線方面への
エスカレーターに乗る
普通は左側に立つのだが
彼女は私の後ろの
右側に立っている
これまたオーバーな身振り手振りで
左側に寄ってもらった

地下に丸ノ内線への通路がある
改札口まで送り
あっち と
方向を示して
手を振る
バイバイ

予定の到着時間より
少し遅くなったが
許容範囲内だろう

英語かフランス語
出来たらよかったのにと
ちょっと 思った



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吉野天人

2016-05-30 00:19:29 | 
明後日は
謡の稽古日だ
一日じっくり
その
復習と予習をするのだ

初心者が始めに習う演目は
どの流派でも
一番短いとかで
「鶴亀」を習う
鶴亀の曲は上がったので
前回から「吉野天人」をお稽古している

鶴亀を復習して
吉野天人を予習


花の雲地をしるべにて
花の雲地をしるべにて
吉野の奥を尋ねん

と言いつつ
ワキは 
吉野の山の奥へと入っていく

突然
若い女性が
山の奥なのに
洗練された都会の
衣装で現れる
不思議だが
そのはず
女性は天女



見もせぬ人や花の友
見もせぬ人や花の友
知るも知らぬも花の陰に

あぁあ相宿りして諸人の
いつしか慣れて花衣の

と続くのだが
なんと美しい言葉だろうと
感心しつつ
謡の本をそのまま
ノートに写してみる

お稽古は
いわゆるオウム返しだ
ただ真似れば良いですと仰っても
その真似が一番難しい

よく見ると鶴亀と同じ節回しもある
頻繁に登場するクル入りや回しなど
茶の割り稽古のように
あらかじめ稽古した方が良いだろうと
その部分を抜き書きしたり
自分風に楽譜を書いたり
丸々
一日かかってしまった
さあ
これで少しはお謡のお稽古
楽になると
良いのだが… 



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宮内卿クナイキョウ

2016-05-29 01:39:39 | 女房三十六歌仙
宮内卿
くないきょう
または
後鳥羽院宮内卿
鎌倉時代初期の歌人である。
新三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。
父は
右京権大夫源師光(大納言!師頼の子)、
母は
後白河院の女房安芸。
兄に
源泰光、源具親がいる。
生涯については、はっきりしたことがほとんどわからない。
その歌才によって後鳥羽院の召しにあい
院のもとに女房として出仕、
1200年(正治2年)から
1204年(元久元年)までの短期間に、
後鳥羽院歌壇で活躍し、
『新古今和歌集』以降の勅撰集、歌合等に
多数の作品を残している。以降の消息は不明
(ウィキペディアより)
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恋ふらむ鳥はほととぎす

2016-05-27 23:26:49 | お勉強
額紫陽花
ガンピ
小葉のずいな
白花しもつけ
糸ススキ 

月に一度の茶の稽古
豊富な花の中から
先生が活けられた

菓子は青梅
干菓子はスハマの落とし文と杜若の焼き印のフノヤキ風煎餅

杜若の焼き印より
ホトトギスだと良いがねぇ
とつぶやかれた


いにしへに
恋ふらむ鳥は
ほととぎす
けだしや鳴きし
我が恋ふるごと
        額田王   


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紫の 花菖蒲

2016-05-27 00:44:34 | 村雨庵 稽古 
紫のさまで濃からず花菖蒲 万太郎


久保田 万太郎
くぼた まんたろう、
1889 - 1963浅草生れ
大正から昭和にかけて活躍した俳人、小説家、劇作家

生粋の江戸っ子として伝統的な江戸言葉を駆使して滅びゆく下町の人情を描いた

戦後に俳誌「春燈」を主宰
俳句の別号に暮雨、傘雨
別の筆名に千野菊次郎



木曜稽古は
今日は夜のみ
森金さんとサカチカさんお二人
稽古は勿論だが
少ないときは
道具の話しもする
今日は茶入だ
並べて
土味や形をよく見ること
仕覆のきれ地の時代
仕立て



稽古の時に
客になると案外
拝見を略す事がある
自分もするから
お弟子様に
必ず拝見もお稽古すること
と強くは言えない

茶道具は
稽古の時にこそ
よくよく見ることが重要
その積み重ねが
いつか必ず
実を結ぶ

実とは
見れば
わかるようになることだ
初めは
稽古に使っているものと
同じものがわかる
そのうち
その周辺がわかる
そのあとは
勉強次第でわかるものが
どんどん増える

勉強とは本を読む
美術館へ行く
茶会茶事へ行く
最後は
買う事だが
それは 注意が必要だけどね

いつかお弟子に言おう 




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花菖蒲

2016-05-26 01:52:56 | 村雨庵 稽古 
何某の院のあととや花菖蒲 虚子

今日の菓子は
花菖蒲

濃茶やお薄をいくつも飲んだのに
眠たくて眠たくて
ブログを書けずに爆睡
今かろうじて起きるが
菓子の写真は明日載せよう


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花過ぎて

2016-05-25 01:05:52 | Weblog
花過ぎてゆふべ人恋ふ新茶かな 水巴


紫兎先生のお稽古のあとは
だいたい
お茶のみつ
ひとお喋りしてから
帰る
そのお菓子は常に豊富

今日も
写真の如くであり
ついつい手が出る

そうそう10月に京都で
茶会があるけど
と仰る
その場にいたのは
想望庵さん縞さん猫さんと私め 
すぐさま参加を希望した
そして
いつもの方々にも
一斉メールをしたのだが
間もなく返信あったのは
サカチカさんと森金さん参加メール
松風さんからは不参加のメール
あとで伺うと
小寄せの茶会なので
人数枠があるかもとのこと

夜10時過ぎ
カヤ様から参加メールあり
急ぎ先生へ連絡したが
何とか大丈夫そうだ

迷っているのか
メールを見ていないのか
他の方からは
連絡がない

夜中0時5分
お孫さんのお守りに
現在アメリカ在住の
辛子さんから参加メール
夜中だ
先生には
明日連絡するが
さて人数枠がある
他の人はいいのだろうか

夜中なのに
気分は  
ヒヤヒヤして
眠れない





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古ぎれ

2016-05-23 23:57:37 | Weblog
写真は四月に京都へ行ったとき
チンギレ屋で買ったもの


手前の更紗は
江戸時代の和更紗 
福禄寿と書いてある

中の水色は古い洋更紗
三枚の古袱紗となって
私も一枚持っている

奥の黄色も
江戸時代の翁間道
抜群に良いキレだ

5月7日の五島美術館の茶会では
記念品として
古袱紗をお客様へお渡しした

古袱紗は四種類
茶色の更紗
茶色と紺色の更紗は
インドネシア製

紫色の絣のような更紗
セイロンでこれは絹だ

あかつち色の分厚い更紗は
インド製

いずれも百年ほどは前のものらしい

古い切れ地を手に取ると
何か懐かしいような気分になる

人でも物でも
新しければ
それだけでいいような風潮だが
古いものの良さに気付くと
見るだけ
触れるだけで
嬉しくなる


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ホトトギス

2016-05-22 20:51:51 | 茶事 茶会 他会記
きのうの干菓子
上のお菓子は一見 鶯?
聞くと ホトトギスのつもり
だそうだ

ホトトギスは
全長は28cm、ヒヨドリより
わずかに大きく、
ハトより小さい。

頭部と背中は 灰色、
翼と尾羽は 黒褐色。

胸と腹は 白色、
黒い横しまが入る、
目のまわりには
黄色のアイリングがある。

アフリカ東部、マダガスカル、
インドから中国南部までに分布。

インドから中国南部に
越冬する個体群が
5月頃になると
中国北部、朝鮮半島、日本
まで渡ってくる。(ウィキペディアより)



烏帽子の菓子器
そういえば
今年は申年だったネ


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新緑茶会のお疲れ茶事

2016-05-21 23:41:42 | 茶事 茶会 他会記
今月7日の
五島美術館の茶会では
濃茶席の水屋を友人達に頼んだ
ところが
濃茶の道具は見たが
薄茶席はチラとも見れなかったとのこと
薄茶担当のひとり
森金さんがそれを聞いて
それではお疲れ茶会を披きます
お洋服でどうぞと
誘ってくれた

参加者は
松籟庵様、草苑様、サカチカさんと私の4名
道具はできる限り茶会の道具を使う
懐石は
以前村雨庵の懐石教室のレシピで考え
菓子は
以前一緒に和菓子を習っていたのだから
レシピを見て作った
とのこと

気楽で
満足
楽しかった




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魚龍と化す

2016-05-21 00:01:24 | Weblog
今日は二十日
端午の節供の五月五日はとうに過ぎた
でも
薫風の五月のうちは何となく
気分が男々しい

この頃よく掛けられる禅語の一行
三級波高魚化龍
読みは
三級浪高くして魚龍と化す

これには対句があり
痴人猶戽夜塘水
痴人なお夜塘の水をくむ

「禅語字彙」には
禹帝治水の時、
龍門の瀧を切り開きて
三段と爲せり。
此三段の瀧を、
春三月三日桃花の咲く時
鯉魚が跳び越へると、
火を發して尾を焦き
角を生じて龍となるといふ。
鯉魚が已に龍と化したのも知らずに、
愚人は
暗夜の池水を汲み干して
鯉を探して居るは
見るに堪へぬ 


鯉が龍となるとは
たいそうロマンがあるが
ありそうもない
でも
すでに龍になって
鯉は消えたのに
池の水を汲み尽くしてまでして
鯉を求めんとする
欲張りな愚かな人

いそうな気がして
何となく
親しみが湧く







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おとしぶみ

2016-05-20 01:01:09 | 村雨庵 稽古 
写真のお菓子は落とし文
落とし文とは
手紙のこと
ただの手紙ではない
恋文や政治的な文など
直接手渡しするのが
はばかる手紙をそう言い
本当に落しておくのだそうだ


ちょうど今頃の季節
5月か6月初夏の山道にはよく
丸まった葉が落ちている
その巻かれた葉の中には
オトシブミと言う昆虫の幼虫が入っていて
葉を揺りかごにして
やがて成虫になるらしい

その巻かれた葉を
「ほととぎすの落とし文」又は
「かっこうのたまづさ」と昔の人は言うようだ
因みにたまづさ も
手紙のことだ


今日は木曜稽古
夜には
桃ちゃんが見えた
茶のお稽古をすると
集中するので
気分が変わる
指導する私の不安や
沈んだ気持も晴れる
茶の効果は凄い



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山清水まづ弁慶が毒見かな

2016-05-19 00:16:24 | 村雨庵 稽古 
山清水
まづ弁慶が
毒見かな
     小波

巖谷 小波(いわや さざなみ、
1870 - 1933
明治から大正にかけての作家、
児童文学者、
俳人。
本名は季雄(すえお)。
別号に漣山人(さざなみ さんじん)、
楽天居、隔恋坊、大江小波がある。
(ウィキペディアより)

今日は水曜稽古
朝から植木屋のアオキさんが見えて
伸びて暗くなった庭の木をチョキチョキ整える
それに茶毒蛾の駆除をもする
スッキリした

朝から晴れて陽当たりは
ぬくもり
耳元を薫風が通り過ぎる
気持ちの良い風だ
このように心地良い日は
年に何度かしかない

気持ちの良い日のせいか
お休みが多く
お稽古に見えたのは
昼間は
さわわさんと
クマショウさんと
サカチカさんの三名
夜は
森金さんと
桃ちゃんの二人の稽古だ
仕事が忙しく
ずっと稽古に来れなかった桃ちゃんが
今日は来てくれて嬉しい
何しろお弟子様は宝物なんだから


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伊勢

2016-05-17 21:32:51 | 女房三十六歌仙
伊勢 いせ
872 - 938頃
平安時代の日本の女性歌人。
三十六歌仙、
女房三十六歌仙の一人。
伊勢守藤原継蔭ツギカゲの娘。
伊勢の御(いせのご)、
伊勢の御息所とも呼ばれた。

はじめ宇多天皇の中宮温子に女房として仕え、
藤原仲平・時平兄弟や
平貞文と交際の後、
宇多天皇の寵愛を受け
その皇子を生んだが早世した。
その後は宇多天皇の皇子
敦慶親王と結婚して
中務を生む。
宇多天皇の没後、
摂津国嶋上郡古曽部の地に庵を結んで隠棲した。


小倉百人一首
19番
難波潟 みじかき芦の
ふしのまも あはでこの世を 過ぐしてよとや
(ウィキペディアより)



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