goo

人類活動ど地質記録

『海の温暖化』より 古気候・古海洋環境変動 地球史における現在気候の位置づけ--新生代氷河時代 

Anthropocene--人類の時代

 穏やかな完新世の気候の下で文明を発達させてきた人類は、地質記録に活動の痕跡を残すようになった。たとえば、稲作の証拠は、堆積物中の花粉組成や極域の氷の中に閉じ込められた気泡中のメタンガス濃度などに記録されている。産業革命以降、地球環境に及ぼす人類活動の影響は大きくなり、1950年以降、特に甚大な影響を与えるようになった。1950年以降の加速度的に増大する地球環境に与える人類の影響を、Great Accelerationという言葉で表す。人類の活動が地球環境に与える影響は完新世の枠を超越しており、すでに人類活動が優占する新しい地質時代が始まっていると主張する研究者によって、人類の時代を意味するAnthropoceneという言葉がつくられた。人類が地球環境に与えている影響の例としては、化石燃料由来の二酸化炭素の放出・化学肥料による窒素循環の改変・放射性核種やフッ素化合物、石油製品といった新物質の使用・生物の大量絶滅などがあげられる。これらは、人類活動の明白な証拠として地層に刻まれる。

 現在の地球温暖化の特徴を、過去の地球環境変動の視点から捉えてみよう。400ppmという現在の大気中二酸化炭素濃度は、過去80万年間の氷期一間氷期サイクルの時間スケールの変動幅(170~290ppm)をはるかに超えた異常に高い濃度であることがわかる。一方で、2000万年前より昔の大気中二酸化炭素濃度は、おおむね400ppm以上で時には1000ppmに達していた。このように現在の大気中二酸化炭素濃度については、過去の気候に類例を見つけられる。しかし、人類活動による二酸化炭素排出の速度(炭素量換算で毎年100億t = 10 GtC)は、少なくとも過去3億年間の地球史に例がない速さである。6.3.1項で紹介したPETM事件は、数千年間に2兆~6兆t(炭素量換算)の二酸化炭素が大気に放出されたと推定されているが、その速度は最大でも年間10億t(炭素量換算)程度と、現在の1/10以下である。現在の地球温暖化の最大の特徴は、人類活動による二酸化炭素の排出速度にある。この点において、現在は未知の気候変動のさなかにあるといえよう。

人類が排出した二酸化炭素のゆくえ

 人類は毎年100億t(炭素量換算)の二酸化炭素を排出している。大まかにその半分が森林と海洋にそれぞれ1/4ずつ吸収され、残りの半分が大気にとどまり二酸化炭素濃度を上昇させ温室効果が強くなっている。人類が排出した二酸化炭素が最終的にどうなるのか、ということを考える上で、6.3.1項で紹介したPETM事件が参考になる。人類の二酸化炭素排出量は、自主的な排出削減、もしくは採掘コストの採算が取れる化石燃料の枯渇により、遅くとも数百年以内に大幅に減少する。排出された二酸化炭素は、海洋に吸収され海水を酸性化しながら、熱塩循環により徐々に世界の深海に運ばれる。酸性化した深層水は、海底に堆積した炭酸カルシウムを溶解することで中和される。海底の炭酸カルシウムとの中和反応を介して、最終的に海洋炭素循環が平衡状態に達するまでには、5000年程度の時間を要する。海底表層の堆積物中に含まれる炭酸カルシウム量は炭素換算にしておよそ7500 GtC (7500 Pgc)と見積もられており、採掘可能な化石燃料由来の二酸化炭素をすべて中和できるだけの量がある。これから数千年間、PETM事件のような炭酸カルシウムに乏しい地層が、海底堆積物中に形成されるだろう。

 ジオエンジニアリングにより人類が排出した二酸化炭素を深海に隔離するという考えがある。これは、数千年かけて起こる海底の炭酸カルシウムとの中和反応を早回しするものである。いずれにせよ、海底堆積物中の炭酸カルシウムの乏しい地層は、海洋プレートが海溝に沈み込むまでの数千万年間から1億年余りにわたりこの時代を特徴づける特異的な層となるだろう。

人類が利用している資源の素性

 人類が利用している資源は、地球史のなかで蓄積されたものである。化石燃料の石炭は、過去の植物が地中に埋没し地熱や地圧により炭化水素中の水素と酸素が抜け、炭素の比率が高くなったものである。3億5000万~3億年前の石炭紀の地層からは、その名のとおり石炭が多く産出される。当時は大気中の酸素濃度が高く(30%以上と推定)、巨大な森林が形成され、埋没した植物の石炭化か進んだと考えられている。なお、夕張や筑豊をはじめとした日本の石炭の大部分はずっと新しく、新生代前半に形成された。

 化石燃料の石油は、植物プランクトンなどの遺骸が海底に堆積し、ケロジェンと呼ばれる高分子有機物となった後、地熱や地圧により熟成されて放出された炭化水素が濃集してできたものである。現在知られている油田の多くは、白亜紀に形成されたものである。白亜紀には、現在のカリブ海や中東、地中海に相当する低緯度海域にテチス海と呼ばれる遠浅の海が広がっていた。温暖な気候と高い大気中二酸化炭素濃度の下、植物プランクトンによる光合成が活発に行われていた。油田の多くは、当時のテチス海およびその周辺域で発見されている。新生代に入ると、インドのユーラシア大陸への衝突や大西洋の拡大などプレートテクトニクスによりテチス海は消滅した。化石燃料の石炭と石油はいずれも太古の植物や植物プランクトンが光合成で固定した炭素をエネルギー源としている。したがって化石燃料は、太古の太陽エネルギーの濃縮物とみなすことができる。

 我々が生きていく上で、水(淡水)と食物は欠かせない。米国はトウモロコシ、大豆、小麦などの一大生産国である。米国の穀倉地帯は、中西部のグレートプレーンズ(Great Plains, 大平原)と呼ばれる乾燥地帯にある。氷期に氷河によって侵食された土壌がこの地に堆積することで、肥沃な土壌が形成された。この地の農業は、氷期に蓄えられた地下水(化石水)に依存している。水や土壌も文明を支える大切な資源であり、その形成には過去の地球環境変動と密接な関係がある。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ビジョン・グアテマラ

『「学習する組織」入門』より ビジョン・グアテマラ 話し方と聞き方の4つのレベル

第1回ワークショップの初日の昼食時には、長きにわたる内戦で分断されたグアテマラの社会を象徴するかのように、それぞれの民族や組織の仲間同士で固まって座り、立場の異なる人たちとは交わろうとせず、一緒に座ろうともしていませんでした。そんな不安に満ちたスタートから、後にグアテマラの大きな発展の礎になるような、生産的な未来志向の対話ができるように変わっていきます。どのようにしてそのような変化が起こったのでしょうか?

オットー・シャーマーが発案しアダム・カヘンが練り上げた、話し方と聞き方の4つのレベルというモデルが、そのプロセスを理解するのに役立ちます。このマトリックスは、横軸が「全体優位」か「部分優位」かの分岐を示し、縦軸は「既存の現実を再現する」か「現れてくる現実を具現化する」かの志向の違いを示し、縦横で4つの象限に分かれています。

①ダウンローディング

 初めて集まった時点では、チームの会話は左下の「ダウンローディング」と呼ばれる、いわば儀礼的な会話のレべルにありました。このレベルでは、メンバーは話をするとき、礼儀正しく話します。率直な発言や本音は話されることなく、意見の相違も明らかにならず、ただ見せかけの調和をつくるように話します。一方、聞き方もまた、それぞれの頭の中にある予測に従って聞きます。たとえば、「この人は政府軍の人だから○○だ」とか、「この人は先住民だから○○に違いない」といった具合に、自己の過去の経験に支配され、自らのあらかじめ持っている予測を確かめるように聞き、それに反対の事実は聞こうとしません。話し合いは至って表面的で、それぞれの理解も意志もなんら変わることかありません。このレベルの話し方と聞き方は、延々と繰り返されてきた過去の現実を、コンピュータのメモリーからダウンロードするがごとく再現し続けることから、このように呼ばれています。

 カヘンはファシリテーターとして、さまざまな場づくりや仕掛けをもって、このチームのチーム能力を引き上げていきました。たとえば、それぞれの参加者が自分の大切にする思い出のものを持ち寄って、それに関するエピソードを語り合う(ストーリーテリング)、自分ともっともかけ離れた人と2人ペアになって散歩に歩き、互いの話を聴き合うなどです。

 こうした話し合いの仕方の工夫の中で、カヘンが繰り返し注意を促したのは、メンタル・モデルを保留することです。政府軍、ゲリラ軍、先住民、政府官僚など特定のグループの人たちについて、私たちはすぐさま自身の過去の記憶やイメージ、つまり頭の中にあるそのグループの人たちのモデルにもとづいてその人を見たり、聞いたりしています。無意識の先入観、バイアス、色眼鏡を排除するのは簡単ではありませんが、その存在に気づき、そしてそのような自分のあらかじめ持っている考えを脇に置いて、今ここで、目の前にいる人からありのままに聞くことをカヘンは促しました。話す場合も、自分の考えていることが唯一の真実であり全体像であるかのような話し方はしないように留意を求めました。意見するときにはできるだけ「私の意見では」と前置きし、それがあくまで自分の経験から見えている側面であり、真実にはほかの側面もあること、ほかの視点や意見も存在することを、自他ともに意識するように促したのです。

 とはいえ、これほど酷い歴史を繰り返してきたグアテマラの各界リーダーたちにとって、過去の現実を乗り越えることは簡単なことではありませんでした。自身が体験してきたグアテマラのつらい現実を前に、未来へ前向きになって考えることができなかったのです。

②ディベート

 場の雰囲気を一変させたのが、若者の参加者でした。彼は、「悲観的な老人ども!」とリーダーたちを一喝したのです。この瞬間に場の空気が変わり、過去にとらわれ、悲観的で表層的な台詞を述べる会話から、それぞれの考えをより率直に述べるような場へと変容していきました。若者はグアテマラの未来を考える場でただただ過去を悲観的に語る場の空気に疑問を投げかけ、変容させたのです。

 それぞれの立場の人が率直に意見を述べるような話し合いは、右下の象限にある「ディベート(討論)」のレベルです。ダウンローディングと異なるのは、全体の見せかけの調和ではなく、部分がしっかりと主張し始めることであり、立場の違う人たちが集まる場ならば当然のごとく、意見の衝突が起こり始めます。

 聞き方もまた、どの主張がもっともよいかを判断する聞き方が中心となります。とはいえ、それぞれにメンタル・モデルがあり、過去に培った判断基準を保持したまま聞いている状況です。たとえば、利益を最大化するにはどちらの主張がより有用か、といった比較的判断しやすいビジネス上の意思決定の場であれば、ディベートも有用です。しかし、もっと複雑な、顧客、取引先、社会、社員、株主など異なる価値尺度を持つ人たちの間の利害調整の場や、そもそも異なる目的や存在意義を持つ人たちの集合体としてのコミュニティや国家では、ディペートだけをもって前進することは簡単ではありません。むしろ、平行線をたどることも少なくありません。

③ダイアログ

 システムの全体像を把握した上で、未来に向かって前進するには、チームのメンバーたちの視座を転換することが必要条件となります。自分自身の立場が持つメンタル・モデルだけで判断するのではなく、他の立場の人がいる状況や、その人の持つメンタル・モデルがどのようなものかを探求することが求められます。つまり、相手の立場に立って共感的に聴くのです。

 グアテマラの事例では、この変化が起きたのは、ある退役した陸軍将校が、軍が行った一連の行為(非人道的だと非難されていました)は国を守るために行ったものだったと説明したときのことでした。その説明は他者にとってとても受け入れがたい内容でしたが、あるメンバーがこの退役将校に思いやりを持って、「誰も女性や子どもを虐殺する方法を学ぶために士官学校に入るわけではないのですよね」と語りかけました。共感は、相手に賛成することとは異なります。ただ、相手の感情に寄り添って受けとめればよいのです。

 右上の「ダイアログ」の象限において、共感的な聴き方と相まって重要なのは、内省的な話し方です。自分に見えていることは全体像の一側面であるという謙虚な前提に立って、自分の考えていることや話したいことを、自らの仮説として話します。つい感情的になってしまうような内容であっても、反応的な対処を抑えて自己の感情を説明することや、自身の他者とは異なる世界観、価値観、基準を中立的な姿勢で示すことにより、内省的な話し方のレベルが高まります。

 このダイアログのレベルになると、今までばらばらにあった部分がつながり始め、自分たちを取り巻いているシステムの全体像が見え始めます。
④プレゼンシング

 さらに高いレベルは、左上の象限にある「プレゼンシング」と呼ばれる生成的な対話です。グアテマラの事例においては、難しい会話がつづいた後の翌朝、リラックスした状態のなか誰が何を話してもよいとするストーリーテリングの場で、このレべルに達しました。

 ひとりの人権活動家が、大量虐殺が発生したマヤの村を訪ね、死体が埋められた現場の発掘作業に立ち会ったときの体験を、淡々とした口調で語り始めました。彼は遺体の骨を見ていたときに、とても細かな骨を発見して、なぜ骨が粉々に砕かれているのかと鑑識医に尋ねました。鑑識医は、その細かな骨は砕かれたものではなく、胎児の骨であることを伝えました。

 このことが話された瞬間から、部屋全体が沈黙しました。その後、5分間に及ぶ沈黙の時間が続き、ここで一度休憩をとることにしました。

 この沈黙の時間を一緒に体験したことは、ビジョン・グアテマラのメンバーたちに深遠な影響を与えました。このストーリーの共有によって、メンバーたちは立場を超えて、一人の人間として話し、聴くようになりました。それはこの国で何か起こっていたのかを心の底から理解し、実感した瞬間だったのです。そして、そのようなことを二度と起こさないためにこそ、自分たちはここに集まり、仕事をしているのだということを悟った瞬間でもありました。

 「生成的」とは、過去にはなかったような、今ここの場から新しい関係性や新しい洞察・アイデア、行動する意思などが生じてくる様子を表します。共感的な対話であるダイアログのレペルから、生成的な対話であるプレゼンシングのレべルにシフトするにあたって、重要な動作は手放すということです。日本人には「悟る」という表現のほうがなじみ深いかもしれません。

 右上のダイアログの象限にある以上は、その人はどんなにほかの人の立場に共感的であったとしても、いまだ自他を分ける境界を持ち続けています。しかし、プレゼンシングでは、境界はもはや存在せず、話者は対話を通じて生じた全体性の理解や新たにつかんだ価値観にもとづいて話します。また聞いている側も、全体性を理解し、境界のない聴き方をするようになっていきます。

 このように、メンバーたちの話し方や聞き方が変わっていくことによって、話し合いの場そのものが進化していきます。ファシリテーターは、メンタル・モデルの保留、視座を転換する、そして自身の信念や価値観、立場・役割など、裏返せば自身が執着していることを手放すことができるように、グラウンド・ルールを設けたり、対話前の簡単な演習をしたり、あるいは対話そのものの場とプロセスについてさまざまな設計を行います。

 しかし、ファシリテーターの意図や技量のみでは、場は変わりません。究極的に場をつくっているのはそこに参加するメンバーたちです。彼らが、互いの考えを率直に述べ、相手の意見を時に合理的に、時に共感的になって最後まで聞き、互いに全体像や起こりうる未来について探求していこうと意志を持ってその場にいることが必要です。グアテマラの事例でも、実際に場のレベルを高めていったのは、参加者の心からの声を互いに聞きあった瞬間でした。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

半年ぶりの名古屋

半年ぶりの名古屋

 6:51のバスで行きます。Iさんの合格は発表を直に聞くために、半年ぶりの名古屋です。風は冷たい。上っ張りがいりますね。

 名古屋には、8時に到着。いつもの通りに牛丼専門の地下街の吉野家で並卵。

 さて、Iさんは居るのでしょうか。一昨日のメールで金曜日はイベント初日で居るというニュアンスだったので、多分、居るのでしょう。

私のためにある会社から得られたこと

 仕事編のポイントは「私のためにこの会社は作られた」ということ。そこから何かを得るためのヒントが与えられている。それにしっかりと応えられたかどうか。応えられたと思います。知ることはできた。やることはしなかった。

 ヘッドロジックで変革の意味がわかった。部品表の構成はそれぞれの品番が生きることを可能にするために配置の世界を作り出した。それを技術者の世界でもって、実験をしているのを見せてくれた。ハイアラキーでもって、何が問題であるのか、それをどうしたらいいのかということを、販売店という組織、役割で見出した。

 販売店は本来、市民を動かしていくところにならないといけない。今は、売るためのことしかやっていない。売るためだと、メーカーの先鋒になるしかない。そうでなくて、もっと違う世界、クルマを使う世界では、販売店が中核になって、市民と一体化して動くところ。会社が自分のためにあるというのは、東富士に時に最初に理解した。その為の自由度は与えられていた。やはり、そういうことなんでしょう。

Iさんとの会話

 カウンターには出ていなかったけど、なじみの店員がIさんを呼びに行った。2年半ぶりなのに、相変わらずの連係プレーです。奥からひょこひょこと現れた。

 「結果を」「まだ、見てないんです」「フロントの前にみると緊張すると思って、まだ、見てないんです」「じゃ、見てきます」「まだ、その辺に居るので」「では、報告に行きます」

 「今回はちょっと…」「自信はあったんじゃないの」「あったんだけどよくよく考えてみたらダメかも」「それが現状でして」「見てきます」

 「うれしい、まさか、来てくれるなんて」「半年ぶりです」「そうですよね」「秋の訪れを告げるオータムブレンドです」「寒いですね」「半袖だと東名バスはきつい」「じゃ、また」「のちほど」

 もう、2年半になるけど、Iさんも周りの雰囲気も変わらないですね。

玲子さんとのスタバでデート

 座って待っていると、待望の玲子さんから電話が入った。駅前スタバで半年に一回のデートの約束。

 今回は1ヶ月半、滞在するので、その間の情報交換。ソホクリスはレバノンでワインの仕込み。その間、日本で預かるカタチです。

 5年通っていたスタバの経過報告とブラック結果の発表を聞きに来ていると説明したが、興味はなさそうでした。まあ、理解できる行動ではないけど。まあ、会ったときにゆっくりと話しましょう。何しろ、数少ない他者の世界との接点ですから。

Iさんからの結果報告

 席まで、結果を話しに来てくれた。

 「危ういところがあって落としてしまった」「悔しいです」「しょうがない」「来年、頑張ろう」「来ていただいたのに」「自信は会ったけど、エスプレッソマシンの操作のところは自信がなかった」

 「折角、来てもらったのに」「合格の報告がしたかった」「甘かったです。反省点はあります」

 言葉がなく、「乃木坂だと選抜に落ちるとヤバイ状況になる」とピント外れなことを話していた。

 「落ちたからと言って、カウンターに出れないわけではない」「凹む気持ちは和らいできた」「頑張ります」

新体制初日

 朝の6時半から動いていてはやはり、疲れます。今日から新体制。ポイントは午前中の活動とその計画性。

メールでの報告

 今日は来て下さってありがとうございました! 嬉しいサプライズ! テストはだめでしたが、一番に報告できてよかったです。落ち込み具合も少なくてすみました。ちなみに2点足りなかったそうです。次回のテストは2年後だそうです。

 2点ですか。お客様の信頼度は満点なのに、残念ですね。

 スタバのテストは知識ではないでしょう。お客様に対する姿勢だと思っている。それに適した、テストにして欲しい。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

豊田市図書館の18冊

335.07『スタンフォードでいちばん人気の授業』

002.7『答えのない世界を生きる』

519『方角・経済学・自然科学から考える環境問題』

611.3『国連で学んだ修羅場のリーダーシップ』

372.1『世界が称賛する日本の教育』

007.35『コンテンツ業界の動向とカラクリがよくわかる本』変貌著しい業界の実体と課題をあぶり出す

121.6『学生を戦地に送るには』田辺元「悪魔の京大講義」を読む

334.31『「人口減少社会」とは何か』--人口問題を考える12章--

304『「今日よりいい明日はない」という生き方』低成長時代を豊かに楽しむ知恵

309.3『共産主義批判の常識』

778.77『君の名は。 美術画集』

452『海の温暖化』変わりゆく海と人間活動の影響 日本海洋学会

290.38『世界をまどわせた地図』伝説と誤解が生んだ冒険の物語

274.4『あのころのパラオをさがして』日本統治下の南洋を生きた人々

778.77『絵コンテ集 秒速5センチメートル』

C52.1『TOYOTA NEXTONE // LATIN AMERICA 2016』

235.04『フランス史【中世】Ⅴ』

332.06『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )