花・伊太利

日々の生活に関する備忘録です。

はなのいのち (後編)

2006-03-08 19:40:55 | Weblog
 それでは、つづきは第3フェーズから。
 第3フェーズは反動期である。それまでの拍手喝采の揺り戻しか、今度はバッシングが始まる。みんなの関心が薄れてくると、押してもだめなら引いてみなとばかりに、ネガティブな扱いがみられるようになる。需要が冷えれば何とか需要を喚起しようというのか、その挙げ句がバッシングである。そんなこんながあって、プラス、マイナス両面のネタ切れとなったところで、時の人もお役ご免と相成る。
 最後の第4フェーズは、しばらく間をおいてやって来る。「あの人は今」的な取り上げ方である。第4フェーズは回顧期と言えるだろう。このフェーズでは、多くの場合他の「あの人」たちとセットになって、忘れた頃にしばしば間欠泉的に再登場することになる。

 一躍脚光を浴びてブレイクした人は以上のようなサイクルを経ることが、ままあるようだ。スポーツ選手の場合、その後の活躍度合いとも絡んでくるので、荒川静香がどうなるかは分からないし、こんな目に遭わずに済めばそれに越したことはない。でも、芸能人などではいい迷惑をした人は多い。
 アメリカの歴史学者・ダニエル・J・ブーアスティンは「幻影の時代」(東京創元社)の中で、マスメディアの発達とともに人々が過剰な期待を持つようになったと指摘している。例えば、新聞は日々あっと驚くようなニュースに溢れ、とんでもなく面白い映画や小説が次から次へと出て、みんながしびれまくるスーパーヒーローが続々と現れる、などの途方もない期待である。私たちが、そんな途方もない期待を抱く限り、有名人の使い捨ては続くのかもしれない。